第5話 暗雲、地獄への反転

「七葉ー、外出るときはちゃんと気ぃつけて、なるべく大きくて広い道いきなー」

「わかってるておかーさん」

 チラシ配りを始めてから数日後、あたしはあの日連絡先を渡してくれた姉さんの同級生、屋村やむらさんへ会うために出かけた。母親は珍しいことに気を遣うそぶりを見せた。

 それもそのはず、ここ一週間の間に若い人々が行方不明になったり殺人事件の標的になったりと、色々世間が騒がしいことになっている。

 最近流れている真偽不明の情報群にも、警察や自衛隊やらが怪物への専門部隊を組織し始めている、なんて噂が出回り始めている。

 詳細は分からなくとも、街中に人へ危害を加えるやつらがいる。そんな雰囲気が街を覆い始めている。

 まさか、自分が被害者になるわけない。そんな無根拠の楽観とともに、あたしは目的地へ向かう。


「……あれ、おとうさんはどうしたのかな、妹ちゃん」

「父はたぶん反対すると思うので、勝手に出てきちゃいました……」

「あー、そりゃ仕方ないよねー。改めて、ぼくは屋村世春よはるです。よろしくね」

「はい……あたしは、有本七葉といいます。よろしくお願いします」

「んじゃ、あいつらのとこまで行こっか」

 津駅で待ち合わせていた屋村さんと合流し、あたしは移動する。

 もうそろそろ聞いていた場所へ到着、という時になって、なにやら慌てるような、怒鳴っているような声が聞こえてくる。

「だから一旦落ち着け……あっこら待てって! ……ったく、あいつ電話切りやがった」

「近頃の事と言い、心配だな……」

「いったいどこのどいつなんだろうなぁ、ダチを襲ってる奴ら」

 ……あぁ、そうだった。姉さんとこの人達が同級生ということは、学生時代に仲良くなったあの人達の友達も姉さんの同級生というわけで。

 姉さんにとってはいじめてきた許し難い人でも、あの人達にとってはかけがえのない親友……なのかもしれない。

 それはそれとして、姉さんをいじめたこと、許す気は無いけど。

「おー、来た来た……って、なんか顔怖いけどなんかあった?」

「あ、いえ。姉さんと喧嘩したときのことを思い出してつい」

「そーかー。文ちゃんって「ハイハイそろそろ自己紹介に行こうな~」

 がっしりめの人が何か聞こうとしてきたけど、屋村さんに止められた。

「あ、えーと、有村七葉ありむらななは、です。姉さんのことで話があると屋村さんから聞いて、ここに来ました……」

「あれそっちからのつもりじゃ無かったんだけどなぁ……」

「おいおい屋村お前抜け駆けかぁ?」

「バッカおまえ、怒り狂った親父さんの目を盗むため仕方なくだっての」

 チャラそうな人と屋村さんがなんか口論してるけど、それを傍目に自己紹介は進む。

「あー、コイツのことはあとでしゃべる。とりまおれは柵木さくぎ越弘こえひろって名前だ。まぁよろしくな」

「んで俺はさわ秀騎ひでき。ねえちゃん見つけるまでよろしく」

 背の高い人が柵木さん、がっしりしてるのが澤さん。なるほど。

「おいオレが一番最後かよ……。ったく、安間やすま空牙くうがだ」

 最後のチャラそうな人は安間さん、ね。把握。

「えっと、柵木さんに澤さん、安間さん。これから少しの間よろしくお願いします」

「おう、よろしくな」

「よろしく、七葉ちゃん」

「……ああ」

澤さん、柵木さんは良い人そう……? 安間さんはなんか微妙だけど。

「んじゃこれから本題に……あ?」

 屋村さんがそう言って別の方向を向く。そっちへつられて見ると、服に血が付いた男性が、逃げるように走っていた。

「お、おおおい澤! 安間! 柵木! 助けてくれ!」

 ん? 屋村さんのことは知らなさそう? なんて考えてる場合じゃ無い。

「鹿栗!? おまえなんでんなことなってんだ!」

「わっかんねぇよ! ただ、いきなり襲い掛かってきたんだよ、あの噂に出てくる怪物っぽいのが!」

 え、うそ。こんなところにあの怪物が?

「あいつ、他のやつらと一緒にいたら、他の奴を吹き飛ばして……助けようとしたら、あいつ、他のやつを、く、く……」

「何があった、ちゃんと答えろ!」

 安間さんが叱りつけるように言葉を飛ばす。

「く、喰ってたんだよ! 人間の、身体を!」

 ……しんじ、られない。そんな存在が、実在するなんて。

「だけどあいつ、なんか、似てたんだよ。いや似てると言うにはかけ離れた姿してて、どう考えてもおかしいって思うんだけどよぉ……」

「……誰なんだ、そいつ」

 柵木さんが問いかける。

「……有もt」


 その声が途切れた瞬間、視線を上げたあたしは、思わず見てしまった。

 そのは、美人だった。到底、その体型も顔つきも似ていない。

 なのに、どうしてか、頭がそれとあの人を結びつけていた。

 あたしの姉、有本文だと。


 鹿栗、と呼ばれていた人は、胸を見えない何かに刺されたのか、大穴が空いていた。見えないなにかは引き抜かれて、滝のように血が吹き出た。

「……次は貴様らにしようか、ワタシと因縁を持つ者共」

 その声は、間違いなく姉さんだった。でも、それにしては酷く冷たい。

 唐突に、ぐいと腕を引っ張られて我に返る。引きずられるように何処かへ連れて行かれる。

「逃げるぞ! ここでぼーっとしてたら襲われる!」

 澤さんが引っ張っていた。男の人の腕力に、あたしの力じゃ到底逆らえないと確信できた。それくらい必死に、あたしと逃げようとしてくれている。

 だが……上手く逃げようとしても上手くいかない。そこかしこの道路が封鎖されていた。

 いつの間にか、あたしたちは津駅まで来てしまっていた。

「……すべて、憎い」

 あたしたちを追い詰めた怪物は、そう言葉を零した。

「私をさんざん苦しめた貴様らがのうのうと楽しく生きている間も、私はずっとずっと苦しんで、死にたくても死ねないまま過ごして来たというのに」

 何か、触れたような感触が額にある。しかし何も見えない。

「せめて私の苦痛を思い出し、心の底から懺悔し泣き叫びながら死んでいけ」

 その言葉が怪物から放たれると同時、目の前の景色が一気に全くの別物へ変わる。

 ……そして、姉が歪んだ原因の、すべての映像が見えた。

 それとともに、おぞましいほどの怨嗟が、あたしたちの心を蝕む。

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