第10話 プレベビーラッシュ

 不意打ちが成功したので、紅ヤンマの両親と剣蜂に孤狼を獲らせた。

 縮地使いの二人は佳鷹と似たような戦い方だったが、剣蜂は顔に絶叫を浴びせてから、確実に急所を突いた。

 紅ヤンマの実力を親父様に聞いたら、孤狼に勝てないとは思わないとのことだったので、挑ませる。一つ化身があれば、致命傷を負うと自動的に生身と入れ替わるので即死はない。

 介添えがいなければ生身が殺されちゃうのだけれども。


 顔に絶叫からの、縮地の高速移動でヒットアンドアウェイで削り、最後は渾身の絶叫からの一突きで仕留めた。

 化身玉を見詰めて「これが、双身持ち」一人称がこれに戻ってしまった。

 紅ヤンマが出来たとなると、翡翠が黙っていない。猟蜂はこの頃は良い子になって、中層巡視隊で頑張っている。

 危なかったら助けてやってくれと、親父様に言われる。勝てるとは思ってないのか。


 子供が振り回すにはいいのだが、闘気弾を撃つ関係で、あんまり人気が出なかった長巻を持たせて挑ませた。文人は撃てないし。

 化身なのに不意打ちで飛び出して来るのが遅い。前足を狙った払いが奇跡的に後ろ足に当たった。転んだところを、ただぶっ叩く。斬ってるんじゃなく、刃物で叩いている。


「死んで! 殿様にお仕えするこちらの為に死んで!」


 群狼は翡翠と同じくらいなわけで、こいつが群れで襲い掛かってきたら怖い。

 やけくそで布団でも叩いてる感じで滅多打ちにされて、狼顔の熊さんは死んでいった。

 たまたま運が良かっただけなので、文人に孤狼獲らせるのは止める。翡翠は世界で唯一の大狐孤狼の双身持ちの文人になった。

 文人でも名家ならば子供の頃から武技を習い、武器の質にものを言わせて一身格までは獲るので、翡翠より上はいくらでもいる。


 一門の孤狼獲りが一段落して、もうすぐで七歳と言う辺りで、紅ヤンマのお袋さんが妊娠した。神殿に行けば男女が判るらしく、女の子だそうな。

 黒髪なら黒鵙こくげき、茶髪だったら赤鵙せきげきにするとのこと。モズって猛禽類に入るのか。

 双身持ちなんだから、ナントカ鷹でいいはずだけど、中士になれるとは思っていなかった二人としては、精一杯らしい。


 七歳になるのを待っていたように、剣蜂からも妊娠の報告が入った。こちらは男の子。名前はじっくり考えて付けるけど、ナントカ剣なのは確定。

 化身持ちで生涯の伴侶がいる子供は親離れしたと見なされる。で、十歳になったのがいるわけである。継母様御懐妊。

 更に目出度い事に男の子。男系男子の跡継が生まれると、親父様が他国で将官なので、あちらは源流懸河家になるそうだ。本家とは言わない。

 家祖が男の場合だけで、男系男子の血が途切れたら源流が外れる。


 気が早いことに、授かりの技は何を願うと良いか相談されたので、縮地を推薦しておく。

 少なくとも二身半格の色鷲は獲らせられるので、飛行力と合わせ技にしたら凄いと推薦理由を説明したら、我々が色鷲獲りに行ったら血族の縮地持ちの介添えをしてくれるか聞かれた。

 してくれじゃなくて、してくれるかどうか聞いただけなので裏口入学セーフ。

 継母様の血族なら致しますと言質を与えてしまってから、実弟が中央砦の太守閣下だったのを思い出す間抜けっぷり。

 どうせ行ったら姪とその伴侶だから、なんだかんだねだられて結局やらされるんだろうけど。むしろ縮地持ち限定に出来て良かったのかも。今日の良かった探し終了。


 他家の化身持ち化した人たちも子作りをしているので、来年はそこらじゅうに赤ん坊が生えてくるはず。

 いきなり妊婦が増えて、砦の戦力が落ちるんじゃないかと心配になる。武人は男女の戦闘力が違わないので衛士の半分は女性なんだよね。

 どうせ修行で深層で狩りをするんだから、誰かをパワーレベリングしてもいいんじゃないかと思う。 

 だからって誰彼構わず介添えを引き受けたら、なんでこっちはやってくれないどころか、なんでこっちが後なんだになって行くのは必然。

 直接言ってくることはなくても、砦全体の雰囲気が悪くなるのは目に見えている。


 限定出来る集団として、与力組の強化を太守閣下に申し出てみた。人数的には砦の戦力強化にならないので、自己満足にすぎないのだけど。

 現在与力組は七人。毎年とらないどころか、特例。男二人、女五人。みんな十四枡で、剣蜂の十三枡は特例中の特例。それだけ頑張ったわけで、そうじゃなければ親父様が寝室に入れるほど目を掛けない。


 霊力の低い武人でも体力はあるので、普通は港に行って漁師になるか、畑仕事するかなどの単純労働や力仕事、がんばっても浅層で猟師なのだけど、衛士になるのを諦めずに武技を磨いた集団である。 

 それでも、努力では届かないものがある。銅の武器では防刃繊維は切れない。霊気の質が低いと当たってもどうと言う事もない。


 拗らせてるのがいるんじないかと思ってたのだが、剣蜂の見本があるので断る者はいなかった。

 授かりの技は縮地が二人とも女、的中、刺突(闘気弾含めて突き的な攻撃の貫通力が上がる)男女一人ずつ、強撃女一人。武人の主流の強撃は武技を磨くには不利なのか。


 狐、猫二種類のどれがいいか聞いても、化身持ちになれるなんて考えていなかったので、どれでもいいではなく、どうしていいか判らない状態。強い魔獣を倒すのに付いて歩くパワーレベリングだと思っていたようだ。


 とりあえず、最年長勤続十四年、来年は巡視隊入りの二十六歳刺突持ち男に、一身半格の四本角の鹿みたいな牛の鎧を着せる。

 アフリカにいる鹿みたいのは全部牛なのと同じで、何種類か鹿みたいな牛がいる。

 尉官用の鎧でさらにとっちらかるのを背負って、深層まで走った。


「覚悟はよいか」

「はいっ!」


 ここまで来たら覚悟だけの話。見つけた大狐は正面から額に一突きで仕留められた。一撃の威力は紅ヤンマの両親と変わらないように感じた。

 化身玉を拾わずに泣いているのを促して拾わせ、洗う。また、新たなる化身が生まれた。

 来たついでなので、果物採集して帰った。

 用意しておいた鹿ステーキとガナリガモ鍋、採って来た果物で盛り上がる。


 刺突と強撃は大狐、的中の男は吼猫で良いと思う。的中の女十五歳と縮地の片方十三歳はもう少しパワーレベリングしないとだめ。こっち先にしたら、猟蜂がむくれちゃうし。

 問題は十九歳の方。隠猫にしたいんだけど、頼んだら絶対断らないはず。


「なんだ、悩み事か」


 貴凰に言われる。


「え、判るの? 感応力で思考ダダ漏れになってるんじゃないよな。夫婦は以心伝心なのか」

「異界の言葉は判らんが、悪くないように聞こえる」

「うん、伴侶は言わなくても気持ちが通じるみたいな事」

「おう、そうだぞ。で、なんだ悩みは」


 いや、通じてないだろ。

 十九歳縮地持ちを見る。


「隠猫獲って欲しいんだよね」

「この身をお役立てください!」

「言えばそうなっちゃうよね。でも、紅ヤンマ知ってるかな」

「若様のお添い寝役をなさっていた方ですね」

「うん。吼猫で絶叫持たせたんだ。牽制に使って縮地で一撃離脱で、前衛に最適なんだよね。隠猫は縮地と隠行が併用出来るか知りたいだけ」


 貴凰が口を挟む。


「出来たらどうなる」

「短距離なら隠走と同じか、むしろ速いんじゃないかと。視覚の外からなら攻撃し放題。戦闘中も感応力の探知にたよってるからね。だめだったら、介添えの時に助太刀に入るのが速いくらいか」

「悪くはないだろう」

「悪くはないけど、紅ヤンマの働きを知ってるから、あれになれるのに何だか判らないのになってくれと言うのはどうなんだと」

「これは! 己の思いで、隠猫を望みます!」

「縁と言うより必然か。いつか誰かにやってもらう事だから、一身半までの介添えの補償付きでやってもらう」

「一身半、ですか?」

「いけるはず。隠走で誘き寄せが出来るんだ。跳狼がよければ、魔窟殲滅に連れて行ってもらって底上げで戦える。隠行で主部屋に入ると、最初の一撃を加えるまでは攻撃してこない。外の魔獣は見たら襲って来るけどね」


 十九歳が下腹を押さえる。


「一身半持ちなら、子は安泰です」

「隠猫は子供の介添えもしてやれるけど、やっぱり猟師用なんだよね。魔獣の動きが速いから、隠行は討伐戦では使えない。縮地持ちなら斬蹴鳥獲れば面白い空戦機動が出来るけど、他の授かり技だと吼猫に比べても弱いだけなんだ」

「お前が何を悪いと思っているのか判らない」

「強くなれるのが判っているのに弱くなるかも知れない方を選ばせるのが気が引けた。隠猫は隠行持ってないと使い物にならないと思い込んでた。だから一門の者にはこっちからは言わなかったんだ。吼猫獲りに行っても出て来なかったし。何だこれ、なんかの強制力?」

「判らんことを言うな。もう獲らせると決めたのだろう。縮地が使えなくなる訳でもなし、子の介添えが出来るのは大きいぞ」

「ああ、そうだよな、なんでここまでだめだと思い込んでたんだ」

「時々前世の記憶とかで妙な拘りがあるぞ。腹直し嫌がるとか」

「それかも。他人の人生を勝手に決めちゃいけないんだ」


 後になって判ったのだが、懸河一門の者は化身ならなんでも良いと言いながら、少しでも強くなりたいと思っており、それを感じ取って最適解(と思い込んでいたもの)を選んでいた。

 この七人は突然だったので、本当に何も考えていなかった。

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