第8話 章VS乾

[萌歌の獅子香理撃破より数刻前。]

ロビー前に待機していた章はあの襲撃の際に自分が使った力の整理をする。

あの時は基本的に使った能力は一つ。刀賀を壁ごと貫いたときに発現した能力は

一つ。ずばり衝撃。だがあのときに少なくとももう2つの能力が発現していた。

一瞬で間合いに入り込んだ「スピード」。相手からの意識を外した「スルー」。

この効果をいかに上手く組み合わせていてあの刀を避けきれることができたのか。

「一旦移動するか。たぶん屍音さんはどうにかするだろうし。コッチのほうが

好都合だな。」

特に司令やメッセージのないスマホの電源を切り、

ロビー先の中心のドーム状休憩室に向かう。

「今の状態で人質がいるかは確認ができない。なら確かめるほうが速いか。」

長い通路の先に自動ドアが見える。そのまま死んでいただろう。

自動ドアの横の水槽から謎の違和感を感じ、「スピード」で元いた位置まで

引き換えした。案の定。違和感は当たっており、水槽の水がガラスを突き抜けて

天井に刺さっている。氷のような形状だが、水の流れる様子が見えたことから

少なくとも水の能力ではある。

「ほー。あれ避けれんのか。やっぱ化け物じみてんな。INGAUGEお前らは」

自動ドアの向こうから現れたのは、白衣を身にまとった謎の男だった。

白衣に不似合いな紫と緑の髪がよく目立つ。身長は章よりも低く、九番の審判と同じ様な不気味で圧倒的な威圧感をまとっていた。

「…貴方が水履乾さんですか?」

「そうさ。元九番の審判、水神の怒りポセスアングルの乾だ。昔の二つ名だがな。」

言い終わったと同時に空気が重くなった。そう、

章の喉から水分が消える。目も機能しているか怪しいくらいになってきた。

「…退くか。」

一時的に距離を取る。ここからいくと最低でも乾と章の距離は70メートルある。

決めるなら一瞬。おそらく長期戦に持ち込めば確実に敗けてしまう。

これが本当の一秒も無駄にできない勝負デスゲームである。

「おいおい。そんな早く気づいたのかよ?一応資料では載ってない筈なんだが。」

「貴方の魔能は貴方が組織を消えてから進化している。でも、ありえないんですよ。この資料の貴方の魔能は〈水流〉。でも、今の貴方は〈濁流〉なんだ。

水がさっき天井に刺さっていたのは濁流による不純物によってだ。そうだろ?」

顔をしかめた水履に生まれた一瞬の隙を見つけた。彼は水分を操る能力に

長けている。その分、あまり水分が出ない腹のあたりは常に打ち込める。

今しかない。気づけば走り出していた。足に魔能があまり流れていない状態で。

だがどちらにせよいけると確信していた。

「でもその確信が一瞬で覆されるんだって。不思議だよね。」

目で捉えていた対象の水履がいつの間にか後ろに居た。

正確にはいた。

どれだけ速く動けるスピードでも対処できるはずもなく、乾の魔能が乗った拳を

受ける。手で体を庇ったものの、モロ腕に食らい、自動ドアを突き破って

広場に転がり込む。

受けたものの、痛みは無く、立ち上がるのにも問題は無かった。

だが、食らった腕が少し動かなくなっていることを除いてだが。

濁流の神話ディビステ・ノワール。触れた相手に自分の

複雑に組み込んだオリジナルの魔能がお前の体の自由を奪う。」

いつの間にか目の前に居た乾に再び一撃入れられる。

完全に左肩から食らい、両腕の感覚がまるで無い。

「痛みは生きるものにのみ与えられた恐怖であり、権利である。

それ故人は傷つけあい、そして失くすという痛みに直面する。

よくできたシナリオだと思わないか?」

足、腹、頭。動かなくなった体が、限界まで来ている。

顔以外の部分がマトモに動かなくなったとき、理解した。

あのとき刀賀が死ななかったのは下の相手だから、勝てるから

死なないからという自分の感覚に頼っていたからだ。

殺したくないという我儘を押し通そうとしていたからだ。

「じゃあな。章くん。」

なら、通せないなら、どうしようもないから

「俺は厨二病の肩書我儘の象徴が大好きなんだな。」

乾が掴んでいた章の髪に異変が起きる。髪の毛から伝わる

魔能が、まったくの別物に進化したのだ。

状況を把握しきれず、固まっている乾の体が宙に吹っ飛ぶ。

乾の見た光景は、さっき動けなくしたはずの腕を、足を、体を

自由に動かし、コチラに拳を構えている章の姿だった。

「そっちのとっておきまであと何回殴ればいい?」

再び顔に拳がめり込む。近くにあった機械に凄まじい音とともに

めり込む。機械がピリピリと電流を外に漏らしていた。

「本気でぶつかろう。乾さん。」

形成が変わった今でもその瞳は、自分を見ていた。

自分の可能性で困難を断ち切ったのだ。その拳で自分を押しのけたのだと

乾は理解した。そして笑った。

「アイツらに見せたかったモノはこんな遅くにやってきたんだな…。」

深呼吸をして立ち上がる。

章も、乾も感じる。相手の本気に答えるために、己の本気を

ぶつけるのだと。そして認めた。彼は人生の中で会う、強者の1人だと。

「俺はただの水履乾だ。お前は?」

「俺はただの厨二病だ。ヒーロー気取りのな。」

お互いの魔能が今、ぶつかる。


続く。







次回 決着と正体

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