第3話 全力の逃走
敵はいつの間にか私ではなく、シリル一人を取り囲んでいた。
「シリルっ!」
駆け寄ろうとする私を、セバスチャンが大きな体で阻む。
「セバスチャン、邪魔しないでっ! シリルを助けなきゃ――っ!」
「姫様お一人が加わられたところで、どうにもなりはしませんぞ! 逃げるのです! シリルがわざと敵を挑発し、姫様にお逃げいただく隙を作ったのが、おわかりになりませんか!?」
「――っ!……わかってる! わかってるけどっ! シリルを置いて逃げるなんて――!」
「まずは姫様が、ご無事でお逃げくださらねば! そうでなくては、シリルはいつまでも、ここで足止めしていなくてはならなくなるのですぞ!?」
セバスチャンの一喝にハッとする。
……そうだ。
私がぐずぐずしてる間に、シリルが追い詰められたりしたら……!
「わかった。ごめんねセバスチャン。出来るだけ早く、安全な場所に逃げよう!」
「はい! さあ姫様、こちらへ――!」
セバスチャンに促され、私はその場を離れる決意をした。
こうなったら本気出して、全速力で逃げてやる!
私が本気になったらどれだけ速いか――敵に思い知らせてやるんだから!
斬り結ぶ音を後ろに聞き、シリルに加勢したい気持ちを必死に抑え付けながら、私は城に向かって駆け出した。
「あっ!――おいっ、姫が逃げたぞ! 誰か早く追い掛けろっ!」
敵が焦って騒いでるのが聞こえたけど、構わず走った。
そう簡単に捕まってたまるもんですか! 私の脚力は、男の人にだって引けを取らないんだからっ!
……って言っても、本気出したらマズイことになるだろうから、一度もちゃんと競争してみたことはないんだけど……。
五分くらい走ったところで、後ろを振り返る。
かなり後方から、セバスチャンがぺったんぺったん駆けて(?)来るのが見えたけど……シリルはまだ、追い付いて来ていないみたいだった。
シリル……お願いだから無事でいて!
あなたにもしものことがあったら、私……。
「ひ……ひ、姫……様……。な、何をして……おいでです、か……。立ち止まっては、なりませ――」
たった五分走っただけでも、セバスチャンは息も絶え絶えって感じだった。
「もう! セバスチャンこそ、もうそんな状態になってるんじゃ、一緒になんて逃げ切れないじゃない! 前に
呆れる私に、セバスチャンは、やっとのことで追い付いて来て、
「も……申し訳、ございま……せ……ん」
今にも死にそうな声でつぶやく。
「謝られてもどーしよーもないけど……。それより、敵はどう? 追い掛けて来てる?」
「……い、いえ……。それはまだ、なんとも……。こ、声などは……聞こえて参りません、が……」
「そっか……。シリル、大丈夫かな? 上手くまいて、逃げてくれてたらいいんだけど……」
敵じゃなく、シリルの姿が見えて来ないだろうかと、祈るような気持ちで、逃げて来た方向を見つめる。
「ご心配には及びません。先ほどのシリルの腕前を、姫様もご覧になりましたでしょう?」
「……うん……。すごかったね、シリル。天才剣士とは聞いてたけど、まさかあそこまでとは思わなかった……」
返り血を浴びてたたずむ、シリルの姿――。それがまた脳裏に蘇り、私は軽く身震いした。
いつもの、まるで天使みたいに可愛いくて、幼いシリルの顔。
さっき初めて見た、妖しくて冷たく――そして美しい、シリルの顔。
……どっちも、シリルなんだ。
信じられないけど……どっちもホントの、シリルなんだよね……。
「姫様? いかがなさいました?」
セバスチャンの声で我に返る。
「あ……。ううん、なんでもない。早くシリルが追い付いて来ないかなって、そう思ってただけ」
そう言って、逃げて来た方角に視線を向けると、小さな人影が……。
「シリル!」
シリルだった。
少しだけ、足がもたついているようにも思えたけど、それでも、ちゃんと走って、シリルがこっちに向かって来ていた。
「シリル、よかった――! 無事に逃げられたんだね!」
ホッとして駆け寄り、シリルの両肩に手を置いた。
「は、はい。あれからすぐに、何十もの小鳥達が、敵に襲い掛かってくれて……。そのお陰で、隙を見て逃げ出すことが出来ました。ありがとうございました、セバス様」
「なに、おまえの働きに比べれば、大したことではない。気にせずともよい」
そうは言いつつ、自分が役に立ったことが嬉しかったらしく、セバスチャンは機嫌よくうなずいていた。
「でも、のんびりしてもいられないよ。急いで城に戻らなきゃ。追い付かれたら大変だし……これ以上、シリルを危険な目には遭わせられない」
「さようでございますな。急ぎましょう」
三人同時にうなずいて、また走り出そうとした、次の瞬間。
「危ないッ!!」
木の上から何かが落ちて来たと感じたのと、私の目の前にシリルが飛び出して来たのが、ほぼ同時だった。
「……え……?」
一拍の間の後、私が目にしたのは……。
真っ赤な血を噴き出しながら、スローモーションのようにゆっくりとその場にくずおれる、シリルの姿だった。
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