第4話 偶然か必然か、救世主か悪魔か

「……おとーさん、今そのチラシとか作ってばら撒く必要ってあるの?」

「こういうのは少しでも手にとってもらうのが大事なんだ。それにこれを見て連絡をしてくれる人もいるかもしれないだろ?」

「居なくなってから時間経ってるし、手にとってもらってもすぐ捨てられるでしょ……」

 父親の気合いの入りように呆れつつ、あたしはこれから姉、文の行方を知るためにチラシを配りに行く。さっき言った通り効果的かは分からないけど、それくらいしか家族にはできない。

 なお母親は自分の友人に会いに出かけてしまっている。よく離婚しないものだと父親に言ったら、長い時間を夫婦で過ごして来た以上今更そんなことをするのも面倒だ、とのこと。

「さて、まずは千里駅、その次は津駅、白子へ寄って、最後は四日市まで行くぞ」

「分かった。名古屋までは行かないの?」

「それは明日から、だな。まずは近場からだ」

 もう愛知県どころかどっかの地方へ行ってるんじゃない?というツッコミはしないでおいた。張り切っている父親があまりにも可哀想になってしまう。

 まぁ、あのヘタレの姉さんがそうそう遠くへ行かないとあたしも思うけどね。だけど姉さんだって一応大人だし、金さえあれば遠くへ行っちゃえるんじゃないかなって。

 まぁそんな心中はさておき、千里駅へチラシを配りに行く。がしかし、住宅街近くとはいえ普通しか止まらない小さな駅。人は来ないのでチラシを手に取ってくれる人もなかなかいない。一時間経ったところで気落ちした父親を宥め、津駅へと移動する。

 津駅はさすが県庁所在地の名を冠する駅なだけあり、人はそれなりにいる。やはり特急電車も停まる駅だからか。チラシ配りもそこそこ良い感じに進む。

 ……男性四人が、そのまま通りがかるかと思いきや、あたしの顔を見て向かってくる。

「あれ、文ちゃんじゃん」

「よぉ文ちゃん元気だった?」

「文ちゃんおひさ~」

「文ちゃん何してんの~」

 あの、いくらあたしの家族は顔が似たり寄ったりだからって、4人全員から姉さんと間違われるってどういうことなんだろう。そもそもみなさん誰ですか?

「君たち、ごめんね。僕は文の父親で、この子は文の妹の七葉なんだ。肝心の文は、数日前から行方不明になって、探しているんだ……」

 父親が割って入り、説明するがその表情は暗い。4人は一気に慌て始めている。

「うぇっ、行方不明って」

「まじか。似すぎだろ」

「おい誰だよ間違えた奴」

「お前もだろーが」

 どうしてそこで揉め始めるんですかねぇ。あとあなたたち誰ですか。

「……君たち、邪魔をするならどいてくれないか」

「「「「いやあの、まじスンマセンした」」」」

 そこは揃うのかい。ふざけてないでほしい。

「俺ら、文ちゃ……有本さんの同級生なんですよ。だからつい勘違いして気安く声をかけてしまって……」

 と、割とがっしりめの人が言う。ふーん、同級生、ね。

 ふと、それで思いだしたことがある。

「あれ、姉さんって小学校と中学の時いじめられてたんだっけ」

「あぁ……そういやそうだったな。だとすると君たちは娘へまた危害を加えに来たのかな?」

 あ、これあかんやつや。お父さんが娘可愛さのあまり暴走しかけてる。

「い、いやそのですね……」

「いじめたなんてそんなわけないじゃないっすか。ちょっとからかってもあいつニコニコしてましたもん」

 なんかチャラそうな人がそう言ってるけど……家族であるあたしたちは、なんとなく分かるんだ、姉さんの事。その証拠に、お父さんの顔がどんどん真っ赤になっていく。

「ふざけるな! あの子は表情の切り替えが出来ないことでいつも苦しんでいたんだ! そしてお前らのそのからかいでどれだけあの子が傷つき、どれだけ回復に時間が掛かって今も苦しんでいるか、お前らに分かってたまるか! この人間のクズども!」

「待って、お父さんまだこの人達がいじめたって証拠は無いよ!」

「そ、そうですよ。文ちゃんだってもう昔の事だって」

 あたしが宥めようとした途端、一番背の高い人が何か言おうとした。それが返ってお父さんの逆鱗に触れた。

「お前らいじめっ子はそれが免罪符になると本気で思っているようだな! いじめられた側はいつまでもいじめられた記憶が忘れられない、そのせいでずっと苦しむんだ! 僕だってそうなのに、あの子がそんな事無いわけがないだろうが!」

 ぜぇはぁと息を荒げていたお父さんは、あたしの腕を唐突に引っ張った。

「ま、まって!」

「七葉、こんなところにはもういられん。早く帰るぞ」

 ぐいぐい引っ張られて腕が痛い。そんな中、引っ張られていない方の手に何かを握り込められた感触がした。

「あーあ、馬鹿だなあいつら。まぁ、お姉さんのことでなんかあったら協力すっから、ここへ連絡してな」

 唯一、あの現場を冷めた目で見ていた男の人が、そう声を残していた。

 怒りでいっぱいのお父さんと違って、あたしは握られた連絡先を、帰り道でずっと見ていた。

 正直、まだ信用はできない。でも完全な悪と決めつけるのも納得がいかない。

 あたしの手の中にあるそれは、手助けか悪魔の誘いか、まだ判然としていなかった。

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『……繰り返し、お伝えします。ここ数日の間、25歳から26歳にかけた男女の殺人事件や行方不明事件が、全国的に増えている模様です。警察庁は、これを……」

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