第8話 第一の化身

 外の魔獣が入ってくる事はないので、入り口まで戻って絶対安全な野営地で一泊する。

 男も女も余った霊気は垂れ流しになって、きつくないから大丈夫と言われて、久しぶりに紅ヤンマを抱いて寝た。

 やはり、若様のお役に立てて嬉しいとしか思っていないようだ。ま、しょうがないね。むしろ、早めに閨から出した方がいいかな。子供を作りそびれるような事になったら嫌だもんな。


 翌朝深層の縁を行けるだけ東に行って帰る。深層は大木が広く枝を張って、間は疎らな潅木と大きな羊歯などの下草なので歩き易い。

 下草は柔らかいが人の背よりあるのも少なくないので、ツキノワグマサイズの大狐くらいのものでも隠れられる。


「隠猫の獲り方で考えていたことがあるので、少し先に行ってはいけませんか」

「どう考えていたのだ」

「臭いか音でも感知しているのではないかと。前世では獣が臭いを索敵の主体にしているのが多かったのですが、こちらでは相手の霊気や生命力が主体ですよね。人も魔獣も霊気壁があるので臭わないからでしょうか」


 今まで黙っていたのは、深層については確認していない事は迂闊に口に出来ないからだ。


「あまり臭いは気にしていないな。危なくはないか」

「隠行で南から回り込みます。爆音雷が聞こえないほど離れないつもりです」


 圧縮空気を使った音響爆雷の音だけのがある。


「良かろう。親の嘆きになるなよ」

「はい」


 化身獲りに行く者への常套句だ。

 決して無理をしないので、判ればなんでこんなことがってほど簡単なものが見つかっていないのだろう。死に覚えなんかないからね。

 親父様の承諾を得て隠行を発動して独行する。

 霊気量にものを言わせて、発動しっぱなしで探索が出来るのも転生チートかもしれない。

 音でも臭いでも、風下から行けば有利になる訳だが、巨木の間を通る風は一方方向には吹かない。こりゃ別の何かかな。

 現場に来てみないと判らない事は多いよね。


 獲物を狙って隠れているので、いそうな場所はある程度予測が付く。目視で判らなくとも、索敵を切って逃げられない距離に近付いてから、適当に石を投げて大狐が獲れるようになった。

 外れたら猫はこっそり逃げる。

 石を当てる一箇所を見てないで、広めに見ていたらどうだろう。と、言うわけで石を投げ上げて見たら、落ちて音がしてから動くものがあった。


 長巻ではなく短槍を出して突進する。右手で石突の上を持って、投げるように片手で突いた。

 ちらっとこっちを確認して向きを変えた豹サイズの猫の尻に刺さる。

 抜けないように押し込むと、片足が上手く動かせなくなった猫がこけた。

 穂先が抜けてしまったので、股間めがけて突き刺す。恥骨を割れたら後ろ足は役に立たなくなるはず。


 ふんばって起きようとしている右前足の脇の下を突いて、闘気を押し込むと血を吐いた。太い血管か肺にダメージがいったようだ。

 前足で槍の柄を叩くが、霊気の質の差で傷も付かない。

 霊気放流の威力で穂先を押し込み、暫く押さえていると動かなくなった。

 念のために喉を突いてから胸を切り裂くと、ピンポン玉くらいの琥珀色の玉が転がり出た。

 物入れから水筒を出して洗い、両手を合わせて包み込む。


「化身、生成」


 声を出す必要はないんだけど、みんな言ってしまうらしい。

 手の中の化身玉が消え、物入れとは別の空間収納が出来たのを感じる。その中に不安定な姿の人形がある。


 頭は、隠猫がオオヤマネコとほぼ同じでノーブルな雰囲気なので弄る必要がない。手足と体幹の稼動域と柔軟性を出来るだけ確保して、足はスパイクになる太目の鉤爪と肉球付き。

 おっぱいの大きさは成り行き任せ。


「化身、現出」


 新しく生成した化身の最初の転身だけはこう言う。これも言わなくてもいいんだけど。

 視界が急に高くなる。アンドロイドに意識を移したようなもので、幼女にはならない。

 頭を触ると、額に硬い半球がある。化身玉と同じ色の宝石様の器官で、ここから声が出る。

 口を閉じて、声を出して見る。考えている事が音になっている感じだ。


 顔は見られないけど、体の見えるところを点検する。鏡持って来るんだった。

 なんか見覚えがある。翡翠をアスリート化したみたいだ。無意識でいい女の見本にしてしまったっぽい。言わなきゃ判らないだろう。

 早い目に孤狼獲ってあいつ以外の人にも見せないようにしよう。

 忘れないように隠猫の死体を収納する。化身獣の革の鎧は正装になる。

 死体を残さない魔窟主持ちは、同格の魔獣の指定された色の革鎧を着る。

 隠行が隠走になったのが判る。発動して走って親父様に合流した。


「獲れたか!」

「はい、お話は後で。狐がいました、逃げないうちに」

「おう、祥鷲、行くか」

「はい、お願いします」


 紅ヤンマの親父さん祥鷲殿を、大狐のいたところに案内する。

 索敵を当てていないので、見つかってないと思って隠れたままでいた狐の居場所を教えて、闘気弾を撃ち込ませる。

 飛び出して来た狐の額を槍で一突き。それで決まった。

 二人で化身のまま帰る。ウォークライで迎えられた。祥鷲殿は生身に戻る。化身でいるだけで霊気を消費するので、普通は用もないのに転身していない。

 仕舞っておくと回復量が増える。半身持ちでも生身とはまったく違う。祥鷲殿は自動的に中尉。

 こちらは霊気の持ち時間を試す為に化身のままでいてみる。


 良く言えば感動、はっきり言うと浮き足立ってしまった感じになったので、早く帰ろうと言うことになり、親父様が最大限の索敵を行って、二身格の三本角の鹿だと思ったら牛を見つけて、さっくり狩って討伐のお勤め終了。

 後はお袋様に言われてあっちこっち跳び回って果物を収穫する。

 スキルではないのだけど、空中を五、六回は蹴って跳べる上に、化身のままでいられるので、いいように使われる。


 帰投して次は誰にするか順番を話し合っている時に、大事な事をころっと忘れていたのに気付いた。


「ご大父様に報告しないと」

「なんでそれを忘れていたのだ」

「お前様、まずご報告しましょう」

「高志、来い」

「どこへですか」

「執務室に決まっておろう。そなたが報告すべきだ」

「貴凰怒りませんか」

「怒ったからなんだと言うのだ。怒るとは思うが」


 執務室に連れて行かれて、ごつい机の右端にある直径三十センチの円版に、ご大父様の屋敷に繋がる一回り小さい円盤を乗せて手を当てると、向こうにどこからの連絡かわかる呼び出し音が鳴る。

 用人の人が出たので、ご大父様を呼んでもらう。


「高志か、なぜそなたが掛けてきた」

「あの、化身持ちになりました。吾が自分でご報告しないといけない事だと」

「な、に?」

「殿様、剛継殿ではなく高志からの声信とは、何があったのです」

「化身持ちになった、と言ったような」

「なにをおっしゃっているのです。高志、もう一度言って下さい」

「隠猫を獲れましたので、ご報告いたしました」

「親父様、化身持ちと聞こえたが」

「ああ、高志が隠猫を獲れたそうな」

「親父様、替わって下され!」

「いや、替わる事はなかろう、このまま話せ」

「どう言う事だ! 此の方に内緒で化身持ちになったのか!」

「ないしょとかじゃないだろ。今日、じゃない昨日か。魔窟に連れて行って貰って、帰りに猫の獲り方を試したら、見付けられて、一当てしてみたら勝っちゃったんだよね」

「その軽薄な物言いで誤魔化そうとするな! 行くからな! 此の方の介添えをするのだぞ!」

「親父様、宜しいですか」

「こちらは良いが、親父殿に許しを得てからだ」

「おお、許す許す」

「お袋様、旅支度を!」

「紅鶴、船の手配をして下さい」

「はい、直ちに」


 貴凰は五日後に来る予定になった。その間にもう一人、深層まで一気に走れる者を化身持ちに出来るんじゃないかと言ったら、翡翠と猟蜂がむくれる。

 日帰りだとそのくらいじゃなとだめなんだよ。猟蜂はまだ無理に決まってるし。

 妹キャラ(剣蜂の実妹だが)で、おいてっちゃ嫌! とか、ワタシも同じの! みたいなんだけど、可愛いから許す。

 生身だと一度深層に行ったら、十日は空けないと体調を崩す。侠剣殿も魔窟主を倒させているので休ませる。

 今回は高志くんの魔窟デビューなので、最初の二十人の古参とその縁故採用の準古参を全員連れて行ったため、一門に該当者がいなくなってしまった。


 太守閣下に報告に行ったついでに話したら、用意してあったように十七歳(Eカップくらい)が出てきた。

 男女が一緒に狩りにいったら、同衾するのはほぼ義務。特別な事情がない限り、一緒に狩りに行こうは、一緒にラブホテル行こうと同じなんだよね。

 なんで太守閣下に言っちゃったかね。紅ヤンマは休ませるとして、初子組で狩りしてりゃよかったんだ。

 言っちゃったものはどうしょもないし、将来の戦力とすれば断れない。彼女の化身獲りが遅くなったせいで死人が出ないとも限らない。


 化身獲りの介添えに限定して一緒に行く事にした。泊まれる宿がなくなっちゃったから、カップルのふりして一緒にラブホイテル泊まるけど、何もしないでよ! みたいな。


 結果としては授かり時十七枡だったEカップは、あっさり大狐持ちになった。

 十七枡は太守閣下の一門としては低いほうで、三十歳前に化身持ちになれるかどうかだったんだけど、介添えがいればこんなもの。

 親父様か言ったように、半身格の化身獣はそんなに強くないけど深層の一人歩きが危ない。

 貴凰を隠猫持ちに出来れば歴史が変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る