第9話 貴凰来る

 月日の経つのは早いもので、化身持ちなってから早くも五日の歳月が流れた。その日の朝遅く、貴凰が到着した。

 来たぞ! とか言って飛び込んでくるかと思えば、親父様の前に片膝を着いて両手を下げる。


「この度は、化身獲りの修行のご助力、身を低くして御礼申し上げます」

「親御の嘆きとならぬように、命第一に励まれよ」


 定型の挨拶が終わった途端に、がばっと抱きついて来た。


「さあ、肌を合わせるぞ!」

「ちょっと落ち着け。昼餉を食べてからでいいだろ。船と車を乗り継いで来たんだから」


 親父様も吾に同意する。


「その方が落ち着いて出来るぞ。肌が合ったのならそのまま夕餉まで寝ておれば良いしな。その前に、親父殿に到着を知らせろ」


 報告の後、食事前に同衾の者を引き合わせる。三人だけでなく、余り能力の高くない親の子が多い、寄せ集めの家中の者にとっては、四身格持ちの姫様なんて直接話し掛けられる存在ではない。

 画信で顔なじみの紅ヤンマはともかく、翡翠と猟蜂はがちがちになっていた。でも閨から出る気はまったくない。

 紅ヤンマは、化身持ちになったら添い寝役を終了して、武人本来の戦力としての勤めをさせると親父様から言い渡された。

 もの凄く喜んだんだよね。どんな仕事だろうと役に立てればいいわけ。

  彼女に限らず、両親が生身の子では、三桶越えの招かれ人の手掛けは無理なんだが。


 せわしない昼食の後、お床入りとなった。

 肌が合うどころか、肉体の境がなくなった不思議な感触になる。最高の相性の間でだけ起きる、肌の溶け合いだった。

 夕飯前に一度起きて、親父様とお袋様に報告。貴凰はお袋様を継母様と呼ぶ。親父様は兄者人のまま。吾も御良様が継母様になった。

 肌の溶け合いが起きた男女は生涯の伴侶と言うのだそうな。親父様とお袋様もそうだった。

 貴凰がご大父様に報告。向こうは大騒ぎ。なんだか大勢待ち構えていたようだ。

 夕飯は部屋に運んでもらって、裸で抱き合って食べる。バカカップルかよって感じだが、こちらでは肌が合った初夜の常識。


 なんかドタバタ音がする。目を開けると、カーテンの向こうで影が激しく動いている。

 止まったかと思うと、今度はギャーギャー鳴き合う。

 朝ドタバタからの朝ギャーギャーである。貴凰も目を覚ました。


「なんだ」

「鈴目が窓の外で喧嘩してる」

「放っておけ」

「ああ、今日一日寝るか」

「他に何をすると言うのだ」

「お前の体調次第だが、化身獲りに行くかと思って」


 がばっと起き上がる。


「行く! 行くぞ! 行くぞ! 行くぞ!」

「大事な事でも二度言えばいいから」


 忙しい朝食の後、砦を出たところで転身する。


「ここで転身して持つのか」

「ああ、もう計るのがめんどくさいくらいに霊気量増えた」


 貴凰がほぼ全力疾走で深層の縁に到達する。索敵のオンオフはしっかり練習してきたようだ。

 大狐が結構いる。妙なもので、この辺が待ち伏せに良さそうってのが判るようになった。他の化身持ちでもそんな感覚はないそうだ。

 吾一人のものか、大狐、吼猫、隠猫のどれかを持っている感応力の特別高い者なのか。親父様並みだったら、吾が生きている間にもう一人出て来るかどうか。


 サンプル数がどうしようもないので今は考えない。猫がいそうな場所で石を投げたら、二回吼猫が見つかった。こっちは顔が豹っぽい。獲られないから数はいるんだよな。


 三度目の正直で貴凰が突進してぎゃっと声が上がって終わった。授かりの技は親父様と同じ強撃。

 血塗れの化身玉を持って見詰めているので洗ってやる。


 「化身、現出!」


 継母様をハイティーンに戻した体に、高貴な猫の頭を乗せた化身が現われる。

 思い切り抱きついて来た。化身じゃなかったら後頭部打ってるぞ。


「戻るぞ! 早く目合いたい! お前の子を孕みたい!」


 黙って立ってたら神の使いかって見た目なのに。

 どうがんばってもこの世界の女は二十歳前には妊娠しない。生活力のない者が子を作らないようにする仕掛けのようだ。


 家に帰ると、更なる異世界の脅威が待ち構えていた。お袋様が腹直しをして欲しいと言う。

 妊娠するには一月以上同じ男の精気を入れられる必要があるのだけど、途中で一回でも他の男の精気が入るとリセットされる。これを避妊に使うのが腹直し。


「もうね、化身持ちで生涯の伴侶がいたら、親離れしたと思わない方が変でしょ。でも、初子が十にもなってないのに孕むのもどうかと思うの」

 

 実は親父様は十歳で継母様が孕んでしまって、寂しかったらしい。家を出たのはそのせいだったようだ。自分の家じゃないみたいに感じちゃったんだね。

 性に大らかな世界でも、精気を入れられるのは誰でもいい訳じゃなくて、肌を触られても嫌じゃない者でなくてはいけない。

 で、絶対妊娠しない血族の場合は頼まれたらするのが肉親の情になる。   

 断ったら、なんで駄目なのか問い詰められる。断る自体がまず考えられない。

 霊力の成長が早すぎるので、いずれやる事になるのは言われていた。

 前世では本能的に回避するようになっていたのも話したのだけど、ちょっと入ればいいからって、逆先っぽだけみたいな事を言われて、十歳になるか二身格の化身を獲りに国を出るまでは、三十日に一度腹直しをする事と相成った。

 

 二人とも毎日深層まで行ってもなんでもないので、果物はどんどん採ってくる。キノコも判っているものだけ採る。

 ついでに孤狼に挑んだら獲れてしまった。貴凰に「同じのっ!」って凄い顔で睨まれた。山猫顔で睨まれると怖い。

 しょうがないのでもう一匹見つけさせて獲らせる。本人の索敵が使えるので、発見は楽。逃げないし。

 二人で孤狼身のまま帰ったら、呆れられた。いや、言祝いでよ。

 他人は特別な祝い事をしなくていいのか言ってくる。何して欲しいのかは感応力関係なしに判るが。

 もう、毒食えば皿までで、他所の大狐持ちを孤狼持ちにした。二人掛かりなら一身半の魔獣でも余裕で倒せる。


 十日の年季が明けてからは、一門の者を化身持ちにしまくった。妊娠希望者優先。

 紅ヤンマの両親と剣蜂は孤狼持ちになるまで我慢するらしい。

 化身なら何でもいいと言った剣蜂と紅ヤンマには、中距離支援が出来るように吼猫を獲らせた。使い熟せば絶叫は溜めなして撃てる。

 二人とも一人称が「こちら」になった。


 侠剣は孤狼獲って大尉に。将官の子で双身持ちなので、尉官までは呼び捨てじゃないと相手が困るそうだ。

 翡翠は孤狼身で背負って行った。二身格の鹿みたいな牛の鎧とジャマダハル二刀流で、一方的な死合いになってしまった。

 化身持ちになったので、閨は卒業である。やっぱり孤狼獲れるまで男は作らないそうだ。

 ベッドに余裕が出来たので、初子組の「部屋にいるだけでいい」子を二人入れる。


 初子組の面倒はEカップに見てもらうとこになった。名前は佳鷹かよう。両親は縁野干群狼の双身持ち。なし崩し的に閨で背後に回られてしまった。

 しかし、半身持ちの子では手掛けは無理のようだ。彼女の気持ちには感謝しかない(正しい使い方だよね)。


 一門の化身持ち化が一段落してから、霊気量に余裕がある佳鷹の孤狼獲りで、前から試してみたかった事をさせてもらった。

 隠走を発動してわざと見付るように動いて、追い掛けてきた孤狼を倒してもらう。


「何がしたいんだ」

「孤狼ではそれ程違わないが、斬蹴鳥なら中層まで追い掛けて来る。下まで降りない奴でも、不意打ちが出来るんじゃないか。化身玉が出なかったらもう一匹獲って貰わないといけないんだが」

「この身がお役に立ちますなら!」


 二度手間になるかもしれないので、気合の入り捲くった佳鷹を背負って孤狼の生息域まで走る。

 うろうろしていると狼顔の熊にガン付けされる。逃げると計画通り追いかけて来た。

 大木の陰に隠れていた佳鷹が入れ替わりに前足を払う。

 彼女の授かり技も縮地だ。得物は斬ってよし突いてよしの笹穂槍。こちらでは長葉槍。

 何度か転がって、起きようとしたところに首筋に突き。離れて闘気弾三発で倒れた。

 胸を切り開くと化身玉が転がり落ちる。

 拾って「あああ」とか言ってるので恒例の水洗い。

 三人目の孤狼身が現出する。化身て元が同じでも一人ずつ違うし、知り合いだと誰だか判る。

 

 予定より早く終わったので、孤狼頭三人で果物採集をしていたら遅くなってしまい、佳鷹を背負って走って帰ったら、大怪我したと勘違いされてちょっと騒ぎになった。

  これほど早く双身持ちになれたのは若様のおかげなのでお役に立ちたい、と佳鷲は正式に親父様配下の巡視隊長になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る