第8話 アルデヴァラン


圧倒的説明回。

でも現代ファンタジーって説得力が大事だと思う


――――――――――――――




「ふはは! では、白淵くん! 君は異装についてどの程度知っているかな?」


 そう僕に聞きながら、咥えていたタバコをすでに満杯な灰皿に押し込み、新たなタバコに火を付ける我聞。

 異装について知っていること……。

 ここは誤魔化しても仕方ないか。変に知ったかぶって情報を取りこぼすのは旨くない。


「ダンジョンに棲む魔物への対抗策……探索者にとって必須な武装、とか。そんな認識です。あと、魔物の心臓部である魔石を原動力にしていて、それ以外の部分も魔物の素材で出来てるって聞いたことがあります」


「うん、まあ君は探索者になり立てらしいし、興味のない人が知ってるのはそのくらいだろうね」


 僕の異装に対する知識を聞いた後、我聞は新しいタバコをふかしながらしたり顔で説明を始めた。


「異装とは——敵性異界生命体特殊対策武装の略でね。ちょうど八十年ほど前から人類の砦として普及した、対異界武力の粋の結集だ。百年前、魔物との初遭遇から二十年をかけて造られたモノで、これが無かったら今頃日本どころか世界に人類は存在しなかっただろう。何せ、銃も核も効かない敵性生物だったんだから」


「……すごい技術ですね」


「そうだろう? 異界粒子。シヴィラの世界では魔力と呼ばれてるらしいこれが、人類にとっての分岐点だった。魔物には異界粒子を含んだ攻撃しか効かず、異界粒子を持たない俺たち現代人には対抗策が無かった。だから、最初はただの偶然だったらしい。大型の魔物の攻撃でダンジョンの壁が崩落し、たまたまその攻撃に巻き込まれた魔物の死体を、たまたまその攻撃から生き残った調査隊が持ち帰ったのさ。それが、人類の反撃の始まりだった」


 そこから異装を作り出し、八十年で当然の技術として普及させた。

 上官が日進月歩と評するのも頷ける。それは発展ではなく、進化と言っても過言ではないスピードの大幅な変革だったことだろう。


「魔石を取り出さないように魔物を解剖し、血液を取り出し、その血液に含まれる微量な粒子を発見した。それが異界粒子。調査によってダンジョンの空気中にもこれが溢れていることが確認され、人類の進歩は現在まで進んできた……と言うわけさ。もちろん、一年前にシヴィラがこの世界に迷い込んだことが、第二の進化の始まりだと俺は考えている。なにせ異界の知識を持った稀人だ。人類が求めて止まなかった存在だろう」


 熱のこもった言葉を吐き出し終えた我聞は、指の間に持っていた火の消えたタバコをちらりと見て、肩を竦めて灰皿に押し込んだ。

 

「異装って言うのは、いわば人工の魔物を武器として扱うようなものだ。異装は、生きている。持ち主の成長に合わせて、使えば使うほどダンジョンの空気中の異界粒子を取り込んで成長する。その特性から、こう呼ばれることもある――」


「生きた武装」


 僕がネット上で得た情報で我聞の言葉を取ると、彼はその通り!と大きく首肯した。


「流石にそのくらいは知ってたか! まぁでも、異装との適合にも相性があるから、成長の幅にも個人差がある。ただ、かの有名な相馬さんの異装はまさしく生きているかのような成長を見せていてね。その言葉は彼の異装が発祥と言っても過言ではない。——だが、俺と瞳が開発を任されている日本初の新世代異装は、まさしくんだ。比喩では無くね」


「……というと?」


「異装とは魔石を原動力エンジンに稼働している。まずそれが心臓と同じようにポンプの役割を果たし、異装内に作られた回路——人間でいう血管に異界粒子を流す。これが異装の起動条件。そして、人間との適合条件は、異装に流れている異界粒子の回路を人間の体内に拡張することだ」


「……えーと?」


「ああごめんごめん。もっとわかりやすく言うと、人間に血液が循環しているように、異装の中には異界粒子が循環している。この異装の中の異界粒子が通る回路を、人間の血管と繋げて一体化すること。これがだ。異装と適合した人間の身体能力が爆発的に上がるのは異界粒子に起因する。要は、現代人がファンタジー作品のような魔力を得る方法こそ、この適合なんだ!」


「魔物の特性を備えた武器が異装で、それと繋がることで異世界の力を得ることが出来る。ってことですか?」


「うん! 間違いない!」


 なるほど……魔石と素材から作り出した武器の形をした魔物との同一化。

 恐ろしいことを考える人間ってのはどの世界にもいるんだな。

 これは、僕たちが持っている拘束武具セーフティと理論的には全く同じだ。

 だが倫理的には、異装はまだ一線を保っている。


 思考にふける僕を横目に、我聞は続ける。 


「異装には技術の進捗ごとに世代区分があってね。まず、魔物から取り出した魔石を原動力に、魔物の素材で刃などを作って組み合わせ、微量の異界粒子を流したものが『第一世代異装』。これが始まりの異装だね。ほとんどの探索者が未だにこれを使っているし、日夜企業に開発されているのもこれだ。そして次に、討伐した魔物から魔石を不要な部分を削いでいき、魔物を武器の形に整えたもの。これが『第二世代異装』。これは魔石と異装の親和性が高いんだ。当然だよね、だって外付けじゃなくて元々の身体を武器の形にしたんだから」

 

「それ、まんま魔物じゃないですか……」


「まぁ死んでるから、詳しく言えば死体だけどね。ただ、第二世代は失敗例が多くてね。まず素体は討伐難度ファイブ以上の超強力な魔物じゃないといけないし、武器に整える途中に魔石に傷をつけたりしただけで機能が止まっちゃうしで、開発は極稀だ。第一世代と同じくらい普及するのはもっと先だろうね。でも、第二世代のメリットとしては――適合した人間が、確実に魔法を扱えることだろう。第一世代異装であっても魔法を発現することはあるが、それは稀だ。確実に、ってとこがミソだね」


 そりゃまた、すごいな。

 身体能力の急激な向上に飽き足らず、魔法すら扱えるようになる、と。


「昔に比べれば、数も増えたし、適合する人もちらほらいるけど……まだまだ発展途上ってとこだね。これからに期待だ。——で、ここまでは前置き」


 すっ……と。我聞は目を細め、声の調子を一段階落した。

 薄暗い部屋の中央で煌々と光る円筒。それに目を向けた我聞は、「……瞳」と助手である瞳さんに目配せを一つ。

 彼女はすたすたと僕の横を通り過ぎ、円筒の前に設置されたパネルの画面を操作し始めた。


「準備が終わるまで、もう少し俺のお話に付き合ってくれるかな?」


「まあ、ここからが話の肝なんでしょ」


「理解が早くて助かるね。……異界粒子という現代の人間にとって未知の要素であるこれに対する耐性を獲得するのはとても難しくてね。ダンジョンに入り続ければ自ずと身に付くんだけど……昔は相当苦労したみたいだね」


「昔は……っていうのは?」


「……五十年位前から、先天的に異界粒子に対する耐性を持って生まれてくる人間が増え始めたんだ。恐らく、ダンジョンに長らく入り浸っている人や、異装との適合に成功した人の遺伝子に何らかの影響があったんだろうね。探索者同士の子供なんて特にそれが顕著なんだ」


 ほら、やっぱり。

 異界粒子……異世界の魔力との接触で、この世界の人類は進化していたんだ。

 ダンジョンという異界の脅威に対抗するために、遺伝子構造すら利用して。


「第一世代との接続は、微量の異界粒子を流し込み耐性を作れば誰でもできる。ウィルスに対する予防接種のようなものを実施してね。……でも、第二世代以降はそうはいかなかった。一定以上の異界粒子耐性を持っていないと適合できないんだ。強力な魔物の魔石を利用しているのが原因でね。魔石に内包される異界粒子の量が多く、耐性を持っていない人が適合しようとすると『異界中毒』と呼ばれる死に至るほどの中毒症状を発症するんだ。……ここでは、犠牲者の数は伏せておくよ。精神衛生上ね」


「……すっげー今更な感じがしますけどね」


「でも——君は違う。あのシヴィラのお墨付きの、異界耐性の持ち主なんだ。そう、彼女シヴィラの存在こそ、俺たちの天啓。シヴィラのお墨付きを貰えた人間は世界でたったの五人。そして君はその六人目……日本では初だ。君の前の五人は、例外なく新世代異装との適合に成功している。……来てくれ」


 言い切った我聞は席を立ち、僕を促す。

 我聞が「どう?」と短く問うと、瞳さんは軽く頷いた。

 準備が完了したのだろう。


 彼は、の前に立つと、僕を振り返った。


「じゃあ――新世代異装の話をしようか」


「……生きてる、って言ってましたよね」


「ああ、生きている」


「このでっかい筒に入っているのって……?」


「——その通り。正確には、殺し切ることが出来ない程に強力な魔物だ。四肢を潰し、異装と同じ原理で作り上げた拘束具で縛っているんだ。封印……みたいな感じが近いかな? ——討伐難度セブン以上、魔物でありながら人に迫る知性を持った災害ハザード級の魔物を素体にした異装。それが、新世代異装なんだ」


 両腕を目一杯に広げ、彼は力説する。

 研究者……多分僕が思っていたほどこの世界はまともじゃないんだろう。

 目の前の我聞も、マッドサイエンティストと称される人種だろうことは、その表情から窺える。

 でも、イカれた人間を否定する気は無いし、自分がそうだという自覚もある。

 それに、世界を動かしてきた人間ってのは、僕の世界でも、この世界でも、どいつもこいつもイカれた奴ばかりなのだろう。


 特務隊の面々を思い浮かべながら、軽く微笑む。


「では、新世代異装との適合に関するメリットとデメリットを――」


「いや、説明はいいです。適合試験、受けます」


「——え、マジでっ!? あっ、いや……おほん! い、いいのかい? デメリットもあるんだけど……」


「デメリットって、命に関わるものですか?」


「いや、命に関わるモノなら認可すら下りない。まぁ、危険性を知らずにこの魔物と適合しようとして死んだ人は結構いるんだけど……。そうじゃなくて、探索者としての行動の制限とか……まだ研究段階だから目立てなくなっちゃうよ……とか色々だ」


「なら、大丈夫です。名誉欲とか名声とか興味ないんで」


 どちらかと言うと、そっちの方が好都合だ。

 あー、やばい。めっちゃワクワクしてきた。


「そ、そうか! では、瞳」


「……これ、つけて。危険信号が出たら……すぐ中止にする」


「腕輪……ですか?」


「ん」


 受け取った腕輪を装着し、用意されたベッドに横になる。


「腕輪で君のバイタルを逐一チェックしている。危険域まで達したら即中止にするし、他にも異常が出たら些細なことでも教えてくれ」


「わかりました」


「……少し、痛いよ」


 円筒から伸びる細いチューブを僕のところまで引き延ばした瞳さんは、針のようになっているチューブの先端を、腕輪を装着したのとは逆の手首にゆっくり突き刺した。


「このチューブは魔物の魔石と繋がっている。少しづつ、君にあの魔物の異界粒子を注入するんだ。白淵くん、眼を閉じてくれ」


 我聞に言われた通りに目を閉じると、瞼の裏が星々を映したように明滅する。


「バイタルに問題はない……いいぞ、そのまま続けてくれ。適合が完了すれば、あの魔物は自分の拘束具を飲み込み、自ずと異装に姿を変える。君のポテンシャルを最も発揮できる形でね!」


 興奮を隠せない我聞の口調に呆れながら、だんだんと遠のいていく意識を何故だか俯瞰している。


「新世代異装との適合者たちは、全員が同じことを口にする。曰く――自分たちは、魔物と対話したのだと」


 ————意識は、すでに暗闇の底に落ちていた。


「君が適合しようとしている魔物の名は、討伐難度エイト。五年前、トーキョーダンジョンの探索史上最大の犠牲を払って獲得した女型のミノタウロス。金炎きんえん巨星きょせい——」






 黒。僕の視界を埋め尽くす色に目を向けながら、それでも暗闇ではない景色に首を傾げた。

 真っ黒だが、真っ暗ではない。

 景色は黒一色だけど、自分の身体はハッキリと目視できている。

 そして、目の前にいる、こちらに背を向けた人影も見えていた。


「なぁ……」


 声が震える。

 まさかな……そんなわけない。


 いるわけがない。



「————あーっ、ったく!! また来たの!? 今度はどんなやつか知らないけど、あたしはあんたたち異界の人類に手を貸す気なんてこれっっっっっっっぽっちもないんだってば! また死なないうちに帰りなさいっ!」



 勝気な声と口調。

 黄金の髪。真っ赤に輝く牛の角。

 角と同じ色の右目と、橙色の左目。

 絶世の美貌を持った女は、眉を吊り上げながら僕を睥睨した。


「命知らずもほどほどにしなさい! 今度はどんなやつが……————————は?」


 振り返った彼女は、僕の顔を見るなり、まるで時が止まったようにすべての動きを止めた。


 ああ、間違いない。

 でも、なんで……。


 こいつは魔物じゃない――だ。


 それも、とびっきり上位の上澄み中の上澄み。

 怪物種テラス。僕たちの世界ではこう呼ばれ、魔族の中で一際恐れられた中枢たち。


 元々、魔物としても討伐することが叶っていなかった超強力な個体が、いつしか人間の形を手に入れ、知性を付けていた者たち。

 今思えば怪物種テラスは、魔物の時点で最上級だった個体が智慧の実を食べた姿だったのだろう。



 金毛の雌牛。血斧の殺戮者。

 彼女を賞する名は枚挙に暇がない。最恐魔族の一角に名を連ねていた存在だ。


 五年ほど前に会ったきり姿を現さないと思っていたが……まさか異世界で会うことになるなんてな……。


「久しぶりだな――アルデヴァラン」


「ゆっ、ゆゆゆ、勇者殺しぃぃいいっ!?」


 美しい顔を驚愕に歪めたアルデヴァランは、わなわなと震え、大きな胸を弾ませながらその場にへたり込んだ。



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