第3話ターニングポイント
冬休みが始まり数日が経った。
最近はバイト先と家を行き来する日々が続いていたのだが、久しぶりに今日は丸1日何も予定が決まっていない。
家でゲームでもしようかと思ったときだ。
ふと、勉強机の端に置いてあったスポーツ用品店の袋が目に入った。
「あいつ、クリスマスプレゼントがこんなんでいいのか?」
俺が視線を向けた袋の中に入っているのは、当たり障りのないデザインをしたバスパンと速乾性のTシャツである。
こう、なんか腑に落ちないんだよなぁ……。
一応、俺は女の子にクリスマスプレゼントをあげるのは初めてだ。
永遠に記憶に残る出来事だというのに、クリスマスプレゼントとして渡したのは部活で着る練習着。
それはどこか勿体ないような気が……。
どうせなら、別のクリスマスプレゼントっぽいモノも渡した方がいいのか?
俺の財布が負うダメージはデカくなるけど、そもそも彼女の振りを頼んだときに報酬を負けて貰ってるし……。
「よし、別のクリスマスプレゼントっぽいモノも渡してやるか」
こうして、暇な俺は雪菜へのしっかりとしたクリスマスプレゼントを買うために、繁華街へと出向くのであった。
※
彼女持ちである吉野はクリスマスプレゼントとしてマフラーを渡すと言っていた。
雪菜は寒がりで防寒着はたくさん持ってるからそれは無しだ。
となると、参考にするのは吉野じゃなくて、ギャルの彼女がいる高倉だな。
俺もあいつに倣って、クリスマスプレゼントとして化粧品を渡してみよう。
で、化粧品売り場にやって来たのだが……。
化粧品って言っても、何を渡せばいいのか分からない。
普段は近寄らないような場所ということもあり、そわそわとしながら俺はクリスマスプレゼントとして送るモノを選ぶ。
頭を悩ませていると、売り場を担当している店員さんが俺に声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ~。何かお探しですか?」
「彼女にクリスマスプレゼントで何かを贈ろうと思ってるんですけど……」
「でしたら、期間限定もののコフレとかどうですか?」
「コフレって?」
「簡単に説明すると、いくつかの化粧品がセットになった商品です」
店員さんは俺と会話を交わしながら、雪菜へのクリスマスプレゼントにぴったりなモノを見繕ってくれる。
そうして、巧みな話術に乗せられて気が付けば……。
「1万2千円でございます」
部活の時に着る練習着もプレゼントするというのに、高校生には背伸びと言えるくらいの値段なクリスマスシーズンに合わせて発売された限定のコスメセットを選んでいた。
何をガチガチなプレゼントを雪菜に……と後悔の波が押し寄せてくる。
雪菜相手に見栄を張り過ぎでは?と。
何とも言えない気分になりながらも、俺は財布からお金を取り出して支払うのを躊躇いそうになった。
しかし、店員さんも高校生である俺には安い買い物ではないのを知っていてか、しっかりとフォローを欠かさない。
「きっと喜んでくれると思いますよ」
別に雪菜のことは嫌いじゃない。喜んでくれるなら、それはそれでいいか。
躊躇いを捨てて、俺はお金を支払った。
クリスマスプレゼントなので良い感じにラッピングをして貰い、俺はお店を出る。
化粧品を買うためにわざわざ繁華街にまで出てきたこともあり、どこか別の場所に行こうかな~などと思っていた時だ。
友達である高倉を見つけた。
普段なら話しかけるのだが、今日はそんなことはできない。
何せ彼は――
ギャルの彼女と仲良さげに手を繋いで歩いているのだから。
友達が恋人と仲良くしてる光景を目の当たりにして悔しい気持ちになる。
俺はボソッと愚痴をこぼす。
「俺も本当の彼女がいたらなぁ……」
友達である高倉が幸せそうにデートをしているのを目撃したことで、多感なお年頃である俺は彼女という存在がより一層と欲しくなった。
気が付けば、少しでもイチャイチャしてるところを邪魔してやりたいという妬みから、俺は話しかけるのをやめたはずの高倉に声を掛けていた。
「よっ、終業式ぶりだな」
「あ、うん。久しぶり」
「……で、横にいるのは?」
「あー、僕の彼女」
高倉は気恥ずかしそうに手を繋いだ女の子を彼女だと紹介してくれた。
すると、高倉と手を繋ぐ可愛い金髪ギャルがテンション高めに話しかけてくる。
「ど~も!
高倉の彼女である寧々さんから圧倒的な強者としての風格を感じる。
可愛くて優しそうで、高倉みたいにオタク趣味バリバリな奴にも優しい。
俺もこんな彼女が居たらなぁ……とさらに悔しさが倍増していく。
「あ、どうもです。じゃあ、デート中みたいですし俺はこのくらいで……」
デートの邪魔をするつもりで高倉に話しかけたものの、本気で嫌がるような邪魔をする気はない。
そそくさとこの場から退散しようとしたときだった。
「あ、そうだ。これから私達はカラオケに行くんだけど、一緒に来る?」
意外なことにカラオケに誘われてしまった。
「いや、二人のデートを邪魔するのはちょっと……」
「今日は気軽なお出掛けだから大丈夫だって! ね、ゆーくん!」
どうやら今日みたいなことは別に慣れっこなようだ。
葉山さんにゆーくんと呼ばれている高倉は普通の顔で俺をカラオケに誘ってきた。
「本当に今日は気軽な気持ちでお出掛けしてるから気にしなくていいよ」
「そうそう、カラオケって人数多い方が楽しいしね!」
「まあ、そういうことなら……」
俺は友達とその彼女と一緒にカラオケに行くことにするのであった。
※
カラオケ店の前で、俺は高倉とその彼女である葉山さんと別れた。
二人の姿が見えなくなった後、俺は肩を大きく落としてため息を吐く。
「楽しかったは楽しかったけど、辛かったな……」
普通にカラオケは楽しかった。
でも、今の俺の精神で、あの二人のカラオケに付き合うのはもう懲り懲りである。
お熱いお二人は過度なスキンシップこそなけれども、ピンク色なオーラ全開でイチャイチャとしまくりだった。
別に見てられないというわけではなく、クリスマスシーズンに見せつけられるのがガチでキツかった。
あんな可愛いギャルと付き合ってるなんて、とても羨ましくて泣けてくる。
「……俺も彼女欲しい」
本物の彼女がさらに欲しくなった。
傘を奪おうとしてきたり、クリスマスプレゼントに部活で着る練習着を要求してくるような顔だけは可愛くて綺麗な偽物の彼女じゃなくて。
仲のいいカップルの甘ったるい雰囲気を味わったせいで胃のムカつきが凄い。
そんな鬱憤を晴らそうとすべく、俺は偽物の彼女である雪菜に特に大した意味のない愚痴のメッセージを送りつけていた。
『俺の彼女の振りをして、俺から甘い汁を吸おうってのなら、ちょっとは彼女らしいことをしてくれてもいいんじゃないか?』
自分で送って置いて、これはないな。
そう思い、メッセージの取り消しを行おうとしたときだった。
既読のマークがつき、雪菜から返事が返ってきた。
雪菜
『は? あんたが私に彼女の振りを頼んできたことばらすよ?』
「あいつに期待するだけ無駄だな」
俺はスマホをポケットに仕舞って、駅に向けて歩き出した。
※
繁華街から家に帰ってきたのだが……。
さも当然かのように、俺の部屋には雪菜が居た。
「で、さっきの舐め腐ったメッセージはどういう意味で?」
俺の部屋にあるベッドに座っている雪菜は俺を威圧しながら、俺が送り付けたメッセージが表示されているスマホを見せつけてきた。
「友達と友達の彼女と一緒にカラオケに行ってな……。独り身の辛さを味わって、お前に八つ当たりしてみただけだ」
「……ふーん」
「そういや、お前が欲しがってた練習着を買ってきたぞ」
勉強机に置いてあったスポーツ用品店のロゴが入ったレジ袋を手に取り、雪菜に手渡した。
だが、雪菜は嬉しがるどころか少し呆れた様子を俺に見せる。
「なんでちょっと不服そうなんだ?」
「いや、クリスマスプレゼントって、クリスマスイブかクリスマス当日に渡すもんじゃない?」
「……確かに」
「はぁ……。そいうとこじゃない、晴斗がモテないのって。でも、あれ、普通にありがと。正直、凄く助かる」
俺が渡したレジ袋から部活で使うバスパンと速乾性のシャツを取り出しながら、雪菜はお礼を言ってきた。
ツンケンしてるが、こういうところがあるから憎めないんだよな。
落ち着いた表情でベッドから立ち上がった雪菜が自分の体にバスパンとTシャツをあてがっているのを見つめていると、雪菜が俺にとんでもない事を告げてきた。
「誕生日プレゼントも楽しみにしてる」
まだ俺から搾り取る気があるのかよ……。
てか、雪菜の誕生日って3月だぞ?
まさか、それまで俺と偽の恋人関係を続ける気なのか?
「彼女の振りを頼んだの本当に間違いだった」
「そ? 私は凄く頼まれて良かったけどね」
「そりゃあ、お前はな。てか、ガチで3月まで俺と別れてくれない気か?」
どこまで付き合わされるのか怖くなってきた。
てか、あれだ。
誕生日プレゼントもねだられるのなら、今日はガチ目なクリスマスプレゼントを雪菜に買ってあげるんじゃなかったな。
俺がちょっと後悔していると、雪菜は俺から貰ったおニューの練習着を体にあてがうだけでは満足できなかったのであろう。
「試着したいから外行ってよ」
「おまっ、家に帰ってからでいいだろ……」
「いや、サイズ感合わなかったら返品しなきゃでしょ」
「……まあ、それもそうだな」
雪菜のために俺はわざわざ廊下に出るのであった。
※
霜月雪菜Side
クリスマスイブの夜。
彼氏はいるが、偽物の彼氏なので特にこれといったイベントも起きるわけもない。
自分の部屋で毛布に包まりながら、スマホを弄っていたときのことだ。
唐突に私の部屋に偽の彼氏である晴斗がやってくる。
「私の部屋に押しかけるとか、何しにきたの?」
まさか、偽の彼氏とはいえ彼氏なんだからクリスマスイブに恋人がするようなことを私に求めようってわけじゃ……。
いくら幼馴染とはいえ、相手は思春期でさかりのついたお猿さんである。
しっかりと私は警戒を怠らない。
「別に俺は玄関先でも良かったのにな。おばさんがどうせなら上がってっけってうるさくてさ」
「で、何の用?」
「そう急かすな。要件が終わったらすぐ帰るって」
「ふーん」
わざわざクリスマスイブの夜に私のところにやってくるなんて何の用があるんだか……。
らしくない晴斗の行動に対して少し警戒していると、晴斗は照れくさそうにカバンから綺麗にラッピングされた小包を取り出した。
そして、私に突き出すように渡してきた。
「これ、あれだ」
「いや、なに?」
「だからその、あれだよ」
「だから、それはなにって聞いてるんだけど……」
まどろっこしい押し問答の後、晴斗は覚悟を決めたのか私の目を見てハッキリと話し出した。
「クリスマスプレゼント。ほら、この前あげた部活で使うような練習着じゃ、なんか味気ないだろ?」
馬鹿でくだらない見栄を張りたがるような子供。
私からしてみれば、晴斗はそんな感じだったはずなのにね。
「ふーん。は、晴斗にしては中々に男らしいことするじゃん」
クリスマスプレゼントを貰ったし、クリスマスには何も起きないと思っていた。
なのに、せっかくクリスマスプレゼントとして何かをあげるのなら、部活で使うようなモノじゃ味気ないと言って、晴斗が私に別のモノも用意してくれたのだ。
晴斗も格好良い所あるじゃん。
不覚にもそう思ってしまった。
私の顔が徐々にかぁっと赤くなるのがわかる。
晴斗相手なのに、なんか気恥ずかしくてムズムズが止まらない。
「で、中身は見てくれないのか?」
言われるがまま、私は小包を開けた。
ラッピングされた小包の正体は、高校生が使うにはちょっとお高い方なクリスマスコフレ。
心臓の音が早くなる。
どんな顔で晴斗を見たらいいのか分からなくなる。
晴斗の目を見ないように私はボソッとお礼を言う。
「ありがと……」
「喜んでもらえて何よりだ。じゃ、用件もすんだし帰るな」
晴斗は私から逃げるように帰っていった。
再び部屋に一人になった私は、晴斗から貰ったモノを見つめながらボソッと呟く。
「かっこよくない。晴斗は別にかっこよくない。ダサい、ダサい、ダサい……」
まさか、幼馴染である晴斗にこうもドキドキさせられるとは思いもしてなかった。
アイツなんて彼氏になんてしたくない。
そう思っていたはずなのに……。
もし、本当に晴斗が私の彼氏だったらどうなんだろう?
そんなことを想像してしまうのであった。
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