第21話家庭の味と猛アプローチ

 ヤバい雪菜にツッコミを入れるのに疲れてきた日の夜。

 生活費を節約したい雪菜は狭いキッチンで夕食を作り始めた。

 もちろん、俺の分もだ。

 お金を払うとはいえ、何も手伝わないのも気まずい。

 俺へのアピールなのかフリルで彩られた可愛めのエプロンを着ている雪菜の方へ近づいた。


「手伝うことあるか?」

「晴斗は何もしなくていいよ」

「……っていうけど、一応は居候だからな」 

「なら、冷蔵庫にあるレタスちぎっといて」


 サラダに使うであろうレタスの処理を任された。

 特に文句を言うでもなく、俺は食べやすそうなサイズにレタスをちぎっていく。

 それなりの量をちぎり終えると、雪菜が俺の手からボウルを持っていった。

 そして、ちぎられたレタスが入っているボウルに水を張る。


「なにしてんの?」

「こうするとシャキッとして美味しくなるから。基本的に野菜は水につけると吸って良い感じになる」

「へー」

「特にしなびたアスパラガスとかは凄く変わるよ」


 こいつってこんなに料理に詳しかったっけ?

 すると、包丁でトントンとテンポよく食材を切っていた雪菜が言う。


たくさん勉強したからね」


 背筋がゾッとして鳥肌がたつ。

 普通、綺麗で可愛い子が自分のために料理を勉強したり作ってくれたりしたら、可愛くて悶えてしまうに違いない。

 けど、ストーカーな雪菜に言われるとなんか怖いんだよな……。


「と、ところで、何を作ってるんだ?」

「鶏の照り焼き」

「……お、おう」


 鶏の照り焼き。

 それはでかなり好きな料理に入る方だ。

 たまたま、今日のメニューがそうなったのではなくてきっと雪菜は鶏の照り焼きを作ることにしたのだろう。

 本来なら好きな人に好きなモノを食べさせたいと可愛げのある行動と評価したいのだが、雪菜のストーカー要素が強すぎるせいで全然嬉しくない。

 むしろ、俺を恐怖へと駆り立てるのであった。


   ※


 雪菜は料理の修行をそれなりに積んできたのだろう。

 夕食はあっという間に完成した。

 机の上に、白米、鶏の照り焼き、サラダ、味噌汁、きんぴらごぼうが並んでいる。

 手と手を合わせて俺は食べ始める。


「いただきます」


 まず、手始めに鶏の照り焼きを一口齧った。

 火入れは完璧。鶏肉はジューシーで甘辛のたれが良い感じに絡まっていて、ご飯がとてもすすむ味付けだ。

 正直に言うと凄く美味しい。

 けど、俺は素直に雪菜を褒めてあげることはできなかった。

 なにせ、雪菜が作ってくれた鶏の照り焼きの味が――


 が作ってくれる味にそっくりなのだから。


 雪菜は俺の家でご飯を食べる機会はまあまああったし、俺の母さんが作る料理の味付けを知っていてもおかしくはない。

 ただ、だからと言って……。

 こうもそっくりと味を再現するのは並々ならぬを感じる。

 偶然、近い味になった可能性もあるけど……。

 俺はちらりと雪菜の方を見る。

 すると、そわそわと期待していそうな目つきで見ていた。

 晴斗がいつも食べてるのと同じ味に出来てるよね? と言わんばかりだ。

 驚きでなんか味が分からなくなってきたものの、さすがに何も言わないのは雪菜に悪いと思い、俺は感想を述べた。


「……お、美味しいです」


 俺の一言を聞いた雪菜はどこか嬉しそうに俺に話し出した。


「晴斗の家の味を再現するために春休みは毎日頑張って料理してた甲斐があった」


 怖い、怖い、怖い……。

 なんで、俺のために料理の勉強を頑張っちゃってるんだ?

 別に元さやに戻れるわけじゃないってのにさ。

 ストーカー要素満載な雪菜への恐怖のせいで、料理の味が分からなくなってきた。

 そんな俺を見て雪菜は勝ち誇った顔をしている。


 彼女にしたくなったよね? と。


 いやいや、これでどうなったらそんな顔できるんだか……。

 美味しいには美味しいが、何とも言えない気分でご飯を食べ進める。

 茶碗から白米が無くなると、雪菜はすかさず俺に聞いてくる。


「ご飯のお代わりは?」

「いや、大丈夫だ」

「鶏の照り焼きのときはいつもお代わりするのに珍しいね」

「……俺のことをよく知っていることで」

「まあ、幼馴染だし」


 ただの幼馴染とは思えない程、俺のことを知っている雪菜。

 そんな彼女に見守れながら、俺は夕食を済ませるのであった。


  ※


 夕食後、特にこれと言ってすることのなかった俺はノートパソコンを弄っていた。

 動画を見たり、服の通販サイトを見たり、色々とだ。

 そんな俺に対し、雪菜はというと俺の目の前で軽い筋トレを始めた。

 バスケ部を引退した後もそれなりに体は動かしていたようで、俺の目から見てもかなり体つきは引き締まってる。


 てか、それにしても露骨な格好なことで……。


 俺は筋トレをしている雪菜の服装を見て苦笑いする。

 なにせ彼女の服装はピチピチに肌に張り付くようなスポブラにスパッツである。

 男の欲情を煽るような服装なのだから。

 胸は控えめながらも、スタイルは抜群な雪菜の煽情的な姿。

 普段なら生唾を飲みこんでしまうほど、魅力的なのだろうが……。


 ストーカー要素のせいで、こいつには騙されるなと危険信号が常に出ているせいか、そんなに男心をくすぐってはこない。


 雪菜よ。残念だったな。

 俺は余裕綽々と視界の端で艶めかしい声をあげながら筋トレをしている雪菜を眺め続けるのであった。

 すると、あまりにも反応の薄い俺に対し、雪菜は痺れを切らしたのだろう。

 ちょっと休憩と言って、汗ばんだまま俺の方へ近づいて来た。


「……ふぅ。晴斗も少しは運動したら?」

「まあ、気が向いたらな」

「そう言ってる間にぶくぶく太るよ?」

「大丈夫。高校3年間は運動部じゃなかったけど、体重は増えてないから」

「ふーん」


 雪菜は俺が本当に太っていないかを確かめるべく、まじまじと俺の体を見つめる。

 見つめられたからか、俺も雪菜の方を見てしまった。

 スポブラにスパッツだけという格好。

 そして、スポブラは薄めの生地なせいで――

 ぷっくりとした乳首がハッキリと透けていた。


 さすがの俺もこれには反応をしないというわけにはいかなかったようだ。

 雪菜に対し、ちょっと邪な感情がよぎってしまう。

 とはいえ、理性で押し殺せないほどの強いものではない。

 俺は太ってないかと俺の体をまじまじと観察してくる雪菜に対し、なんも反応していないかのようなふるまいを装った。


「な? そんなに太ってないだろ?」


 筋力は中学の時に比べたら落ちたかもしれないが、体重は増えていない。

 ただただそうだと言い張ってみたものの、俺の視線が明らかに胸から逸れたのに気が付いたようだ。

 雪菜はわざとらしく俺の耳元で囁いた。



「胸、気になる?」



 くすぐったくなるような掠れた声。

 それが俺をゾクッとさせる。

 誘惑に負けまいと、俺は耳元で小さく囁いてきた雪菜を突っぱねる。

 俺に跳ね除けられた雪菜はどこか危うげに微笑む。

 そして、悪そうな顔つきでボソッとこういうのだ。


「晴斗は全く興味がない訳じゃないってわかっただけで今日は収穫ありかも……」


 何か悪巧みを考えていそうな雪菜を見て、俺は何とも言えない気分になった。






 

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