第2話 そして悲劇へと至る変化
突然にして「被災地」へと変貌した私たちの街。この家は海岸付近には建っていないものの、津波の被害はあった。ニュースでは連日飽きるかと思うほどに被害状況の報道が行なわれている。
SNSでも、デマか本当か分からぬ情報や陰謀論、予言関係のワードがたびたび話題に上がっていたりしてわりとうんざりしている。私たちはそんなものより余震の情報とかを知りたいというのに。
テレビは自粛によってニュースまみれ。SNSは情報の洪水。そうなればアニメや映画を見たりゲームをしたりといった余暇の過ごし方を考えるものだが、残念ながら停電や断水が起こっているこの状況下ではそんな過ごし方すら困難であった。
まぁ、今はそんなことなんて吹き飛ぶほど片付けやらなんやらで忙しいわけだが。
早く痛む食材や冷凍食品はさっさと消費しなくちゃいけないとのことで、初日は食事時にそれらのメニューが並び、次第に備蓄していた非常食へとラインナップは移り変わった。幸いにして水はしっかり蓄えられており、飲用には充分足りる。お風呂や洗い物にはさすがに勿体なくてまだ使えないけれど、水分が摂れるということがいかに大切かが身にしみる。
少しだけ心配なのは、学生時代に仲良くしてくれていた同級生たちのこと。たぶん他県へ住居を移している子もいるだろう。生きていることが分かるだけでも、私は嬉しいのだけれど。
・・・・・・一瞬、嫌な過去がフラッシュバックする。あいつらはむしろ、この災害で死んでいたら安心できるのに。そんな不謹慎な思考が頭を過ぎった。
嫌な記憶ほど焼き付きやすいというこの記憶原理について、神様に文句を言いたくもなるが、どうにもならないのでなんとか思考から振り払う。
数時間後、何もやることが無いので、リビングで流れているラジオを流し聞きしているうち、慌ただしい人たちの声が聞こえてくる。
『えー、たった今入ってきた情報です。先程、富士山が噴火したとの情報が入ってきました。詳細が分かり次第、お知らせします』
・・・・・・は? 富士山が噴火した? あの日本一の高さがある、日本を象徴する山が、噴火、しただって?
大地震の次は噴火・・・・・・日本の状況がさらに追い詰められている。
それが分かった今、また神様に文句を一つ言いたくなってきた。
「どうして、今集中的に災害を起こしているんですか」と。
感染症やら大地震やらをせっかく乗り越えてきたのに、また大地震と噴火でめちゃくちゃになっていくのはさすがに酷すぎるではないかと。
本当に、いったいいつになればまともな生活が送れるのだろうか。そう考えながら私はまた手伝いにのめり込む。
災害がやってくるのが突然ならば、インフラの復旧も突然のように思えた。
「お、電気戻ったな」
お父さんが新聞記事を見て、そう言いながらブレーカーを戻しに行った。少し経った頃合いに充電用のプラグをコンセントへ差し、反対側をスマートフォンに繋げてみる。すると、地震の前と同様に、充電が始まった。
おおー。文明の利器が力を取り戻した。ありがたやありがたや。
同じ日に水道も戻ったようで、お母さんが出てきた直後の水の色に辟易する声が聞こえてきた。さすがに集落レベルくらいの田舎だと復旧もまだ時間が掛かるだろうけど、ここまで数日で戻ってくるのはやっぱりすごい。
そんなことを思いながら充電がそこそこ溜まったのを確認し、メールやらSNSやらをチェックする。メールを取捨選択してSNSを眺めていると、不審なワードが色々流れてきた。
様々な情報を纏めてみると、最近不審な死者や行方不明者が出ている。その原因は人を襲い食らう怪物のせいだ。と。
普段ならただの陰謀論だと掃いて捨てたくなるだろうが、なぜか私はとても気になってしまった。
時間帯は昼夜問わず、場所も様々。一つ共通しているのは、目撃者がほとんどいないことらしい……が、警察が聴取した目撃証言があまりに荒唐無稽すぎるため「そういうこと」になっている、なんて都市伝説まで出回っている。そして、その都市伝説の多くには、目撃された犯人……いや、怪物の特徴が併記されている。
なんでも、見つけたら突然吹き飛ばされただの、人間に動物の身体の一部を無理矢理くっつけたような姿だっただの、人間の身体を噛みちぎって食っただのといった、もはや普通の人間とは思えないような話ばかりだそうで。
公的機関の裏付けが無いという重大な点を除けば、信じ込んでしまいそうなくらいに妙な説得力があった。
もっと詳しく調べたいという欲求をなんとか抑え込み、災害に関する情報集めに戻る。平時であればそのようなことにうつつを抜かしても大丈夫なのだろうが、今は非常時なので電気の無駄遣いもしていられないのであった。……とはいえ、入ってくる情報に紛れ込む、「この地震や噴火は政府が人工的に起こした」などという荒唐無稽な主張やら、収益だけが目的の空虚なノイズが非常に多く、必要・有用な情報は探すのに相当骨が折れた。
「あー、もうやだ」
そう言ってゲームに手を伸ばそうとするくらいには、そのノイズや陰謀論で気力が削られた。
そうしている間にも、生活のサイクルは容赦なく進んで行くものである。
「おーい、風呂入らんのー?」
「今入るってのー」
気怠げに母親へ返事をして、風呂場へゆっくりと向かう。
浴槽へ身を浸しながら、ふと怪物について考察する。
古今東西様々な作品において、人に害を為す怪物怪人、人外なるものは描かれてきた。それは世の中に広く概念として拡散したものから、知る人しか知らないものまで本当に幅広い。
だが大抵、そのような存在には対抗手段がつきものだ。そうで無ければ人間は最悪の場合その存在達に駆逐される。生き延びられるとしても今のような繁栄した状況に戻るのは困難を極めるだろう。
……もし、今都市伝説やらで人々が噂している怪物に、対抗手段が全く存在しないとしたら? 今、相次ぐ災害で疲弊している日本の人々は、果たして生き残れるのか?
少し恐怖が頭を過ぎった時、喉の奥になにかが詰まった感触がした。すぐさま口に手を当てて咳き込めば、喉の奥の不快感が消えた代わりに、当てた手になにかがついた感触がした。
急に何だろうかと不審に思いながら手のひらを見る。
……黒い、粘性のあるものが、そこにあった。
「なにこれ……」
身体の不調の兆し、だろうか。それにしてはあまりにも唐突すぎて、疑問しか無い。
「う、あ」
ふと、視界がぐらりと歪む。手すりを掴んで、必死に顔を水面に付けないよう耐える。
風呂場で倒れるとか洒落にならない。なんとか不調が治るのを待つが、治るどころか時間が経つほど悪化していく。
じわじわと視界が謎の黒に侵食される中、私は自身から黒い粘性の物質が出ていることを辛うじて認識出来た。
謎が謎のまま、私の視界は黒に染まって、そのまま何も分からぬ闇へとすべて落とされていった。
最後に私が思ったのは、死にたくないという願望と、なぜ自分がこんな目に遭うのかという、嘆きだった。
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