魔暁の回廊
如月冬花
プロローグ~有本文視点~
第1話 全てがあの日変わった
電車に揺られていると、眠気が緩やかに来る。そんなことは無いだろうか。
今日も変わらなかった。ただの「ある日」と大して違いは無かった。
ため息をつきながら、私――
これが学生の登下校とかだったら多少のドラマ性もあるのだろうが、生憎私は成人済みで大学中退の身だ。しかももうそろそろ二十代後半にさしかかる頃合い。じゃあなんで電車なんかに乗っているのかと言われれば、就労移行支援サービスで働き口を見つけるために訓練を受けているからとしか言いようがない。
ああ、たぶん大学も就職も問題無く進んでそのまま一年以上働けている人にはこの話は無縁に思えるだろう。だが人生の何処かで躓いてレールを外れた人間にはこういうサービスも蜘蛛の糸のように見えるってことだ。さっさと自立しろと怒ってくる両親に急かされ職安で大量の求人票の中から自分ができそうな仕事を探すのは厳しいんだよ。
話は逸れたが、何にせよ私は何の面白い変化も無い毎日がとてもつまらないと思っている。まだ「社会の常識」が決めたレールに乗れていればそんなこと思う余裕も無かったかもしれないが、私は残念ながらいじめで心を病んで大学へまともに通えなくなってドロップアウトしてしまった暇人だ。しょうもないことだって一日に何個も浮かんでしまう。
急行列車に乗って、普通列車しか停まらない最寄り駅のために乗り換えて、普通列車で家の最寄り駅までどんぶらこ。これも変わらない日常になってしまっては全く面白くないものだ。
さて、今日はこのまま母の作った夕食を食べて風呂へ入って寝床でおやすみ。・・・・・・と行きたい所だったが、途中で妹からの愚痴メッセージが届いた。
『ねえこの動画見てよ』
そのメッセージからいろいろと何を聞かされるか予想は出来たが、出てくる内容のジャンルは生憎私にとって興味が無いジャンルだ。勝手に送りつけてくるなと言ったところで全く聞いていないかのようにまた送りつけてくるのが分かりきっているので適当に流してメッセージを終わらせる。悪いね妹よ。君は三次元アイドル派のオタだが私は二次元キャラ派のオタだ。住処がそもそも違うのだよ。
そんな調子で私はまたつまらない明日がやってくる。そう、思っていた。
次の日、起きた私は休みの日を満喫する気満々でネットの海に飛び込む。ボイスチャットアプリのテキストメッセージを流し読み、興味が乗ったチャットに混ざって適当なチャットを打つ。そうして楽しく過ごしていたその時だった。
強烈な揺れが第一に来た。家が揺れてミシミシ言ったり、スマートフォンがけたたましく数瞬後れの緊急地震速報を鳴らしたり。私の身の回りは一気にカオス状態。とりあえずノーパソとスマホを抱えて、小学生の頃からある学習机の下へ無理矢理身を押し込む。こんな時ほどデブな自分の体型を恨めしく思うことはない。
何分経った頃だろうか、と思った頃にようやく揺れが収まった。揺れる前からごちゃごちゃしていた部屋がもはや足の踏み場も無くなったレベルになっていることにむかつきながらスマホを確認してみれば、一分経ったか経ってないかくらいだった。
「はぁ~~。んで、震源どこだろ」
とりあえず災害情報アプリを起動する。入れておいてよかったーと思ったのもつかの間。
「は?・・・・・・え、まさかこれが南海トラフ・・・・・・?」
災害情報アプリが提供する震源の位置は、3つ。ちょうど東海地震、東南海地震、南海地震のあたりに合致する。
「そんなまさか、ね」
そう呟きながらSNSを開いて検索。まだノイズとなる投稿は無く、様々な人々がさっきの地震について投稿しているのを多く見つけた。
「・・・・・・とうとう来ちゃったかー」
うん。何十年も前から来る来るとは言われてたけど、今日来るなんて想像してなかった。恐らく世の中の人は全員そうだろう。
「さてさて、スリッパどこだろ・・・・・・」
毎日家の中裸足生活の私にとってガラスの破片は危険だ。とにかく室内履き出来る物がほしい。地震によってシェイクされた部屋の中を漁り、なんとかスリッパを引っ張り出す。
「ふみー、大丈夫かー?」
と、母親が階下から声を掛けてきた。
「私は大丈夫ー。怪我してないー」
「なら部屋のドア開けれるか試してみー。開けれたら早く下へ降りといでー」
さて、母親からのクエストは上手くいくだろうか。そんなことを思いながらドアノブへ手を掛ける。
・・・・・・ドアは無事に開いた。もう建てられてから十年以上は経っているはずだが、耐震性は意外と大丈夫だったみたいだ。
さーて、これから大変だぁ・・・・・・。そんなことを思いながら、私は部屋の外へ足を踏み出した。
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