第8話 九番の審判の実力

これは萌歌、二部局局員達が売り場に出されることを

聞いていた田中が貨物航空機を襲撃した一部始終である。



いつも仕事が舞い込む第二部局は、今日は完全に仕事が

無くなり、ロビーに職員が集まっていた。多くの職員はコーヒーを飲んで

雑談をしていたり、二ヶ月後に備えて、着替えの服をネットで探している

職員が大半だった。田中はその頃、ロビーの隅で白園からのメールが来ないか

とスマホを開いていた。

「…白園は大抵送ってくるんだけどなぁ業務報告書。」

時計は2時を指しており、いつもは12時には発信されるのに珍しいなと

思いながらも今日はゆっくりしようと、部下の三島や寺上への御礼の品でも

買おうかと今月のスイーツ特集を開こうとしていたときだった。

バンとロビーのドアを突き破って白園が出てきた。

「田中さん…!章くん達が危ない!」

「…移動しながら話を聞く。己紙みがみ木野咲きのさき。ついて来い。

他の職員は待機。看護班の本戸もとど成篠なしのは二部局大型社用車

を使って7分後に出発だ。」

田中は開いていた特集ページを保存し、愛用のパソコンを持って

白園と要請された職員たちとともにロビーを出ていった。


「校内で自分を付けまわってた奴を捕らえて尋問してたら…

ソイツの持ってたスマホにこんな映像が送信されてきて…。」

部下が運転する社用車の後ろで白園から添付された映像ファイルを

開く。出てきた画面には、手足を拘束された三島達の姿があった。

「これは…1時間前…。」

少し震える指を動かしながら田中が再生ボタンをクリックした。

『INGAUGEの二部局局員共。九番の審判、田中についての情報を吐け。

一語も離さなかった場合はお前らとガキ諸共殺してやる。』

画面の手前から出てきた男はナイフを突きつけながら三島の髪の毛を掴み、

引っ張る。少し苦しそうな顔をしながらも、その口は結ばれたまま。

他の職員たちも、複数の男たちに同じ様な脅しをされても誰一人として

口を開かない。

『…貴方達が何を考えてるかは知らないけど…尊敬する局長の事を

話すバカがどこにいるのって話でしょ。』

苦しげながらも反抗の意思を見せ、三島が吐き捨てる。

その瞬間、画面の中から鈍い音がした。その音の元は、

顔を殴られ、カメラから姿が消えた三島の音だろう。

『たかが下っ端が!早く情報吐けっつってんだよこのクソアマ!』

『お前らもだ!さっさと吐け!』

二部局局員の顔が青ざめていくと同時に魔能を纏った拳が

何回も三島や佐藤、寺上達の腹や顔を行き来する。

『痛い!痛い!がっ…。』

『やめろ!離せ…やめろぉぉぉぉ!』

『助けッ…!…』

悲鳴と、鳴き声と、そして弱くなっていく声は次第に聞こえなくなっていった。

『さて。後はお前だけだ。ガキ。お前はまだ田中の事をよく知らないらしいが…』

萌歌の周りを複数の魔能が光り輝き、カメラの映像が途切れた。

『ふぅ。やっぱ定期的にサンドバッグは必要だよな。』

『ん?何かメール来てるぞ。コイツラ市に下ろすらしいぞ。』

『やっぱり簡単にいたぶれるタイプは処理しやすくて良いな。

さ、笠真里空港に運ぶ。組織用コンテナ飛行機を出せ。』

映像が途切れたカメラの向こうから聞こえてきた音声を最後に、

動画が終わった。

「なぜコレを今送ってきたんだ…」

「おそらく俺が尋問した奴が捕まってるのを知らないんでしょう。

面白程度でサイトに載せるためかもしれません。」

田中はパソコンをゆっくり閉じ、そして口を開いた。

「僕は今から直接コンテナ飛行機を潰します。皆は救助に回れるよう

看護班と合流して待機。木野咲。ハッチを開けろ。戦闘時間は…」

車のハッチが開かれ、田中が登る。そして足に魔能を集中させ、

「三分だ。」

一瞬にして田中の姿が消えた。

残されたメンバーは少ししてため息をつき、同じことを

口にした。

〚田中さんがあんなキレてるの三年ぶりくらいだな…。〛


アビスホール専用コンテナ飛行機。

「にしてもボスって太っ腹だよな。抵抗できないヤツ殴って

届けるだけで700万だぜ?バンザイにも程があるだろ。」

「ま、それで飯食ってるから悪いも何も無いんだけどな!」

コンテナ飛行機の中に乗っているのは、アビスホール全組員

70人中の64人。主に裏の仕事の後片付けをしたりする役割が

あり、強さもINGAUGEのメンバーに匹敵する力を持ち合わせる。

「なあ?お前らのお陰で今回は弾むってさ!」

コンテナから1人だけ出された三島は、市につくまでの組員の

サンドバッグになっていた。血まみれになった顔と縛られた手と足を

震えながらも力を入れて踏ん張った。

そこに容赦なく足が飛んでくる。

その衝撃で足の骨にヒビが入り、ついに立てなくなった三島は

その場に倒れ込んだ。

「無抵抗な女をいたぶるのはいい眺めだな…。別に手出しても

良いよな?」

「…!ッ…!」

必死に背中を拗らせて抵抗するも、男数人に掴まれて

身動きが取れなくなる。恐怖と共に来る、精神の崩壊。

「大丈夫だって…すぐ楽になるからさぁ!」

三島の服に手が掛けられそうになった瞬間。

まばゆい光がコンテナ飛行機を包み込み、大きく揺らした。

三島を抑えていた男やその他の組員は大きく揺れた飛行機の隅に転がる。

「何だ…!敵襲…」男が動揺して口を開いた瞬間、男が目に見えない

速さで幾つもの傷がたちまち出来る。

「え?」

間抜けな声を出した男の目の前が暗くなる。次の瞬間、

男は地面の上で血を流し、動かなくなっていた。

「誰だ!お前!」

声を上げた男の目の前にいたのは、ヨレヨレのスーツと

カバンを持った謎の男だった。

「…田中…さん。」

ふらっと倒れた三島を受け止め、カバンから出てきた毛布を掛けた。

「すいません。危険な目に合わせた上に…こんな…」

「良いんです…田中さんに拾われたこの命を…仇で返すなんて

できませんから…。」

無理してニッコリと笑顔を作った三島は意識を失った。

恐怖からの脱出と、優しさへの安心でのものであろう。

そんな田中をまだ、周りの組員は気づかないままでいた。

この男こそが、探していた九番の審判の田中であるということに。

「おいお前。ソイツは商品なんだ。大人しく渡せばこの場ッ…!」

田中の拳が喋り始めた男の顔にめり込む。誰にも見えないスピードで。

「…他の局長達の姿が見当たりませんが…。」

「や、やっちまえ!たかが1人だ!数で潰せ!」

「死ねぇぇぇぇぇぇ!」

田中の言葉に反応1つも見せず、同様を見せた組員達が一斉に

飛びかかる。

「俺は何処にいるかって聞いてんだよ!!!!」

田中は持っていたカバンを振り回し、飛びかかる組員の顔に次々

当てていく。カバンに当たった組員の顔が次々に嫌な音を立てて吹っ飛ぶ。

「は…?何なんだよコイツ!ただのサラリー…」

「貴方映像で散々佐藤さんをぶってた人ですね?」

一瞬で立ち尽くす組員の眼の前へ移動してくる。

「部下に手挙げといて簡単に死ねると思うなよ。」

男の顎に思い切り拳を入れる。男の顎が曲がった状態で、上に反り上がった

顔を思い切り地面に向かって蹴り飛ばす。

飛行機内で大きな衝撃を与えたことにより、飛行機が壊れる。

「ヤバい!死んじまう!何が起こってんだよ!相手はたかが1人のサラリーマン…」

「あ、見つけた見つけた。無抵抗の三島さんを襲おうとしていた金髪。」

煙を上げて落下する飛行機の中で先程三島に手を出そうとした男の誤算。

それは、こと。

「これで全員だな。」

映像に映っていた7人の男が外に放り投げられる。

「落ちる!パラシュート!ああああ!」

「やめてくれ!謝るから!謝るから!!!」

どんどん外に放り投げられていく男たちは、再び驚愕する。

コチラに向かって、先程の男が規格外の魔能を纏ってツッコンでくるのだから。

「魔能制限。使用物は鉄と溶岩。」

田中加代たなかかしろの魔能。〈変形する全て〉オール・チェンジ

その能力は、自分が見たものを、完全に別のものに変える能力。

自分の体に関しては無意識に変化させることが可能であり、先程の組員の

前へ一瞬で移動したのは、床の作りと、自分の足の創りを変えたから。

「何で俺等がこんな目に合わなきゃなんねーんだよ!クソが!」

組員の1人が空中で魔能を田中に放つ。だが、空から落ちる状態で

魔能を撃っても、狙いが定まらない。そのまま空の奥へと放出された

魔能は消えていった。

「なんで…か。随分簡単な質問をするじゃないか。君たちは人の事を

傷つけた。その代償。コレが答えだ。」

赤く光る拳が組員たちを飲み込んだ。

空から勢いよく落ちていった7人の組員は、完全に骨も残らないまま

下の砂漠へと消えていった。

落ちてきた飛行機からコンテナのみを運び出し、救けを求める組員の

事を放置して飛行機から飛び出た。その飛行機が墜落して

中にいた組員が全員死ぬまで2分もかからなかったそうだ。

「大丈夫?皆?」

駆けつけた看護班によって、全員の体にあった傷、そして受けた精神ダメージも

全て完全に回復した。INGAUGEの看護班は主に治せない傷はなく、

病以外はその場で全て治すことができるプロフェッショナルなのだ。

「…章くんが加賀美彩に連れて行かれました。」

「そうか…じゃ取り返してくるわ。」

腰を降ろしていた田中は再び立ち上がり、基地へと向かおうとした。

「田中さん。」

「章を…お願いします…。」

職員や萌歌達は頭を一斉に下げた。

何か懐かしい記憶を感じた田中はフッと笑い、

「終わったら飲み。付き合えよ。」

とだけ残してアビスホールの本拠地へ向かった。




「あらあら、全員助かっちゃったか。ま!章くんが

このままだろうし大丈夫か!」

加賀美彩の部屋の真ん中に吊るし上げられた章は、

完全に植物状態に近いものに陥っていた。

「このまま行けば…フフッ笑いが止まらない。」







続く。


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