mi・fu・ne

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 アヤサキと睨み合う

 エリート気質のインテリ青年


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 出口の印を探して机から机と渡り歩きながら、テディベアの置かれていた机の持ち主のことを、ぼんやり考えていた。

 私が見たあの机は、アヤサキの物なのだろうか。

 アヤサキは、綾崎玲なのだろうか。

 フッと顔を上げてアヤサキを見つめた。


 アヤサキさん……、あなたはいったい、誰なの?


 アヤサキと綾崎玲が同一人物だとすれば、彼らはこの会社の社員で、あの赤いハイヒールの女性は彼らの社長だという可能性がぐんと高くなる。そしてそれが事実なら、このビルヂングは彼らの会社だということになる。


 でも、それって変じゃない? あの人たちは、『自分たちの会社ここ』に連れてこられて『自分たちの会社ここ』から脱出するってことでしょう? なんのために? どうして?


 私は、部屋の中をぐるりと見回した。黒板や本棚の埃から、ここが何年も使われていなかったのは明らかだ。


 何年も、じゃないな。何十年も、って感じだな。


 ふうん……と息を漏らし、謎だらけの会社の探索を続けた。


「ダメだ!」


 アヤサキが、ガバッと顔を上げてハアッと強く息を吐いた。


「ここに印はなさそう。隣に行こう。」


 そう言って、隣の部屋のドアを開けた。私は慌てて印探しの手を止めた。アヤサキが隣の部屋に滑り込むのを確認したあとで、綾崎玲の机に戻った。そして、テディベアを掴むとポケットに押し込み、アヤサキを追って隣の部屋に入った。


「ここは企画部のミーティングルームだったみたいだね。あちこちに、設計図とか企画書が散らばってる。アタシ、ここに来るたびに目を通してるんだけどね、正直なところ、読めないんだ。」


 アヤサキは、床一面に散らばっている書類を拾い集めながらそう言った。その目は、どことなく懐かしそうに見えた。


「さあ、探そうか。悪いけど、アンタ、こっちから頼むよ。アタシ、あっちから探すから。」


 うん、と頷き、作業を開始する。

 印を探しながら、落ちている書類を拾い集めて目の前の机に上げていく。私は、首をかしげた。


 問題なく読めるじゃない……。


 商店街のようなイラストに赤いインクでたくさん書き込まれている。何かの計画書のようだ。なんだか、どこかで見たことがあるよう崇な気がする。

 思い出せずにモヤモヤしながら印を探していると、この席に座っていたらしい社員のファイルが目に飛び込んできた。バクバクと派手に脈打つ心臓をなだめて、そこに記されている名前を見た。


 ≪ 三船みふね たかし ≫


 ファイルの右下に赤い文字で小さく書かれていた。

 そういえば、綾崎玲の名前も、赤い文字で書かれていたような……。


「アヤサキ君。君はここを、子どもの遊び場か何かだとでも思っているのか。」


 冷たい声がミーティングルームに響いた。戸口に目をやると、そこには、会議室で見かけた『エリート気質のインテリ青年』が立っていた。


「相変わらず、君は無駄な動きが多い。出口の印は見つけたのか。グズグズしていると出られないぞ。」


 抑揚のない声でそう言うと、顔をにやりと歪ませ、フッと鼻で笑った。


「失礼。先週、出られなかったんだったな。」


 部屋の向こうにいたアヤサキは床に散らばる書類を器用によけながらインテリ青年に近づくと、腕を組み、自分より少し背の低い彼を冷たい眼差しで見下ろした。


「ミフネさんこそ印は見つけたの? アタシにあれこれ言う前に、ご自慢の頭脳でさっさと印を見つけたらいいんじゃない?」


 思わぬ反撃を喰らったからだろうか、青年の目に狼狽の色が見えた。そして、フンッと鼻を鳴らすと、今度は私をロックオンした。


「女、いったい誰だ。見かけない顔だが、どこの部署だ。」


「わ……私は……、」


 言い淀んでいると、アヤサキが私を庇うようにミフネの前に立ちふさがった。 


「そんなの、アンタには関係ないでしょ? ここにいるんだから、アタシらと同じ会社の社員でゲームの参加者。それ以外の答えはある?」


 まるで、地元のヤンキーたちがメンチを切っているかのように、二人は超至近距離で睨み合っている。仲が悪いのは一目で分かるけれど、もしかして、本当は仲がいいのではと思ってしまう光景だ。


「このゲームに感情は邪魔なだけだ。……ロクなことにならない。せいぜい、あの時みたいに裏切られないよう気をつけるんだな。」


「ふんっ。少なくとも、ミフネさんよりは信用できる人間だよ、あの子は。」


 ミフネは、アヤサキから体を離して私に目を向けると、左の口元を少し上げた。


「君。アヤサキ君にはじゅうぶん注意するんだな。」


 吐き捨てるようにそう言うと、回れ右をして部屋を出ていった。


「これで分かったでしょ? アタシらは、牽制けんせいし合いながら出口の印を探しているんだ。仲間なんていない。……いないんだよ。」


 アヤサキは、ミフネが去っていったほうをじっと見つめてため息をついている。その後ろ姿は、悲しみと虚しさに満ちていた。


 彼女は深く深く傷ついている。私は、小さな罪悪感に胸がチリチリ痛んだ。

 すべてを話してしまおうか。そうすれば、堂々と調査ができる。


 ……ううん、ダメだよ。


 私は、首をブンブン振った。

 すべてを話すということは、『綾崎玲』や『三船崇』のことも話すということだ。

 そのまま話したところで信じてはもらえないし、どういうわけか、誰もこの名前の存在に気付いていない。その謎が解決しなければ、余計に疑われるか、無意味に傷つけるかのどちらかだ。


 時間の止まった街。

 あちこちに立っている人影。

 神隠しに遭ったような会社。

 毎週行われるという、不気味なゲーム。

 互いが互いに牽制しあい、疑いと裏切りが交錯する社員たち。


 何ひとつ解決していないのに、次々と降り積もる謎。

 不安が深く深く拡がっていく。

 狂ってしまいそうな感覚と同時に、甘美で淫靡な悦びもじわじわと拡がっていった。

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