第9話 銃刃新式

 僕を見上げるアルデヴァランは、段々と近づく僕から後退ろうと慌てている。

 

「ちょっ、なんであんたがここにいんのよ!?」


「そっくりそのまま返すよ。なにしてんの?」


「うっさい! あ、あんたには関係ないでしょ……っ」


 大袈裟に反応するアルデヴァラン。気まずそうに目を背けながら、何かを隠すように口ごもる。

 この反応から察するに、魔族長絡みか……?

 ってか、こいつは僕が魔族長殺したの知ってるんだろうか。


 少し煽ってみるか。


「聞いたよ、アルデヴァラン。君、異世界の人たちに負けたんだって?」


「はっ、はぁ!?」


「情けないなぁ……僕たちの世界では『迷宮王』とまで称された君ほどの魔族が、『真体解放パージ』しても勝てないとはねぇ……」


「あっ、あんたねぇ……!」


 魔族は知性を得た魔物の上位種に当たる。

 そんな彼らは全員、魔物だったころの姿を持っており、本気を出す時はその姿に立ち戻るんだ。

 それが『真体解放パージ』。獲得した理性や知性を乖離し、本能と実力を最大限まで引き出す奥の手だ。

 彼女の場合、その姿は女型のミノタウロス。意識を失う前に我聞が言っていたことから、彼女は全力の戦いで彼らに敗北を喫したのだろうことは想像に難くない。

 戦いにおいて誇り高くおまけに自己評価が限りなく高い彼女は、僕の煽り言葉に眼を剥いている。


「あっ、あんなのノーカンよノーカン! 戦いってのは一対一が真の姿! 弱者共の物量作戦なんか決闘とは呼べないわ!」


「別に決闘してたわけじゃないでしょ。それに強者相手に弱者が勝つ方法として『数』は一番理にかなった策だ。君は彼らの技術と策に負けたんだよ」


「うっさい! もとはと言えばあの強欲魔族長のせいよ! とか言って、なんの調査もしないであたしを送ってこのザマ!  まああのバカも、自分より強いヤツが異世界にいるなんて考えもしてなかったでしょうけどね、ふんっ!」


 ちくちくと小突く僕に拗ねたアルデヴァランは腕を組んでそっぽを向く。

 んー、なるほどね。


 魔族は僕たちよりも早く異世界の存在を知っていた。多分かなり前から。

 魔族長が僕に勇者の殺害を依頼したのは、異世界侵攻に魔族の戦力を注ぎ込む関係で、元の世界の脅威に対しての防衛手段が少なくなっていたからと考えれば辻褄が合う。

 正直、実力が伸びきっていなかった勇者はアルデヴァランが居れば抑え込めていた。魔族の戦力はそれほどまでに強大だったからな。

 ただアルデヴァランは異世界に侵攻を開始していたから、僕に殺害を頼んだ。


 よし、少しづつ見えてきたな。


 アルデヴァランはへそを曲げているが、そもそも僕と彼女は絶対的な敵対関係にあった訳では無い。

 適合については詳しくわからないが、そろそろ機嫌を取っておこう。

 聞きたいことは充分聞けた。


「なぁ、アルデヴァラン」


「なによっ」


「——僕さ、殺したんだ。魔族長」


「……?」


「多分、君が異世界への侵攻を任された直後くらいだと思うんだけど。もうあの世界では魔族は散り散りになって久しい。この世界に君を助けに来るヤツはいない」


「ころ……した? 魔族長を?」


 呆然と問うアルデヴァラン。揺れる双眸にあるのは悲しみや寂寥ではなく、ただただ虚しさだけ。


「そうなんだ……まぁ、恨み買ってたろうしね。どうせ、あんたも依頼されたんでしょ? 魔族長が勇者殺害を依頼したみたいに……自業自得ね。人間も魔族も……つけは回ってくるもんなのかもね」


 頷いて返すと、彼女は肩の荷を下ろしたように大きくため息を吐いた。

 魔族のためか……はたまた自分の戦闘欲のためかはわからない。でも、アルデヴァランは確かな使命を持ってこの世界に来たはずだ。

 だが彼女は、異世界の人類に数で押し潰され、生かされ、実験され……それはおそらく、彼女の誇りをこれ以上なく辱めるものだっただろう。


「……あんた、ここに何しに来たのかしら? まさか、殺しに来たの?」


「そう見える?」


「もうわかんないわよ。ずっと一人だし、たま~に来る人間も喋るだけで死んじゃうし……もう、よくわかんない」


 心の支えだったであろう魔族の末路を聞いてから、彼女の瞳に燃えていた闘志は鳴りを潜め……迷子の少女のように僕を見上げる。

 

「——アルデヴァラン……これでいいのか?」


 僕は問う。

 彼女の矜持、本能に。


「抑え付けられたままで。異世界人に良いようにされたままで」


「……良いわけないでしょ。でも、あんたが言ったじゃない。助けに来るヤツなんていないって」


「そうだね……でも————力を借りに来たヤツが、ここにいるんだ」


「はい?」


 そして僕は、我聞から聞いた『異装』についてのことをかいつまんで彼女に話した。

 僕とアルデヴァランが適合可能であることや、僕の目的までもを包み隠すことなく。


 食い入るように聞き続けるアルデヴァラン。

 僕は今まで、彼女に嘘はついていない。だが、意図的に会話の流れで、彼女の心を傷つけるように仕組んだのは確かだ。

 それはすべて、彼女の協力を得るため、異装としての適合のため。


 でも、僕がそんな策を弄するのは偏に、彼女を高く買っているからだ。


 魔族一誇り高い者。

 彼女が人間の中でも迷宮王として有名だったのは、真摯な決闘と無駄な血を嫌う気高い者だったからだ。

 逃げる者を襲うことなく、立ち向かうものを確実に屠る。


 その矜持は、異世界に来てからも変わっていないように見える。


 僕にとってすべての“命”は平等だ。

 でも“力”は違う。


 力とは世界のすべてだ。権力、暴力、財力。

 僕はそれを嫌と言うほど知っている。


 彼女の力には価値がある。

 僕たちの世界で圧倒的な強者とされてきた彼女を、数で押し潰し、鬼の首を取ったように誇る姿は僕にとっては嫌味に映る。

 こんなものじゃない。


 僕たちの世界は、そんなに温くない。



「弱者は頭を使い、策を弄する。当然の生存戦略だ。異世界人はとても頭がいいから、一筋縄ではいかない。でも、君は強者だ。一度負けただけですべてを諦めたわけじゃないだろ? ——……僕の手を取れ。同じ世界の者として、やつらに目にもの見せてやろう」


 見上げるだけの彼女に、右手を差し出す。


「……本気で言ってんの?」


「本気だ。大マジだ。力を振るうの好きだろ? リベンジと行こうじゃないか」


 アルデヴァランは、僕の力を知っている。

 彼女は力の信奉者だ。だから、僕の言葉を重く受け止めてくれる。

 少しの沈黙の後、アルデヴァランは瞳の中の炎を灯した。


「……——無様なとこ、見せないでよね」


「誰に言ってんの。あり得ない」


「いいわね。——最高っ!」


 そして彼女は、力強く僕の手を取った。


「アルデヴァラン……アルでいいわ。親しい者はそう呼ぶ」


「勇者殺し……こっちでは白淵影汰って言うんだ」


「じゃあ、エータね! あははっ、これから楽しみっ!」


 周囲を黒を剥がすように、天上から光が注ぐ。


 浮遊感に身を委ねると――瞬きの後、視界に映っていたのは研究室の天井だった。


「し、白淵くん……大事無いか?」


「大丈夫です……少し眩暈がしますけど……」


「バイタル、問題ない。前例がないくらいに健常」


「それは僥倖! さて、白淵くん、こっちへ」


 頭を押さえながらベッドを降り、円筒の前に立つ。

 筒の中の物質は先ほどよりも強く輝いており、僕が近づくとより強く光を発する。


「治癒阻害液……引きます」


 筒の中の培養液のようなものがどんどんと水位を下げ、中には吊るされた物体だけが残る。

 そして、筒が開いた。


「さぁ、手を」


 促す我聞に従って――その物質の中で最も輝く黄金の魔石に触れた。


「新世代異装……適合完了だ」


 拘束具が一人でに物質に取り込まれていき、不要な部位が粒子になって溶けていく。


 数秒蠢いた物質は――確かな形を保って僕の手に収まっていた。


 八十センチほどの『刀身』と刀身に装着された『銃身』。

 持ち手は剣の柄と言うには太く、まるで猟銃の持ち手のように緩く曲がっている。その柄には『引鉄』。


 これは、『銃剣じゅうけん』だ。

 剣と銃が一体になった、近中遠の全距離対応型。


 うん、いいじゃん。手に馴染む。


「銃剣型……前例がないわけではないが、ここまでの大きさは初めてだな。まるで長剣だ。それに……とても美しいな」


 真紅の刀身に我聞が言うと、瞳さんも見惚れたように息を吐いた。


「様式に則り、号は『銃刃新式じゅうじんしんしき』名は――」


「——アルデヴァラン」


「牡牛座の心臓か……いい名前だね。おめでとう白淵くん、それが――君の異装だ」


 馴染む柄を強く握ると、反応するように刀身がカタッと鳴った。



『——うまく使いなさいよ、エータ』


「任せて」


 口の中で呟けば、魔石が嬉しそうに光った。





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