ホテル再建記録⑩ 採用面接
博物館の一件は大きな話題になった。盗まれたのが五千年前の黄金の短剣だと判明し、地元メディアが大々的に取り上げたことが主な要因だと考えられる。
インタビューに応じた地底爺は、「地底人は古代人の生き残り」という持論を展開した上で、今回の一件は、先祖の宝を奪い返しに来た地底人による犯行だと熱く語った。
それを見た
人的被害が出ている以上、警察には強盗傷害事件として真剣に捜査してもらわなければ困る。地底爺の与太話につき合っている場合ではない。西坂はその話を幾度となくアイザック・パイロンにしていたが、警察の一員であるはずの彼からは、「うるせえ」という答えが返ってくるだけだった。
博物館の館内には多数の監視カメラが設置されていたが、どのカメラにも犯人の姿は映っていなかった。とても単純な話で、ひそかにナイトミュージアムを企画していたエドワード・シリンジが、証拠が残らないようにとカメラの向きを変更していたことが原因だった。警察から疑いをかけられそうになったシリンジは、ナイトミュージアムの計画をすぐに白状し、地底爺にこっぴどく叱られたのだという。
二○二四年十一月。博物館の事件からはすでに五か月が経過していたが、メディアによって脚色された地底人騒動は、収束するどころか、さらに加熱してセパレートシティ全体へと広がっていった。
西坂が負傷した博物館での一件以降、市中で黄金の短剣を持つ不審者の姿が目撃されるようになっていた。いずれのケースにおいても、不審者はサンドストーム発生中の屋外で目撃されている。不審者を目撃した者のなかには動画の撮影に成功した人物もいた。
撮影された動画は不鮮明で、首から上の細部は判然としなかったが、腰巻きだけを身に着けた半裸の男性という特徴は、四年前に地底爺が目撃した地底人の姿と完全に一致していた。この地に伝わる怪異の伝承が、騒ぎの浸透に拍車をかけたのだろう。撮影された動画がSNSに投稿されると、セパレートシティに出現した地底人の噂はまたたくまに国中に拡散していった。
街なかに設置した地底爺のカメラはというと、こちらも不審者の姿を捉えてはいたが、サンドストーム発生中の映像ということもあり、いまだ決定的な場面の録画には成功していない。
十一月十一日。曇天。いつもより風が強く吹いている。コブラパレスの改装工事は遅滞なく順調に進んでいた。西坂の怪我も完治し、開業に向けた準備は次の段階へと進もうとしている。ホテルで働くスタッフの採用だ。
「今日って、誰の面接だっけ?」
シリンジが尋ねた。意識の半分はこちらに向けているようだが、ラップトップからは目を離さそうとしない。手元からは、マウスのクリック音と、不慣れなタイピング音が聞こえている。
「もうすぐだよね」
彼はいま、ホテルワンダーボックスの雛形を手本に、雇用契約書のドラフトを作成している。慣れない仕事を長時間続けているせいか、シリンジはその顔に疲労の色を濃く滲ませていた。
「今日はゼブラ航空の人」
西坂は答え、シリンジの前に一枚のレジュメを置く。
「大丈夫かな」
資料も見ずにシリンジがいった。
「まあ、ホテルは未経験だし、即戦力ってわけにはいかないだろうけど」
「そうじゃなくて、オレが」
「エドが?」
「専門的なこと質問されたら、オレ……」
彼が弱気な発言をするのは珍しいことだった。
ホテルの素人であるシリンジには、開業までに覚えてもらわなければならないことが山ほどある。時間を見つけてはスパルタ式に教え込んでいるが、仕事は日々増えるいっぽうで、座学のほうはなかなか前に進まないというのが現状だ。
開業まで時間はあるのだから慌てる必要はない。シリンジにはそういってあるのだが、このところの彼は、時間が取れないことに焦りを感じている様子だった。
「大丈夫だって、あっちも未経験なんだから」
「でも……」
「変な質問されても、俺がうまく答えるから心配すんなって」
シリンジの背中をぽんと叩き、キッチンへと向かう。採用面接を開始してからは、コブラパレスではなくアパートメントで仕事をするようになっていた。
チキンサラダとタマゴサンドを作り、残り物の豆入り野菜スープを温めて、シリンジと一緒に遅い昼食を取る。
「いやあ、バトーがいてくれて本当によかったよ」
タマゴサンドを頬張りながら、シリンジが今日いちばんの笑顔を見せた。猪突猛進タイプの彼は、目の前の仕事が忙しくなると食事をないがしろにする傾向がある。過去に似たような経験を持つ西坂としては、相棒の不摂生は見過ごすことができなかった。
「でもさ、食事のときだけ感謝するってのは、どうよ。開業支援って、そういう意味の支援じゃないんだから」
「固いこというなよ。ホテルマンだろ」
「おまっ」
偉そうな口をきくシリンジから皿を取り上げようとしたそのとき、ピロピロピロと玄関のインターホンが鳴った。
「早いね」
「早いな」
皿の残りをスープと一緒に流し込み、身なりを整えて玄関へと向かう。
「どうも、はじめまして。ビハヌです」
約束の時間よりもだいぶ早く現れたその人物は、眼鏡をかけたインテリ風の男性だった。現在は航空会社のグランドスタッフとして働いており、キャリアアップのために転職を考えているのだという。
「なるほど、ありがとうございます。これまでの経験や実績についてはわかりました。それで、うちのホテルで活躍できるかどうか、という点についてですが」
具体的にどのような能力があるのかシリンジが尋ねると、ビハヌと名乗った応募者は口元に笑みを浮かべた。
「部下を完璧にコントロールすることができます」
その質問を待っていた、と主張する不敵な笑みだった。
シリンジが尋ねる。
「どのようにして?」
「公開処刑です」
ビハヌは答えた。
「能力の低い人間を一人ターゲットに選び、同僚たちの前で徹底的に痛めつける。チーム全体の生産性を下げるとどうなるのか、公開処刑を通して、全員にペナルティを理解させます」
動物の調教と同じですよ、といってビハブは続ける。
「食事は毎日必要ですが、餌の種類を変えることはありません。変えるのは餌のタイミングだけ。それですべてがうまくいく。私にお任せいただければ、完璧な組織を作ってみせますよ」
おそらく、罪悪感の欠片もないのだろう。部下を動物にたとえるビハヌを見て、西坂はある人物の顔を思い浮かべていた。
ホテルワンダーボックスのフロント課長。彼はビハヌと同じように、特定の部下を執拗に責め立てていた。違いがあるとすれば自覚の有無だろうか。ビハヌには組織のためという目的があるが、フロント課長にはそれがない。彼にあるのは個人的な感情の発露だけだった。
彼はホームレスの須藤をゴミのように扱い、罵るだけでなく暴力まで振るった。
西坂は、それがどうしても許せなかった。
「おっしゃりたいことはわかりました」
話が終わるのを待って、シリンジが再び口を開く。
「つまりそれは、管理職での採用を希望する、ということですよね」
ビハヌは黙って首を縦に振った。
「結果は追って連絡します」
壁掛け時計に視線を向けたシリンジは、そこで面接の終了を宣言した。
ビハヌが去ったあとの室内で、西坂はシリンジの前に立つ。
「エド……」
シリンジが彼をどう評価しているのかが気になった。
「わかってる。不採用だ」
どうやら、心配は不要のようだ。
「うっし。じゃあ、口直しにデザートを用意しよう」
そういうと西坂は、自身の負の感情を悟られないように、鼻歌をうたいながらキッチンへと向かった。
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