第5話狂い始めた歯車
雪菜に『彼女っぽいことをしてあげよっか?』と言われてしまった俺はその場で固まってしまった。
そして、俺をそうさせた張本人である雪菜も黙っている。
あいつからしてみたら、俺なんて男としてはなしなはずだ。彼女の振りを頼んだとはいえ、必要以上に本当の俺の彼女かのように振る舞うことはしたくない。
雪菜にとって俺はそんな相手なはずなのに……。
どう返事をしたらいいのか悩んでいると、雪菜がボソッと口を開いた。
「……真に受けないでよ」
呆れたような感じの声で雪菜がそう言った。
さっきの言葉に大した意味はなかったと知り、俺はホッと胸を撫でおろした。
「じょ、冗談だったんだな」
「晴斗に彼女っぽいことをするのはちょっとアレだしね……。で、ピクリとも動かなくなったのは私にそういうことをされるのを期待しちゃった感じなわけ?」
「べ、別に、雪菜に彼女っぽいことをして貰うのを期待しちゃって固まったわけじゃ……」
雪菜にからかわれるも、まだドキドキとした気持ちの余韻は消えていないからか、思うように言い返せなかった。
その隙を雪菜は見逃してはくれない。
「じゃあ、なんで固まったの?」
「それはその……。急に変な事を言われたら固まるだろ……」
「へー、私が晴斗に彼女っぽいことをしてあげるのってそんなに変な事なんだ」
「いやまあ、俺達の仲だし……」
「ふーん。で、実際問題、されたいの? されたくないの?」
もう気まずくなるから聞かないでくれ……。
そうは言ったら怒られそうなので俺はしょうがなしに答えた。
「まあ、されたいと言えばされたいんじゃないか? いくら相手は幼馴染とはいえ、女の子が優しく接してくれるのは……嫌じゃないし」
「つまりは嫌じゃないと」
「……てか、なんでそんなことを聞いてくるんだよ」
何を確かめたいのか分からなくて困惑していると、雪菜が俺にとんでもない爆弾をぶつけてきた。
「さっき、真に受けないでよって言ったのやっぱウソ。本当は晴斗にちょっとは優しくしてあげようかなって思ったからあんなこと言った」
普段は強気で横暴な彼女が見せるしおらしい態度。
不覚にもそれにドキッとしてしまった。
「お、おう」
「……最近の晴斗は優しいし、私だけツンツンしてるのは子供みたいでしょ?」
「俺が優しいって……」
「こういうところとか」
雪菜は自分の頬を指でつんつんとして俺に見せる。
何が言いたいのかを理解できずにいると、雪菜はわかっていない俺のために説明を付け加えてくれる。
「クリスマスプレゼントに部活で着る服をくれたのに、それじゃ味気ないからって可愛い化粧品とかくれたってこと」
「それって優しいことか?」
お前は何を馬鹿なことを言っているんだと雪菜はため息を吐く。
そんな彼女は伏し目がちになり、俺の服を少し引っ張りながら言う。
「だから、その……。優しい相手に、冷たくなんてできないでしょ……?」
あ、やばい。
いつもツンツンとしている幼馴染がデレる。
その破壊力は凄まじく、一瞬で俺の心を大きく揺さぶってきた。
「……で、ですね」
何故か、敬語を使ってしまうほどに。
そんな俺に、雪菜はボソボソと可愛げのある感じで話を続けだした。
「で、どうする?」
「な、何がだ?」
「私に彼女っぽいことをされたいのかされたくないのかについて」
これ以上何も言うなと言わんばかりに、雪菜が答えを急かしてくる。
「ま、まあ、してくれるなら……」
「……別に晴斗が好きだからとかじゃないから勘違いしないで。ただ、あまりにも私ばっかりいい思いをしてるし、晴斗にもいい思いをさせてあげた方がいいかなって思っただけだから」
「お、おう」
「これから、デートするんでしょ? 早く着替えてきたら?」
雪菜が俺の背中を押して急かしてくる。
俺はしどろもどろになりながら、着替えるために自分の部屋へ向かうのであった。
※
着替えを済ませた俺は雪菜と一緒に家を出て駅に向かっている。
雪菜は俺に彼女っぽいことをしてくれるというが、今のところそんな気配はない。
と思っていた時である。
横を歩いている雪菜が、何も言わずに俺の右手を握ってきた。
「ま、まじか……」
「彼女っぽいことしてあげるって言ったでしょ?」
「お、おう」
「ま、私に手を握られたところで嬉しくないだろうけど。ただ、私は晴斗が彼氏っぽく振舞ってくるから、それに対してのお返しとして彼女みたいなことをしてあげてるだけだから」
やけに言い訳がましい雪菜の口ぶりが俺を惑わせる。
こいつ、もしかして俺のことが好きで、素直に手が握れないから、変な言い訳をして俺の手を握って来たのでは? と。
慣れ親しんだ幼馴染相手にドキドキしてしまっていると、雪菜が俺に聞いてくる。
「女の子と手を繋いだ感想は?」
「意外と雪菜の手って小っちゃいんだな」
「晴斗の手が大きいだけでしょ。女子にしては普通に私の手は大きいし」
「そ、そうなんだな」
「てか、手そのものの感想じゃなくて、手を繋いでることに対しての感想を聞いたんだけど?」
雪菜が呆れたように俺に言うので、俺は手を繋いだことに対して抱いた気持ちを嘘偽りなく口にする。
「ちょ、ちょっとドキッとしました」
「……ふ、ふーん」
「まあ、性格はあれだけど雪菜は可愛いしな。そりゃちょっとはドキッとするだろ」
「すみませんね。性格が最低で」
雪菜は皮肉たっぷりと俺に謝ってきた。
俺はそんな彼女が聞いて来たことをそっくりそのまま聞き返した。
「雪菜こそ、俺と手を繋いだ感想は?」
「……教えない」
なんて奴なんだと呆れながらも、雪菜に俺はこれからどこに行きたいかを尋ねた。
「ひとまず駅まで向かってるけど……。どこ行きたい?」
「デートに誘ってきたのはそっちだし任せる」
「丸投げかよ……」
ここは無難にショッピングモールだな。
雪菜に行き先を言おうと思ったら、唐突に雪菜が俺の足を軽く蹴ってきた。
「……急になんだよ」
「歩くの早い。もうちょっとゆっくり歩いて」
「あー、悪いな。それで、行き先はショッピングモールにしようと思うんだけど……」
「ん、わかった。で、あれ」
雪菜は少しもじもじとし出した。
どうしたんだろうか? と心配して俺は雪菜の顔を覗き込んだ。
雪菜は俺の顔をちらりと見ながら、か細い声で告げる。
「……ごめん。蹴ったとこ痛くなかった?」
クリスマスイブにプレゼントをあげたら、今までツンツンだった幼馴染がしおらしくなった。
うん、だめかもしれない。
彼女にするのは絶対にないなと思っていた幼馴染のことが――
好きになっちゃいそうだ。
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