第7話 愛と痛み
白い空間の中に章はいた。謎の女と共に。
「アンタ誰だ?」
隣にいる女性に質問したが、声が響かない。
口は動いているはずなのに、1ミリも聞こえない。
女はコチラを向いて告げた。
「私を…私達を殺して。」
「…夢か。」
「あっ、起きた起きた。加賀美さんに知らせないと。」
先程までいた白い空間は夢だったようだ。
章は昼食中を加賀美の仲間と思われる男に襲撃され、
油断していたところを加賀美本人に捕まってしまった。
章の眼の前に襲撃にきた男がやってきた。
「どうも先程ですね。」
「…ココは何処だ。」
章は今腕を縛られ、手と足に謎の黒い球体が
付けられており、重力操作をしようとも感触がないためおそらく
魔能での攻撃は不可能に等しくなっている。
周りには怪しげな薬品やペンチやチェンソーなど物騒なものまで
置かれていることから章は自分の安全以上に萌歌と二部局局員の様態が
分かるまでは下手な動きはできない。
この場を「スルー」しても、「スピード」で走って逃げることが
可能でも肝心の攻撃手段の「
そのため、情報を探る手に出たのだ。
「強いて言えば…加賀美さんの基地ですね。」
「基地…お前はプルーランの回し者か?」
乾さんの残した映像の中で告げられた敵対組織、
PURU-LAN。映像がINGAUGE内で広がってすぐに来た
転校生、加賀美彩。おそらく情報所持者の始末に送られてきた
人員…!
「え?ぷるーらん?…プッ。あんなしょぼくれギャングと
一緒にしないでくださいよ。」
だが予想は大きく外れた。加賀美が刺客として送られて来たという
認識がINGAUGEにはあったが、それは違う。
加賀美本人が来たのだ。
「私達は
70名で組まれた魔能使い集団です。」
「…加賀美さん本人がボスってワケか…。なら、なぜ
俺達に手を出す?コチラは認識していない組織の筈。メリットどころか
デメリットがでかすぎる…。」
「私達はただの魔能使い集団じゃない。正確には犯罪も容易に
やります。今回の襲撃に関しては加賀美さんの意思です。」
そう男が言い終わると同時に、奥の方で音がした。
「…可哀想ですね。でも貴方が今から受け入れるのは」
コツコツと聞こえる足音。音の先には、1つの強い魔能反応と、
小さくなっていく魔能反応が6つ。嫌な予感というこの単語は、今の
章のために作られたものとさえ思うほどに、加賀美彩という人物は
酷かった。
「おはよう。章くん。」
現れたのは、笑顔でコチラを見ている加賀美彩と、
顔や体を痣と血で汚した二部局局員、そして萌歌がいた。
章の顔がやがて青くなる。眼の前にいる局員達は、自分と萌歌の
残りの三ヶ月を過ごせるようサポートしてくれた人たち。
面倒事やトラブルも全て手伝ってくれた。次第に共に飯を
食べる仲にまでなり、絶望的に終わっているセンスの私服を
買い替えてくれた三島さん。飯を食べに行く時ドリンクをいつも
奢ってくれる長佐野さん。最近お付き合いを始めた寺上さんと佐藤さん。
そして乾さんとの戦いの後に、田中さんに紹介してくれた川流さん。
お世話になってきた人たちの、命が消えていくのを目の前で感じてしまった。
「加賀美…!お前!」
魔能が使えない状態まま立ち上がり、加賀美に殴りかかった。
勝てないと分かっているのに、この時は頭が。心がコイツを許すなと叫んでいた。
「変わってないね。そうやって無謀でも助けに来る姿。そこに惚れた。
でも…私が今欲しいのは私の言うことをよく聞く章くんなんだ。」
章の腹に加賀美の足がめり込む。ボゴッと鈍い音とともに章の体が吹っ飛ぶ。
そのまま後ろにあった壁に叩きつけられた。
「ゲホッ…ガッ…ヒュッ…ヒュッ…。」
力の差というのは実に大きく、そして残酷である。
壁にぶつかり、大きい衝撃を受けた章のもとへ、素早く加賀美の足が
顔を蹴飛ばした。
章は為す術もなく、反対方向の壁へとぶつかり、壁が砕ける。
「このままいたぶってもいいけど…やっぱり未来の旦那様にDVは良く
無いから…こっちにしようか!」
壁の下敷きになっていた章を引き抜き、椅子にくくりつける。
「章くん、今からこの女の子に痛いことをするけど…私の言う事
聞いてくれるなら辞めてあげる。」
加賀美がボロボロになっている萌歌を十字架にくくりつけ、
奥から多くの器具を運び出してきた。
萌歌の髪の毛はパサパサになっており、殴られた痕が誰よりも
酷い。よく見ると足に何かを刺したような痕が残っており、
以前のような姿は今この場には無かった。
絶望と恐怖に染まった章の耳に加賀美の声が響く。
「じゃ、まずは軽めに殴っていこうかな。」
バキッ…ボゴッ…バギッ…バキッ…
音を立てて壊れていくのは、萌歌の体と、章の心だった。
血が飛び散る。章の顔に萌歌の歯が飛んでくる。
目隠しをされて能力が封じられ、非力になった萌歌が目の前で
死んでしまう。それは佐東章という人間の後悔として残ることとなる。
「…めろ」
「ん?何かな章くん?」
大切な友を失いたくない。その一心で口が動いた。
「お願いします…。何でも従います…だから…
萌歌を…二部局の人たちを…開放してください…。」
その様子を見た加賀美は、萌歌を殴っていた手を離し
章の髪の毛を掴んで自分の顔へ強引に寄せた。
「その顔だよ章くん!その!完全に諦めた!その絶望の顔!」
掴んだ髪の毛を頭ごと揺らし、オモチャを手に入れた子供のように
はしゃぐ。萌歌と二部局局員達が何処かへ運ばれて行く。
少し安心した章の心は、加賀美の放った一言によって折られた。
「そいつらもういらないから、売っぱらっといて。」
明るい声で閉まる扉の向こうへ告げる。
「え」
「何勘違いしてるかわからないけど…私があの女の子を殴るのは
辞めただけであって別にその後の事は何も言ってないよ?」
椅子から体が滑り落ちた。失ってしまった。
自分のことを世話してくれた人も、友達も、そして、自分さえも。
「じゃあ今日から私の所有物の章くんには今から
どれだけ絶望に浸っても目が閉まらない。恐怖から目が逸らせない。
身動きの取れない章の肩に釘が打ち込まれた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
感じたことのない痛みに声が出る。そんな悲鳴も聞かず、
加賀美の手は、笑いは止まらず、ただただ章を苦しめた。
「頑張れ頑張れ!あと7時間はお仕置きだからねッッッ!」
釘を打つ手が止まり、近くにあった水を章の顔にかける。
「やっと私のものになったんだもん…誰かに渡る前に
自分が誰のモノかって教えておかないと消えちゃいそうだからさ。」
章はそれから何分も何時間も痛みと苦しみに声を上げ、ただただ
精神と体を擦り減らされていった。
爪を剥がれた。指を折られた。右足を切られた。そして、左目を
奪われた。章の体は、壊れた人形のように、動かなくなっていっていた。
完全に目から光が消えた章を加賀美が持ち上げて運んでいった。
「三長、後片付けよろしく。」
「はい。それで…その方との結婚式はいつに?」
「うーん…ま、あの売った人たちの状況が見れたらしようか。」
小声でボソボソと何かをつぶやく章は加賀美とともに暗い部屋の奥に
消えていった。
「…行くか。」
章が加賀美によって堕ちていく一方、怒りを灯した
三人がいた。
「絶対許しませんよ。アビスホール。仲間に手を出した
罰は死で償ってもらうとしようかな。」
荒野に落ちた飛行機の上に座り込んでいるのは田中だった。
辺りには、魔能反応が消滅したアビスホールのメンバー。計64名。
飛行機で萌歌たちを輸送する際に襲撃され、戦闘に入ったものの、
田中によって、人員64名は一瞬にして全滅した。
救助した人員が全員口から発した言葉に応えるために。
田中はこうして殴り込みに来たのだ。
アビスホール本拠地に。
続く。
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