第6話 怨嗟との戦い、その末路。

 最初の映像は、お葬式だった。

 これは、おじいちゃんが亡くなったときのもののはず。

 湧き上がってきたのは後悔。もっといっぱい、おじいちゃんと話をすればよかったという、後悔。

 ぴきり、とヒビが入る音がした。

 あたしは、自分の思い出と今感じたものの全てに違和感を覚えた。でも景色は容赦なく変化していく。

 次の映像は、そこから少しだけ進んで、小学校の中だった。

「うっわ豚が学校に来てらぁ。人間の言葉喋るのキモいからぶぅぶぅ鳴けよ」

 こっちを見ただけでそう言ってくる男子たち。

「うっへ有本菌だ」

「おまえすりつけてくんなよwwww」

 そう言い合いながら、あたしがさわったものがまるで汚いものかのように、お互いの服になすりつけるような素振りをする男子。

 他にも、姉の仕草や発声を極端に歪めて真似をする男子。

 ……ここでようやくあたしは気づけた。これは、姉の追憶だと。

 びきり、とヒビが広がる音と共に、映像は中学校へ移る。

 女子たちのグループがいくつもある。でも自分の視点はどのグループからも離れている。

 ひとりぼっちで、席にずっと座っていた。そこからふいに立って廊下へと出ていこうとしたら、他の女子生徒がやってきた。グループに入れてくれるのかな?と思ったら、思わずはたきたくなるような言葉が耳に入ってきた。

「セックス」

「オナニーオナニーオナニー……」

 誰が卑猥な単語を聞きたいなんぞと思うか。しかもわざわざ耳元で。卑猥発言をした当の女子たちはげらげらと笑っている。

「やめて」

 口が動いた。やっとかと思ったら、返ってきた言葉はまぁ酷いものだった。

「なんで? ふみちゃん笑ってたじゃん」

「こういうの好きなくせに~嘘つかないの~」

 そして、余計に悪化していった。泣きたくても、追憶の姉は泣くまいと我慢していたのか、涙の一滴も出なかった。

 ばきん、という音と黒いもやが出たら、次は高校生になっていた。

 黒いもやの中、相変わらずグループには入れていないものの、それまでとは違って安穏とした日々を送っている……そう見えた。

 だが、黒いもやに紛れる景色はいいものではないようだ。

 睡眠不足で授業をまともに聞けず、常にいじめへの恐怖とトラウマがフラッシュバックする。

 そこに追い打ちを掛けるように、両親の叱責と老いゆく祖父母とのやり取りへ疲弊していく毎日。

 べき、と致命傷を負った音が響くと同時、ゆらりと影が立ち上る。

 そこに立っていたのは、安間さん、柵木さん、澤さん、屋村さん。

 そして、あたしだった。

 ただ、全員が見下すような表情を取っていたのがどうにも不自然に思えた。特に、自分の表情についてはそれが格段に強い。

「誰がお前みたいなデブと付き合うかよバーカ」

「おれとつきあってください……なんて言われたら嬉しがるかなwww?」

「デーブ豚キモス!wwwww」

「悪いけどぼく女の子博愛主義だから、誰かと付き合うとかないない」

「ねーさんはずっとあたしの踏み台になってればいいの! それさえできていればニンゲンとしてちゃあんと扱われるから♡」

 ガシャアンと盛大な音と共に、全て壊れて現実の景色へ戻った。


 ……目の前の怪物は、うっすらと青くゆらめく巨大な触手らしきものを纏いながら、こちらへ憎悪の表情を向けている。

 なるほど。もしこれが本当に姉さんの辛い記憶なら、目の前の怪物が姉さんに見えたのも理由が分かる。姉さんが怪物になっていたのなら、突然失踪してもある意味つじつまが合う。

 だけど、このまま姉さんに殺されるなんて絶対嫌だ。それに……

「ふざけないでよ。あたしは姉さんにそんなことを言ったことない。ちゃんと謝って!」

 そう。あの映像は、姉さんの主観が入りすぎていて、悪い面の誇張が酷い事になっている。

 あたしは、本気で姉さんを姉として想っている。でも姉さんは姉らしくないだらしなさとか子供っぽさも見せるから、たしかに時々上から目線で喋るときだってある。

 でも、姉さんを徹底的に傷つける言動は、していない!

 ……まぁ、他の4人は心当たりあるみたいだけど気にしてられない。

「先輩方、逃げますよ! ショック受けるくらいなら立って走って生き延びて!」

 あたしの声がなんとか届いたのか、触手の攻撃が届く前にすんでのところで全員回避出来た。

 あの触手はなんなんだろう。あれで攻撃しているのは分かるけど、あんなのは記憶を見せられるまで無かったはず。

 ここで、鹿栗と呼ばれていた人の最期を思い出す。

 あのとき見えなかったが今見えている触手だとしたら。

 なぜ今見えているのかは分からないけれど、あの触手は危険過ぎる。

 なんとかして無力化しなくちゃ。

「っらあ!」

 澤さんが触手をかいくぐって手に持った棒で触手を殴りつけた、けど。

「うわっ! すり抜けやがった!」

 なんと、棒は触手のある場所を通り抜け、なんのダメージも与えられなかった。

「これはどうだ!」

 柵木さんが硬貨を怪物本体に向けて投げつける。しかし元が姉さんとは思えない俊敏な動きで簡単に躱される。

「大人しく死を選べば安穏と終われたのに、汚らしく足掻くとは本当に愚か者共め」

 怪物がそう言い放つと、近くでなにかが破裂する音がした。

 左肩に突如激痛が走って、思わず抑える。見ると、服が赤く染まるほど血が出ていた。周りを見れば、他の四人も同じように血の出ている場所を抑えている。

 だがしかし混乱している暇すらない。好機とばかりに怪物からの攻撃は容赦なく続く。駅は大混乱に陥り、人はとっくに逃げ出していた。

「動脈では無く静脈を破裂させたことを幸運だと思え」

 どっちだろうと痛いわバカ!なんておっそろしいことをするんだなどと口にしている間もない。触手の攻撃をかいくぐるのでこっちは必死だっての。

 そう思考を巡らせていたら、不意に足がなにかに絡め取られる感触がした。ちらりと見れば、青い触手。

「……姉さん、いい加減にしてよ!」

 そう言って触手を手で払おうとしたとき。

 ひゅぱ、という音とともに、引っ張られる感触が消える。

 触手の先が足に絡みついたままだが、本体へと繋がっている方は切られている。

「この、貴様ら、同質の力で対抗してくるか!」

 見ると、他の4本の触手も切られていた。あるものは焼けただれ、あるものは黄色い稲妻に縛られ、またあるものは風化した岩石のようになっていた。さらに。

「縛れ!」

 屋村さんの声が響くと同時、怪物の本体に大量の鎖が絡みつく。もはや身動きもできなくなった怪物に、安間さんが肉薄する。

「いい加減、落ちろぉ!」



 カッターナイフの刃先は、怪物の胸へ深々と刺さった。

 ……そこからは、赤い血が広がっている。

「……はっ、人を、殺した感想はどうだ」


 そう言い放つ声は、間違いなく、姉さんのものだった。

「お、おい、や、めろ」

 安間さんは震えだし、カッターナイフから手を離して後ずさる。

「何を? 事実を言うのを止めろと? この期に及んで何を言う。貴様らは私を怪物だと思って対峙した。しかし怪物は有本文が変化した存在だった。とうに分かっていることを、今更懇切丁寧に説明してやるなど馬鹿馬鹿しい」

 その言葉が、より深くあたしたちの心を抉っていく。いっそ別人であったなら、姉の言葉のろいも、ただの怪物の譫言として流せたのに。

「それに……貴様らもいずれ、私のようになる。みろ、そのヒビを」

 ……腕を見れば、黒いヒビが身体に入っている。どういうことか分からず叫びかけたが、すんでの所で抑えた。

「そのヒビが入ればもう、人には戻れない。人を襲い食らう怪物として人々に恐れられ逃げられる立場になる。もちろん、貴様らも人をただの食糧としてしか見ない」

 不意に、怪物の言葉に違和感を抱くも、自分が恐れているものに変化する恐怖によって言葉にはならず、ただ硬直するだけだった。

「私と同質の力を使った時点でそのヒビは入った。人を越えた怪物に対抗するためには、人を越えて怪物にならなければならない……世の摂理は実に平等だ」

 つらつらと言葉を並べる怪物の前に、あたしたちは何も出来ずにいた。その間にも、触手は消え、額に生えていた角も、尾もすべて消えていき、見た目にはほぼ普通の人間のようになっていた。

「……貴様らを憎みきれなかったのが、私の敗北だ」

 そう呟いて、怪物は目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る