第2話 潜みし敵は三人?
「……三人、だと思います」
ふいに、シリルがつぶやいた。
「え? 三人って?」
「前方の木の陰に一人、右手の茂みの後ろに一人、あとは……左手の木の上に一人。こちらの様子を、さっきからずっと窺っているようです」
「えっ、そんなのわかるの!?――っと、ごめん……」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて小声で謝った。
「いいえ。……ただ、困りました。こうも囲まれていては、どの方向に走っても、すぐに行く手を
「そっか……。でも、いったいどんなヤツらなの? 野盗とか、そんな感じ?」
「それは……。申し訳ございません。そこまでは――」
「あ、ううんっ。三人いるってわかっただけでもすごいよ。私なんて、さっき、ずっと耳澄ませてたのに、全然わかんなかったもん。騎士ってやっぱりすごいんだね」
感心してシリルを見つめると、彼は恥ずかしそうにうつむいて、僅かに首を横に振った。
「いえ、そんな……。僕――あ、私はまだ、見習い中の身ですし……」
「まだ見習いなのに、これだけ鋭い感性持ってるなら充分すごいってば。将来が楽しみだね。きっとすっごい騎士になるよ、シリルは」
なんだか、そう考えたら、自分のことみたいに嬉しくなってしまって。
一瞬、緊迫した状況下なのも忘れて、私は二ヘラっと笑みをこぼしてしまった。
「姫様……。か、買いかぶられては、困ります……」
消え入りそうな声で恐縮するシリルの頭を、また撫で撫でしたい衝動に駆られたけど。
我に返って、ぐぐっと我慢する。
……いけないいけない。
どーも私ってば、緊張感に欠けるわ……。
反省して黙り込み、また周囲の気配を探ろうと耳を澄ませてみたけど、結果は同じだった。
おっかしいなぁ。じっとしてるんだろうから、何の音も確認出来ないのは無理ないにしても。
真っ暗ってワケじゃないんだから、隠れてたって、体の一部くらいチラッと見えたって、おかしくないと思うんだけど。な~んにも見えないや。
「ねえ、セバスチャンもわかるの? 三人隠れてるのって、感じ取れてる?」
ひそひそ声で訊ねると、意外にも、セバスチャンはこっくりとうなずいた。
「はい。うっすらと、ではございますが……。只今、配下の者に様子を探らせておりますゆえ、少々お待ちくださいませ」
……へ? 『配下の者』……?
そんな人、いったいどこに? いつの間にそんな人が?
ぼけっと考えてると、一羽の小鳥がパタパタと近付いて来て、セバスチャンの肩に留まった。ピユピユと何やらさえずると、再びどこかへと飛び去る。
「……ふむ。やはり、三人の男が潜んでおるそうです。野盗のような格好はしておらず、騎士のような姿である、ということなのですが……」
「え? なんでそんな詳しいことがわかったの?……え? まさか……」
今の小鳥っ?
鳥が教えてくれたってこと!?
「はい。今の者が様子を探り、伝えてくれたのでございます。私には、側にいる同族を味方にし、使役する能力がございますので――」
「へぇ~……。それも、『神の恩恵を受けし者』の力ってヤツ?」
「はい。そう呼ばれる者達は、皆一様に――同族を、即座に味方にする能力をそなえております」
「……なるほど。そーゆーことなんだ……」
うぬぅ……。『神の恩恵を受けし者』、恐るべし!
――なんて、感心してる場合じゃないって!
三人潜んでるって、これでハッキリしちゃったんだから。
しかも、周りをがっしり囲まれてて、袋のねずみ状態だし……。
「どーしよー……。私も剣さえあれば、ある程度は応戦出来ると思うんだけど。今、剣なんて持ち歩いてないし」
「姫様! 姫様にそのような危険な真似などっ!……許しませんっ! 許されませんぞっ!」
「だってセバスチャン! 緊急事態なんだから、しょーがないじゃない!……相手は、騎士っぽい人達なんでしょ? しかも、大人の男の人達なんでしょ? その三人を、シリル一人に相手させるなんて……。いくらシリルが天才だからって、無茶すぎるよ!」
「シリル一人ではございません。今、あの者に仲間を呼びに行かせております」
「――仲間?……って言ったって、あの小鳥さんのお仲間でしょ? 数で勝負するにしても、あんな小さい子達じゃ……」
「姫様! セバス様!――来ます!」
シリルの鋭い声が飛ぶ。
「え? 来るって……」
顔を上げた私の目に、ゆるゆると三方向から近付いて来る、剣を手にした男達が映った。
私達が身構えた時には、その騎士らしき人達に素早く周りを囲まれていて、逃げ道なんかどこにもなかった。
シリルは静かに剣を抜き、体勢を低くして……どうやら、相手の出方を
私はキッと敵を睨みつけ、
「な――っ、なんなんですか、あなた達はっ!? 私達に、何かご用ですかっ!?」
思わず、そう訊ねていた。
剣を抜いて向かって来てる人達に、わざわざ
でも、相手の目的がわからない以上、一応は……姫としては、敬語使っといた方がいいかな~……って、とっさに判断しちゃったらしいんだもん、この頭。
「用?……そうだな。用と言えば用だな」
ニヤリと笑って、騎士っぽい人の一人が言った。
「用って……。いったい、どんな用ですか? 剣を持ってなきゃこなせない用事って、なんなんです!?」
じりじりと距離を詰めて来る相手側に、内心焦りを抱きつつ、私は必死に
「剣でこなす用事なんて、一つしかないだろう? ザックス王国第一王女、リナリア。……あんたを殺すことだよ」
「な……っ!」
……殺す?
殺すって……どうして私を?
「それ以上近付くな! それ以上姫様に近付いたら……斬る!」
シリルの言葉にも、敵はいっこうにひるむ様子がない。シリルを子供だと思って、甘く見ているのは明らかだった。
彼は悔しそうに唇を噛むと、向かって来る相手から私をかばうように、立ち位置を数歩移動させた。
「ザックス王国の騎士連中も、焼きが回ったなぁ? こーんな綺麗な顔したか弱い子供一人が、姫様の護衛なんてよ。よっぽど人手が足りてねえんだろう?――なあ、お姫様よぉ?」
とても騎士とは思えない。
まるで、街のゴロツキみたいな口調で、敵が私達をあざ笑う。
「あなた達、誰なの? 格好は一応、騎士みたいに見えるけど……その下品な話し方じゃあ、本物の騎士じゃないわよね? それで本物って言い張るんだったら、どこの国の人達か知らないけど、そちらの国の方が、よっぽど焼きが回ってるんじゃないの?」
あくまでも冷静を装って言い放つと、敵は一瞬ひるんだように見えた。だけどすぐ、口元に
「これはこれは。ザックス王国のお姫様は、内気でおしとやかな性格らしいと聞いてたんだが……。やっぱり、噂なんて当てにならねえってことなんだな。なかなかに気の強ぇこと言ってくれんじゃねえか」
そう言って、私の肩へと手を伸ばす。
「姫様に触れるなッ!!」
そんな声が聞こえたのと、目の前の敵が左手を押さえて後ずさるのとが、ほぼ同時に感じられた。
「……シリル?」
気が付くと、シリルの両手には、しっかりと剣が握られていて――。
敵に目を向けると、腕の辺りからは血がにじんでいた。
「……シリル……」
嘘みたい……。
今、全然――シリルがどう動いたのかわからなかった。これっぽっちも見えなかった。
気が付いた時には、もう、こんな状態で……。
「クソ…ッ! このガキッ!!」
左手をかばいながら、敵が大きく剣を振り上げ、シリルに向かって斬り下ろす。
でも、あっと思った時には、シリルは素早く身をかわし、敵の後方に移動して、背中から
「ぅぎゃああッ!!」
悲鳴を上げ、敵が膝から崩れ落ちる。
「シリルっ!!」
思わず声を上げると、シリルは見たこともないような冷たい表情で、敵をじっと見下ろしていた。
「シリル……」
これが……剣士としてのシリルなの……?
こんな……こんなことって……。
私はショックを受けていた。天才剣士としてのシリルに――じゃなく、敵を冷たく見下ろす、シリルの顔に……。
あんな顔……。
あんな冷酷さを感じさせるような顔、シリルがするなんて……。
敵の返り血を浴びてたたずむシリルは、この世のものとは思えないほどに妖しく、美しかった。
顔立ちが整いすぎているがゆえに、いっそうその姿は凄みを増し、寒気を覚えるほどの恐怖すら感じさせた。
……もちろん、そう感じたのは、ほんの一瞬で……。
シリルはすぐ、表情を妖しいものから厳しいものへと切り替え、
「子供だと思って甘く見ると、痛い目を見るぞ! おまえらのような小物の相手など、私一人で充分だ! さあっ、掛かって来い!!」
シリルとは思えないような勇ましい言葉で、敵を挑発するのだった。
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