第7話 這えば立て、立てば歩めの親心
吾が五歳になる少し前に、懸河部隊応募時に兵長だった侠剣殿が、大狐持ちになった。
元々若手のホープで、化身持ちの副隊長のいない親父様の実質副隊長だったのだが、名実共に副官になった。
以前なら半身持ちでは師団の副官になれる訳がなかったのだが、十年後までには一身半格の斬蹴鳥を獲っているのが確実の、懸河の若様がいるのである。
深層討伐の勤めを十年行った者なら、半身持ちならば一身半までは介添えがあれば獲れる。
五歳になってまもなく、最初の孤狼持ちになった太守閣下の孫の人が跳狼を獲った。
今までは将官の子でも群狼を獲ってから五年以上掛かっていた。
しかも孫の人は、取り巻きに援護されながら斬蹴鳥を狩りまくって、確実に一人で獲れるまで修行した。
もう斬蹴鳥にしとけばいいのにと思うけど、太守の一門として砦の象徴の跳狼が欲しかったんだそうな。
そして、高志くんは中層デビューした。懸河師団初子組は十人に増えて、中層巡視隊の遊軍扱いになっている。
一番の敵は雑野干。化身にならない野良犬の群れである。あまり小細工は通用しない。
親譲り(?)の広範囲の索敵で感知したら、小高い場所で待つ。数の暴力で押し切るつもりでやって来る、三十匹くらいの群れに一人を除いて闘気弾の一斉発射。
倒れた仲間を越えて来る先頭を、授かりの技が命中率補正の「的中」の猟蜂が撃つ。出遅れ組にまた一斉発射。
数の優位がなくなって逃げ腰になった群れに斬り込みを仕掛ける。逃げるものは追わず。
いくら倒してもリポップするので、深追いはしない。
数が揃うまでは大人しくしているので、削る意味はある。
安い鎧にはなる霊核のある魔獣なので、死体は持ち帰る。下位の職人の練習用になる。
イノシシもいるけど、襲って来なければ個人の獲物になるのでほっとく。危ないのはヘラジカサイズの鹿。縄張り根性が強いので、見ると襲ってくる。
大型の魔獣には顔に一斉射撃、猟蜂が鼻面を撃って足を止める。その間に隠行で横に回り込んで、後ろ足のアキレス腱を斬る。
倒れても倒れなくても頭に死ぬまで一斉射撃。角が危ないので近寄らない。
この鹿が半身格。これと同じ出力のエンジンで百キロ弱の隠猫が動いている。
鹿が獲れたら、それなりのお仕事をしたので帰る。野干は寄進するけど、鹿は家用。
深層の魔獣の肉は半ば薬で、精が強すぎてそんなには食べられない。中層の肉が美味しくて栄養たっぷり。
最初に鹿を獲って帰ったら、名うての猟師の娘だったお袋様が呆れた。
「これ、子供だけで獲ったのね」
「十人掛かりですから」
「足の筋は、お前しか斬れないわよね。上手く斬れてるわ。もう隠猫獲れるんじゃないの」
「無理ですよ、六分の一くらいの体重しかないのがこれと同じ霊核で動いてるんですから」
「そうかしらぁ、赤子芸だって出来ないふりしたじゃない」
「赤子芸と化身獲りを一緒にしないで下さい、だいたい、まだ深層に連れて行って貰えませんよ」
「ねえ、お前様、高志を魔窟に連れて行っちゃだめ?」
「だめだな」
だめですよ。
世間ではもの凄い親子だと思われているが、家の中ではしょうもない会話がなされているのである。
今連れて行くのは否定した親父様も、隠猫は貴凰と同じには獲れると思っていたりする。
大物を仕留めたら、あまり猟師の行かないところでしばらくは猟をする。ほぼ、西の川でガナリガモ(カタカナ表記になる基準は判らない)を獲るんだけど。
この鴨は特に古参の者が喜ぶ。親父様が応募者と家族に出した食事の中で、子供でも食べられる高級肉だった。
紅ヤンマや剣蜂は、創り神様の御恵みの味だったと言っている。
鴨撃ちでも猟蜂が活躍する。
呑気に浮いてる奴に一斉射撃の後、飛び上がったのを一匹確実に仕留めてくれる。
水面に落ちているのは鉤縄を引っ掛けて回収する。引き上げなくても、死んでいれば縄ごと収納出来る。
回収が済んで一休みしていたら、異様に大きな気配を感じた。
「逃げろ! 何か、でかいのが来る!」
気配は川の中からだった。森と違って境目がないので、深層の魔獣が来易い。猟師に人気がないのはこれがあるから。
常識的には南に逃げるのだが、川も南に流れているので、泳ぐ魔獣なら川沿いでは追いつかれる。
南東に走っていると、二十人の巡視隊に出合った。
「どうされた!」
「川上がりです、一身格かと」
「任せられい」
「お願いします」
川縁で戦うのはちょっと嫌だけど、水棲の魔獣とここでやり合うなら、この人数だと獲物だ。
余裕が出来たので振り向くと、タカワニだった。
足が垂直に体から出ている高床式ワニである。
体に比べて顔が細長いが、顔と尻尾を振り回されるとかなり危ない。
一トンくらいありそうだが、すでに息切れしているように見える。
巡視隊は左右に分かれて、まだこっちを追いかけて来るワニを待ち伏せた。射程に入った途端に前足に闘気弾が襲い掛かる。
走っているところに、片足大人十人分の闘気弾を浴びては、転ばざるを得ない。後は頭狙いだけど、目に当たっても瞬膜で防がれている。
でも痛いことは痛いのか、口を開けて吼えようとした。今更威圧咆哮なんて悪手だ。口の中に闘気弾をボコボコ放り込まれる。
このワニの肉は深層の魔獣としては食べ易いので、高く売れる。革も同格の中では防御力最強。
良い獲物が一方的に討ち取られた後、名乗ってお礼を言って別れた。三身格持ちの少将の一門の人達だった。
帰って親父様に報告。向こうから良い獲物を譲ってもらったとお礼が来た。タカワニなら逃げ切れていたけど、獲るのは無理だから、何処かの巡視隊が獲る事にはなったはず。
魔獣は一度狙った獲物はわりとしつこく追いかけて来る。
孤狼はそれをしないので化身獣だと判らなかったのだが、縁野干や群狼は中層まで来るので、離れたところからわざと見つかるようにして、出来るだけ引っ張って倒す手もある。
介添えが出来るようになったら、ちょっとやってみたい事がある。
順調に中層での討伐をこなし、六歳の半ばで月一の魔窟殲滅に連れて行って貰えるようになった。
初子組で行けるのは紅ヤンマだけである。
魔窟の魔獣が消滅時に出す霊気は、経験値にはなるが生命力とは違うもののようで、だだ漏れで構わないのだそうだ。エネルギー転換器はいらない。
猟蜂が「お休みになってしまわれたら、誰が背負うのですか」と抵抗したが、お袋様が物入れから負ぶい紐を出して見せた。
常識的には母親の役目だけど、お袋様におんぶしてもらった覚えはない。もう帰りに寝ないし。
魔窟にいるのは大きさの違う狼ばかりで、下層の狼を複数倒せるなら、群狼が狩れる。
後は殲滅するまで霊気が持つかどうかなのだけど、吾は十五枡だった大人の生身の限界と言われている十樽を越えている。
親父様が生身のまま二十人を連れて入り口を殲滅した後、呼ばれて入って行くと奥から森林狼くらいのがどやどややって来る。これで上層の魔獣。
「少し通すぞ」
わざとこっちに来させたのを、紅ヤンマと二人で倒す。
紅ヤンマの授かり技は一瞬高速で動ける縮地。飛行力があれば空中でも発動可能で、UFOみたいな空戦機動が出来る。
斬蹴鳥までは獲らせてやりたい。
順調に下りて、下層のを呼び込む前に親父様が天駆狼に転身した。
全頭マスクみたいだった孤狼に比べてわりと獣部分が多くて、下腿と胸の谷間辺りまで毛が生えている。
体は細マッチョの女性ボディビルダーだが、大胸筋には見えない胸部装甲がお袋様並みに厚い。
「あらぁ、蹴狼じゃないんですか」
「どうせ見せるならこれだろう」
「じゃあ、こちらも強健羊にしますよ」
お袋様が太い巻き角の優しい顔付きの羊になる。体は踝から下以外はほぼ人間。いつにも増して巨乳。つい目が行ってしまう。
全裸で歩いてもかまわなくとも、乳房は成熟サインなので男は曳かれるものなのです。
「二人とも好きでしょ」
「戦闘用ですよね」
「羊だから」
「……あっ」
「なに?」
「ご大父様、半獣身は牛でしたね」
「止めておけ」
「はい」
しょうもない会話の後、親父様と化身獲り修行組がグリズリーサイズの狼を皆殺しにした。
一休みして、侠剣殿が転身し、紅ヤンマの両親と剣蜂の四人で主に挑む。
紅ヤンマの両親は化身持ちになるまで次の子を作るのを我慢していて、剣蜂は化身持ちになれたら侠剣殿の子を産みたいのだそうだ。
二人の子の名前はどうするんだろう。剣剣じゃないよね。
もう何度もやっているので、危なげなく二トントラックサイズの狼が討伐される。
「すでに孤狼を狩るだけなら剣蜂にも出来ると思っているが、一身格や一身半が何時来るか判らんからな。そなたと貴凰が化身持ちになるまで侠剣にもさせずにおくつもりだが、そなたが焦る必要はない」
「はい」
と、その時は答えたのだが。
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