第5話 白淵影汰
「んで、これなに?」
「いいから着なさい」
冷たい態度のシヴィラ嬢に手渡されたのは、着替え一式と皮の胸当て、そこそこの品質の鋼製の剣と
言われた通りにそれを身に纏うと、シヴィラ嬢はまじまじと僕を見た。
「ふむ……まぁ、いいでしょう。髪色も許容範囲内です。では、地上へ出ましょうか」
「……あー、なるほどね」
これは異世界に紛れ込むための服装なのだろう。
僕が異世界から来た人間だとバレるのは作戦的にはかなりまずい。僕を回収して連れて帰るにはカモフラージュは必須、ということか。
僕を襲った魔物の死骸の心臓部——魔石を剝ぎ取ったシヴィラ嬢。
魔石とは、魔物を構成する魔力が凝固したもので、身体構築を支えるコアだ。これを取り出された魔物は身体が崩れ、空気中に魔力となって溶ける。
だが、その魔物がよく使う部位、爪であったり角であったりといった魔力が詰まって存在が確立された場所は魔石を取り出した後も形を保ってその場に残り続けることがある。
僕が殺した魔物が残した枝のような鉤爪を見たシヴィラ嬢は、嫌そうに眉をしかめた。
「流石犯罪者、とても綺麗に殺していますね。魔石もですが、この爪も高品質の素材として高く売れそうです」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「こちらでの活動資金は当然稼ぐ必要がありますので、覚えておいてください」
実際にはぐちゃぐちゃに殺せるほどの全力を出せないだけだ。元の世界より魔力が薄く、身体が抑え付けられるように重い。
慣れるまでには時間が掛かりそうだな。
素材となる部位を回収し終えたシヴィラ嬢は「付いてきてください」と歩みを始める。
「これから地上に戻ります。ですがこのままではあなたの素性や名前などもあやふやなまま。ですので――」
そう言って振り返った彼女が差し出したのは、一枚のカード。
受け取ったそれを隅々まで観察する。手触りは硬質でかなりしっかりしていて、いくつもの文字列と、僕の顔写真が載っていた。
「なにこれ……ってかいつの間に写真なんて」
「それは、ダンジョンに潜る資格を持った『探索者』であることの証明証です。通称探索者カード。あなたの写真は帝国監獄に収監される際に魔法を用いて取られたものを流用しています」
探索者カード……ねぇ。
智慧の実を食べる前だったら、ただの解読不能な象形文字のようにしか見えなかったであろう文字列——日本語で書かれた文字を目で追う。
――――――――――――――――
氏名
年齢 17
探索者レベル
適合
適合魔法 無し
――――――――――――――――
「えーと、聞きたいこと結構あるんだけど」
「どうぞ」
「まず名前、これは?」
「この世界でのあなたの名前になります。『勇者殺し』と呼び続けるのは論外ですし、そもそもあなたには名前がありません。なので、こちらで拵えさせていただきました。その他の情報も都合が良いように改竄してあります。あなたは異常を検知されたダンジョンに取り残されていた新人探索者。それを私が助け出した……と言う設定です。演技は得意でしょう?」
白淵影汰。僕が得た記憶でも聞き馴染みのない名前だ。
でもまあ、名前か……悪くない。
年齢については、僕の本来の年齢は十九歳だが、十七歳の方が都合がいいと彼女が判断したのだろう。
次は……、
「この適合異装ってのは?」
「——
「僕たちの
「ええ、ですが出力で言えば
「確かに、
やはり知識と経験は違う。
智慧の実を食べた時に得た情報は雑然としていて、細かい詳細についてはわからないことが多い。
記憶にある情報と、実際に聞き及ぶものでは実感の度合いがかなり違う。写真で見た風景と、実際に行って自分の目で見た時では違うしな。そんな感じだ。
きっとこれから見ることになるこの世界のビル群やら人間やらに、どこか心が浮つくのを感じる。
「で、この適合魔法ってのは?」
「異装には適合と呼ばれる相性が存在します。それらが規定値を上回った場合、適合者は、異装の基になった魔物が扱っていた魔法を扱うことが出来るのです」
「地球人が魔法を……ね」
「一人につき一つ、ですが例外も存在します。これは追々説明いたします」
「了解」
そう返事をした瞬間——。
ドンドンドンッ。
真右から襲い来る音に目を向ける。
「ヴォオオオオォォォォオオオオッ!!」
僕の頭上には大きなこん棒が振りかぶられていた。
「お?」
豚の頭を持つ筋骨隆々の魔物、
筋肉の塊である肢体は見た目以上に硬く、力勝負は分が悪いと言われている。
まったく助けてくれる様子の無いシヴィラ嬢に嘆息し、鋼の剣を抜き放つ。鋼の剣に自分の身体にある微量の魔力を流し、臨戦態勢に入った。
「ヴォォォンゥッ!!」
僕を叩き潰そうと振り下ろされたこん棒が地を砕く。
間一髪で躱した僕を襲う風圧と瓦礫が、その威力を表している。
だけど、
「力頼りは隙が多いな」
振り下ろされたこん棒を持っている右腕を鋼の剣でなぞる。
ブチブチッ、と筋を切り裂く感触と共に一気に撫で斬った。
「ヴモォォオオ!?」
痛みで身体のバランスを崩し、膝を付いたオークは、まるで断頭台で処刑を待っているような態勢だ。
「——ふッ」
そうして、一息で首を刎ねる。
剥き出しになった魔石を引き千切ると、オークの身体は霧散した。
「ふー……どうよ、シヴィラ嬢」
「この世界の人間は生身で魔物を殺せません。それは、地球人は魔力を持たないからです」
「ありゃ」
「ですので、あなたが彼らの前でこのように魔物を討伐してしまうと異世界人である証拠になってしまいます。自重をしてください」
「……はい」
「有事の際には
「……りょ、了解」
さすが上官の妹、態度も冷静さも姉譲りである。
「では、地上へ上がりますよ――
「……なんか違和感すごいな」
「慣れてください」
口ごもる僕を無視して歩き出すシヴィラ嬢。
違和感を覚えながらも、あんまり悪くないな……なんて考えながら、僕たちはダンジョンを脱出した。
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