第3話 異世界で待つ協力者

「……っ!?」


 泥沼のように混濁する意識とガンガンと脳を叩く頭痛に苛まれ、暗闇から這い出る。

 バッ!と飛び起きれば、僕の顔面を温かく柔らかい感触が襲う。前方からの弾力に抗うことなく押し返されると、さらに後頭部にも同じような感覚があることを確認し、僕はその感触に身を任せた。


「おい、起きたなら離れろ」


「珍しいっすね上官。なんかのご褒美ですか?」


 膝枕をしてくれていたらしい上官の太ももに頭を乗せながら、でかい乳で遮られた視界を堪能する。


「ふん」


「いてっ」


 鼻を鳴らし僕を叩き落した上官は、ほこりを叩き落すように両手を叩いた。

 石畳にぶつけた後頭部をさすりながら上官に問う。


「僕、倒れてました?」


「ああ、一時間程な」


「おー……なんかぼーっとする」


「別世界の知識が流れ込んだのだ、無理もない。逆に一時間で済んだのはお前の人間性能によるところが大きい。お前の前に実を取り込んだ二人は二日三日目を覚まさなかったからな」


 上官の褒め言葉を聞き流しながら、脳内でぐるぐると回り続ける聞き覚えの無い言葉や情報、風景が馴染んでいくのを感じる。


「地球……日本……地球という惑星にある、日本という国に、このダンジョンは繋がっているらしいです……」


「ああ、その情報はお前の前の二人も言っていたらしい。このダンジョンの異世界での通称は――」


「日本第一異界穿孔点いかいせんこうてん、『トーキョーダンジョン』……ですね」


「無事に馴染んだか。やはり驚異的な速度……流石は私の部下だ」


「うあー……頭痛ぇ」


「時間経過でその頭痛も治まる。……さて、指令室に戻り、作戦の概要について説明しよう」



 行きと同じように魔法陣に乗って上層に戻り、そのまま指令室へ。

 そこで聞かされた作戦概要は、なかなかハードなものだった。


 今より一月後、僕はあの黄金の扉の奥に広がる世界の調査及び侵攻のための足掛かりを作ることになる。


 異世界の情報が詰まった智慧の実を食した人間は僕を含めて三人。

 一人は先代皇帝。この作戦の考案者は何十年も前に亡くなった皇帝であるらしい。先代皇帝は二桁を数える宮廷魔導士に命じ、自分の記憶を抽出して、今代皇帝——僕に魔族長殺害を依頼した皇帝に異世界の情報を託した……と。

 そして、二人目についてだ。


 上官曰く、


「智慧の実を食す二人目に選ばれたのは、私の妹だ」


 との事だった。

 僕はその事実を聞いた瞬間、十秒ほど思考がフリーズした。

 彼女の妹……二卵性の双子である帝国第三連隊隊長。ちょっと僕とはそりが合わない、正義が服を着て歩いているような少女である。

 史上最年少の隊長であることが彼女の優秀を如実に表しているだろう。

 戦闘力よりも思考力や冷静さにおいて評価される指揮官タイプで、自分の理解できないものはとことん毛嫌いする潔癖であり、姉である上官を世界の全てのように崇拝するシスターコンプレックスの権化。

 そんな子が大犯罪者のみで構成されたウチの隊を好いているわけもなく、友好的とはとても言えない。

 ただ最近はほとんど顔を見せず、入り浸っていた司令室ですら見かけることはなくっていた。


 と、言うのも。


「妹——シヴィラは一年前、異界の扉から異世界に渡り、向こうでの拠点づくりに尽力してもらっていたのだ」


「……なるほど、だからシヴィラ嬢がこの作戦に任命されたのか」


「そういうことだ。向こうの世界には空気中に魔力が存在していないようで、武力行使は至難の業だと判断されてな」


 聡明かつ柔軟。帝国第三連隊隊長シヴィラ嬢の本質はこれだ。

 僕たちを毛嫌いしているが、作戦とあれば感情や私情を捨てて行動できる人物でもある。

 何より、武闘派(脳筋バカ)が大半を占める帝国軍において、頭脳や作戦遂行能力で成り上がった才媛であることが、異世界での拠点づくりという作戦概要と合致したのだろう。


「勇者殺し、お前は異世界に渡った後、シヴィラと行動を共にしろ。生活基盤や諸々の手続きの準備はすでに終えているらしい」


「うへー、外堀埋まり過ぎ……。シヴィラ嬢もよくこの作戦に同意しましたね……僕、彼女にかなり嫌われてると思うんですけど」


「お前が帝国の最高戦力であるということは自他ともに認めているところだろう? 当然、シヴィラも重々承知している。苦虫を噛み潰した顔で頷いていたよ」


 うん、顔が浮かぶよ。


「異世界で生活基盤を作るとか……よくできましたね」


「シヴィラに一任したところ、あいつは異世界の住人に、ダンジョンの向こうの世界から来たことを明かしたらしい」


「はっ!? マジッ!?」


「こちらの世界から資源やらを持ち込み、力を見せつけ、迷い込んだ異世界人として地位を確立したのだそうだ。向こうの世界では異世界人の少女としてかなり有名なのだとか。貴重な異世界からの稀人としてかなりの特別待遇を受けているそうだ」


「シヴィラ嬢の存在が、僕の隠れ蓑ってわけですか」


「あいつの地位がなければ、人一人を別の世界から違和感なく紛れ込ませることはできなかっただろうな」


「……優秀な妹さんだことで」


 まあ確かに、たった一人で異世界に放り込まれるよりは断然いいな。

 問題は、あのシヴィラ嬢と上手くやれるかだが……まぁ、作戦行動中の彼女の冷静さは僕の知るところでもある。何とかなるか。

 だが聞きたいことはまだ沢山ある。


「じょーかーん、質問ー」


「はい、勇者殺しくん」


「向こうに魔力が無いって言ってましたけど、それ不味くないですか?」


「ふむ、当然の疑問だな」


 そう、魔力とは人類にとってなくてはならないものだ。

 魔族や魔物は肉、骨、血液などが魔力で構成されており、それらを破壊するためには同じく魔力が必要になる。


「向こうの世界に魔力が無い、これは間違いではない。だが、ダンジョン内は例外だ。『トーキョーダンジョン』と呼称される場所にはこちらと変わらず魔力に満ちているとの報告があった。さらに、彼らは討伐した魔物の部位や素材を持ち帰り、特殊な武具を科学技術によって作り出すことに成功しているらしい。異世界人たちは百年の月日によって日進月歩の発展を見せているのだとか」


「魔物を使った特殊な武具……それって」


「ああ――第七特務隊の隊員に与えられている『拘束武具セーフティ』と同質のものだろう」


 拘束武具セーフティ

 それは、僕たちの世界ではかなり貴重な武具。強力かつリスクの高い諸刃の剣。

 大罪人である僕たちに付けられた拘束具であり、また、任務を遂行するための武器でもある。

 実用可能段階にある物は極少数で、死亡リスクの高さ故、使っているのはウチの隊だけだ。


 上官の許可がある時のみ武具としての使用を認められ、それ以外の時は行動を制限する足枷になる。

 勝手な使用をした瞬間、僕たちの首が一瞬で吹っ飛ぶことになる処刑器具としての側面もあるのだから厄介だ。


 だが、なるほど。

 ウチの隊にお役が回ってきた意味がようやく分かった。

 死んでも罪悪感のない大罪人であり、拘束武具セーフティを扱える者たちだからだろう。

 

「つまり、彼らの作り出した武具が使用できるということは、拘束武具セーフティも実用できるということだと仮定した。調査は必須だが……まあ、使用出来なかったとしてもお前なら素の身体能力だけでも調査可能だろう」


「それって信用ですか?」


「信頼であり、私がこの五年で培ったお前への評価だ」


「デレが凄いですね、今日」


「厳しくしてやろうか?」


「遠慮しときます」


 肩を震わせて笑う上官に肩を落とすと、彼女は説明を続ける。


「お前の拘束武具セーフティの許可権限はシヴィラに移譲してあるため、あいつの指示に従い使用してくれ。一カ月に一度、拘束武具セーフティの魔力充填を行う必要があるため、それを念頭に入れておけ」


「一カ月に一度……と言うのは?」


「異界の扉の稼働間隔がそうなのだ。一度物質が通った後は、一カ月待たなければ再度通ることが出来なくなる。そのため、軍備の補強などのタイミングは限られる。そこで、お前にはやってもらうことがある」


 冷たく口元を歪める上官。いつもの無理難題を押し付ける顔だ。


「勇者殺し。作戦開始から一カ月後までに、向こうのダンジョンから智慧の実を回収せよ。シヴィラからの報告では、智慧の実らしきものが発見されたという情報はない。そもそも存在しない可能性もあるが、もしも回収に成功すれば――」


「新しい人員を送り込めるってことですか」


「その通り。智慧の実を食せば、異世界の言語を操れる者が増え、向こうの世界の情報をさらに得ることができるようになる。そうでなくても、向こうの人類がもし智慧の実を食べてしまえば、こちらの情報を奪われることにもなりかねんからな」


「さいで……もし成功したとして、次に智慧の実を食べるのは誰になるんですか? 上官とか?」


「総指揮の私が帝国を離れるのは難しいからな……第七特務隊の隊員の誰かであると好ましい。人選はお前に一任する」


 いや……マジ?

 非常識と本能が人の皮被って歩いているような奴らを異世界に送り込むとか……今更だけど正気じゃねー……。

 まあ、最悪武力行使でも問題ないってことなのか……。いやでも、技術を盗むには現生人類を殺してしまうのは旨くない。


「【聖女せいじょ】……いやダメだ。またいるはずのない神の存在をでっちあげて国でも作られたらたまらないし……。【餓鬼ガキ】もないか。向こうの人の味を覚えられてもな。【竜飼りゅうがい】は常識的だけど、向こうの世界竜いないだろ? あいつの性癖に応えられないと簡単に暴れ出すし……」


 おい誰も連れてけねーぞ?

 まあ一カ月後だし、今悩まなくてもいいか……?

 うんうんと頭を悩ませる僕を見下ろす上官は、ほんの少し嫌そうに眉を顰めながらその名前を吐き出した。


「……【脱兎だっと】」


「はぁ!? 一番ナシだろ!?」


「お前がこの世界を離れるのが問題だ。お前がいない世界で、あの発情兎バカうさぎが大人しくジッとしていると思うのか?」


「……あー」


「だったら、お前と行動を共にさせた方が、こちらの世界にとっても、あちらにとっても一番平和的だ」


 上官の言葉で脳裏に浮かんだ光景は、戦火に包まれた帝国と血塗れの小柄であるにもかかわらず豊満な肢体を持つ兎獣人。

 いつも通り、ほとんど動かない表情と抑揚の無い声音。

 だが、その真紅の瞳が僕を捉えて離さない。


『……たいちょ……ボク……たいちょがいないと、帝国壊すよ?』


 いや一択だなコレ。


「……とりあえず、作戦は承知しました」


「よろしい。では、これより一カ月後、作戦を開始する。細かい内容については、現地のシヴィラに従ってくれ」


「了解……」







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