第9話 背中を押して。

「章くん。貴方の恋人はだーれ?」

「…」

繰り返される拷問に章は少しづつ壊れていた。

骨が、肉がはね飛ぶ光景、自分の目が落ちる光景。

自分の体がどんどん崩れていくのを、残された片目で

確認する。目をそむけたくても、遅い来る痛みがそれを許さず、

血と涙で埋め尽くされる顔も、加賀美の興奮材料の1つでしか無かった。

「…答えられるようになるまではご飯もあげないよ?

私は残りの作業があるから大人しくしててね。」

自分を苦しめる本人が部屋から出ていく。喜べたはずだ。

体が壊れていなかったなら。

部屋の扉が閉じられ、部屋の中はピコピコなるコンピューター音だけが

響き渡っていた。拷問から一時的に開放された章は、

手を宙に吊るされたまま、意識を失ってしまった。




また、同じ空間で目が覚めた。

白い謎の空間。自分が、仲間が傷つくのを見る前に見た最初の光景。

ココでの自分の体は欠ける部分一つなく、視界も冴えわたっている。

辺りには何もなく、ただ向こうに大きく、限りなく広がっている

ことだけは分かった。

「…ここで死んだほうがマシなのかもしれないな…。」

前のように有るき進めることは無く、その場で立ち止まり、背を倒して

寝転がった。目を何処に向けても白くなる世界は自身の終わりを

告げるためにできたのかもしれない。そう思っていた。

「諦めてどうすんだ。」

近くで聞こえてきた声は、もういないはずの人間の声。

章は思わず身を起こした。そこには自分とぶつかり合い、散っていった

水履乾だった。

「…夢なだけあってリアルだな。魔能反応も同じものを…」

「夢じゃない。キューブに残された俺の魔能でできた正真正銘

この世で残った最後の水履乾の一部さ。」

章の言葉の上から被せるように語った乾は、確かに本物

だった。キューブに残された魔能の欠片が弱まった章のもとへ舞い落ちたのだ。

「今のお前は弱い。俺を倒したときのように吹き飛ばせばいいだろ。」

「…アレをやったら仲間に被害が及ぶ。仲間を犠牲にしてでも助かるのは

違うと思ったんでね。」

「なぜ拷問の途中で反撃しなかった。相手はまだ本気じゃなかった。」

「人質になってた三島さん達を傷つけられるのが怖かった。」

「……。」

章は投げかけられる質問を枯れた声で返していく。

もう章にとってのなぜ、なに、といった疑問は最早意味をなさない。

思考を持つ生物としての機能を忘れていったのだ。

やがてうつむいていく章の顔を見た乾は、何を思ったのか、

章のもとへ近寄った。

「お前は何のためにINGAUGEに入り続けていたんだ?」

「萌歌を守るために入ったんだ。でも…俺のせいで…もう」

「生きてるし、田中が回収したぞ?」

不思議そうな顔をした乾が章を見る。思わず章は口からまともな

言葉が出た。

「へ?生きてる?」

「くくっ…やっぱり単純なのは良いことだな。

ああ、生きてる。田中が派手に市行きの飛行船ぶっ壊して全員無事だな。

キューブの情報は嘘をつかないんでね。」

白くなっていた世界にヒビが入った。その亀裂はどんどん

大きくなる。その中を章と乾が見つめ合う。

「お前は向こう現実じゃ壊れちまってる。

精神はこうして新しい世界に作り変わろうとしている。だから!」

パリンという音とともに周りの景色が変わる。広がる水の空間、

上から差し込む光。希望という名の忘れていたはずの、明るい空間。

「俺を使いこなせ!佐東章!エギラーゼに行って答えを、未来を

探しすために、乗り越えろ!」

章の背中を乾がドンと押し、青い海の中へとどんどん沈んでいった。

乾の残った魔能と共に。


アビスホール作業室



「九番の審判…田中との戦闘により、組織人員70人中64人戦闘不能…。」

「バケモン揃いだな。どうすんだ?ボス。」

大型の画面に映った社用コンテナ飛行機の中での被害、そして田中への

具体的な対抗策を残された6人の組員と加賀美は考えていた。

「…今すぐ人員募集の要項をあげなさい。早くしなければ潰されてしまいます。」

田中によった予測外の襲撃にアビスホールは対抗することができなかった。

そのために、章を捕らえた今身を隠して報復のチャンスを願うしか無いのだ。

「これで毎日章くんにお仕置きが出来る…」

自身の欲望と力に顔を狂気的に歪める加賀美彩だったが、

次の瞬間。部屋の電気が消えた。

「停電か?」

「!…おい待て!この基地全部の電気が切れてる!」

「あの章っていう男が何かしたのか!」

あたふたする組員達をよそに、加賀美は部屋のドアを勢いよく

開け、部屋を出ていった。

「…躾が足りてなかったみたい。」

黒い魔能が通路を蝕み、電気が切れた暗がりの中、電球が次々に割れていった。


「…今の俺は何がどうなってるんだ?」

章は今、基地の入口にいた。さっきまで基地の奥底の拷問部屋にいたのに、だ。

章の体には今までに無かった謎の青色に光るイヤリング、そして透き通った

青の瞳へと進化を遂げていた。

「そっか…簡単じゃん。強くなるんじゃなくて弱くさせればいいだけ…か。」

深呼吸した章はこの日を境により強力な魔能使いへと進化を遂げていくのだ。

キューブに残された乾の魔能の思惑には何があったのか。

章はボロボロになった体を揺らしながら、再び基地へと潜り込んでいった。




続く。

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元厨二病、現裏社会の最強さん。 ぷろっ⑨ @sarazawa

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