第3話 世界設定やらなんやら

 気が付いたらいつもの寝カゴの中だった。いつの間にか寝オチしたようだ。0歳児だもん。

 紅ヤンマが泣きそうな顔で見ているので、泣きまねしてやった。


「えーん」

「嘘泣きお下手ですね。もう、これのことは触るのもお嫌でしょうか」


 物理的に手を差し伸べてやる。


「だこ」

「抱っこですか」

「ん、だこ」

「はい! 抱っこです」


 抱き上げられると横からお袋様が覗いてきた。


「ね、だいじょぶでしょ。高志はぜんぶ判ってるもんね」


 仲直りしたのはいいんだけど、もう赤子の振りをしなくてもいいでしょとか言って、お袋様も紅ヤンマも赤子芸をしてくれなくなった。

 体は赤ん坊なので手遊びをしたいのだが、一緒じゃないと楽しくない。暇なので抱っこをせがむ。赤ちゃんにはスキンシップ大事。

 当然抱き癖がつく。こっちから見れば抱かれ癖か。抱かれてないと不機嫌になる。抱っこしてくれないと泣いちゃうぞ、怒っちゃうぞ。


 紅ヤンマは親父様に仕えている武人の子で、体力腕力には自信があるようなのだけど、赤ん坊の世話は精神的にも疲労するので、たまに一緒に寝ちゃってたりしてて、起きて姿が見えないと嘘泣きして起こした。乳児退行してた。

 抱っこをせがまれない親父様が、その歳でもう女の肌が良いのかと聞くので、正直に「あい」と答えた。親に嘘吐いちゃいけないもんね。


 ご大父様一家とは月一で会うことになった。隣国との画像通信は結構大変なようだ。

 後妻だと思っていた人はご大父様とそんなに歳が違わない若い頃からの伴侶だった。御良様と呼ばないといけない。

 貴凰の他に親父様より五歳上と十歳下の娘がいた。貴凰は三歳になったばかりだった。

 ご大父様の名は剛英、御良様は壮牙、伯母さんが英牙で、叔母さんは理鷲。

 武人の男は強そうな名前、女は素早いか鋭そうな名前が多いそうだ。剣蜂の妹は猟蜂。タランチュラよりずっとでかい蜘蛛を狩るカリュウドバチがいるらしい。


 正妻じゃない人は妾とも側室とも違う感じなのか、手掛けと聞こえる。親父様は手掛けの子ですらなかった。

 前に翡翠が普通の女は異性として愛している男の子しか産めないと言ったけど、愛していない男の子を生める「貸し腹」と呼ばれている高級娼婦がいるのだそうだ。

 こちらからは質問が出来ないので、今はそれ以上は判らない。


 こちらの子供は成長が早いようだ。四ヶ月目にはハイハイが出来るようになって、翡翠の愚痴から這って逃げる。

 屋敷の人間関係の把握に役に立つかと思って我慢して聞いてたんだけど、愚痴なんて役に立ちそうもない。

 お袋様が生産系の仕事を再開して、いない事が多くなった為に狙われ易くなっていた。


 只の赤ん坊じゃないのが確定したので、人生相談みたいのまでしてくる。こっちは話せないんだから答えは期待してないだろ。乳児に精神的ストレスを掛けるんじゃない。

 文官で頭は悪くないので、この屋敷に勤める女で一人だけ坊ちゃまに逃げられる身になりたくなかったらしく、三日も逃げると愚痴を言わないので逃げないでと言ってきたので、広い心で許してやった。


 そんなこんなですくすくと育った。言葉が話せるようになると、判らない事を質問して教えてもらう。

 一人称は色々あるけど朕や余でなければ好みで良いのだけど、俺がない。吾なんだね。なのでご大父様と同じ吾にした。

 他人は身分が判らなければ貴公か貴殿、貴方様で問題がない。准将から上は閣下。親父様に使えるものは准尉までしかいないので、屋敷の文官も含めて其方そちでいいそうだ。

 兄者人は兄のように付き合っている実兄ではない者のこと。貴凰は許嫁じゃなければ叔母者人。

 まだ外から来る人と話すこともないので、もっと細かいことはやはり三歳過ぎてからになった。


 時間は百秒で一分、百分で一時間、三十二時間で一日、四十日で一月、十ヶ月で一年。

 一秒が同じなら一日が四倍弱、一年は四倍くらいになっちゃうんだけど、一日も一年も感覚的に地球と変わらないようだ。

 一秒が同じなら九歳の紅ヤンマは地球年齢なら三十六歳以上になってしまう。

 度量衡は長さは一爪の十倍が一指、その十倍が一腕、百椀で一町、十町が一里。重さと容積は一指立方が一枡、十枡で一桶、一椀立方が一樽。一爪が一センチだとメートル法と同じ。


 文字は見たことのない漢字みたいな表意文字と、それを簡略化した表音文字。漢字とひらがなそのまんまだと思ったら、字の見た目は変わらないけど読めるようになった。ありがとう異世界言語理解。


 神様はいるらしい。神官の条件に係わるので詳しくは教えてもらえないが、三歳になると授かりの儀があって、スキル的な能力「授かりの技」を一つと「物入れ」と呼ばれているストレージ的なものが貰える。

 貴凰が言っていた二十五枡とかはこれの授かり時の量。後から増えるけど出生時体重みたいにどうあがいても一生変えようのない能力の判断基準になるようだ。 


 かなり前に招かれ人の知識から機械文明が栄えたことがあって、世界が惑星上にあり、赤道を挟んで向かい合った大陸なのが判っている。

 地上の霊気は赤道に近いほど薄いので、人間は熱帯にしか住めない。亜熱帯より北側は魔物が強過ぎて調査すらされていない。


 森は入り口付近の藪、浅層、中層、深層に分かれていて、棲んでいる魔獣も生えている植物も違う。

 海の深い所も強い魔物がいるので、赤道を突っ切って反対の大陸には行けない。東端は多島海、西は大きな島が三つあって、浅瀬伝いに往来出来る。


 この世界の生物は体の中に霊力の結晶的な核「霊核」があり、濃い霊気の中にしか棲めない魔物と、核がなくて薄い霊気でも暮らせる野獣に分かれる。人間も野獣の一種。

 魔物は大概魔獣と呼んでいるけど、昆虫系、植物系や動く泥人形みたいのもいるので、全体の呼び方は魔物。

 魔物は全部牝で、子供もいない。人間同士争わない為の仕掛けなのでリポップしているらしい。地面から這い出て来るところの目撃例が世界中にある。


 文明を持つほどの知的生物は人間だけだけど、人間と共存している牛や山羊、羊、狐はかなり知能が高い。こちらは牡牝で繁殖する。

 人間はあんまり見た目が老けない。能力の高い女性は百歳過ぎでも日本人の三十代前半程度。男はやっぱり遺伝子が欠けているせいか、もう少し老ける。ご大父様も御良様も七十代だった。

 首から下の体毛がない。男性ホルモンの関係する毛がないと言うべきか、男でも髭も生えない。

 一種の刺激性排卵なので生理がない。


 戦士系の武人、生産系の職人、頭脳労働系の文人は、巨人とドワーフとエルフを一つの種族にしてしまったように能力が違う。

 異なる系統の親の子はどちらかになり、能力は混ざらない。

 霊気量は武人が職人よりやや多く、文人は職人より少ないのが普通なので、文人は高知能だがエルフだった訳ではない。文人は気の質は高い。


 霊気を戦闘用の硬質の闘気にして武器や防具に纏わせるのは誰でも出来るが、武器の刃や切先から出したり、闘気弾を撃ち出せるのが武人。

 武人は文人より頭一つ大きい程度だが、たまにご大父様や親父様のような大男が生まれる。大女はそんなにいない。


 職人は物に霊気を流して加工出来る。自分の物入れの中の物も意識だけで加工出来る。死体を取り込んで鎧と肉にして出すとか、お袋様がいつもやってる。

 他人の体に自分の霊気を流して修復する治癒師も職人の内。


 受ける方が承知なら治癒師でなくとも職人なら霊気を流せて普通の性感以上の快感を与えられるので、能力の低い職人の女が娼婦になる。

 能力の低い男は需要がない。紙とかガラスとか消費財を作って暮らす。

 職人の女は床上手的な名前が結構いる。お袋様も夜咲く妙なる花。


 機械文明は発達させすぎると危険だと招かれ人が注意したのに、力尽くで森の浅層に都市を造って強大な魔獣を呼び込んでしまい滅びかけた。

 今は蒸気タービンで動く船とスターリングエンジンの自動車があるだけ。霊核から簡単に熱が得られるので、電気はわざわざ作らない。

 通信は大きな霊核を加工して魔法的な珪素生物モドキを造って、それの感応力でやっている。


 国の成り立ちは、港とその北に広がる穀倉地帯、それを纏める王都、更に北の魔物の棲む森の近くに採集基地の砦が東西に造られて行く。

 砦と言っても結構大きな城塞都市。

 砦はどれだけ大きくともどこの国でも王都の北が中央砦で、その両側が東第二と西第二、順に増えていって個別の名前はつかない。東第一と西第一はない。


 最初は中央が第一でその次に出来たのが第二、反対側に出来たのが東第二か西第二だったため。

 国によって第二砦が東西違うのは紛らわしいので両方に付ける様になった。その頃から第一砦を中央砦と呼ぶようにもなった。

 

 今住んでいるのは、北半球のなべ底みたいに両側が丸く上がっている大陸の、真ん中より少し東の逢栄ほうえい国の西第三砦。ご大父様は西隣の薫風くんぷう国東第二砦。


 親父様はこちらの国での軍歴がなかったので大佐だけど、実力的に少将にはなれるので、師団用の宿舎付きの屋敷を与えられている。

 国に仕える武人の全体的な呼び方は衛士で、階級は雑兵が番卒、番長、番頭。兵士が正規兵で、兵長、兵頭が下士官のようだが纏めて下士。

 尉官が中士、左官が上士。准将以上が将官だが、大将は太守のみ。太守を辞めると中将に戻る。


 化身獣と呼ばれている特定の魔獣を、隠行の能力を持つ者以外見ていない状況で一人で倒すと、色付きの霊核「化身玉」が得られる。

 これを取り込むともう一つの体「化身」と魔獣の持っていた能力が得られる。

 霊核の大きさで、獣頭人身の半身格から三身半格、半獣身の四身格、元の魔獣の姿になる獣身格に分かれる。

 この呼び方の由来は、機械文明の崩壊と共に忘れられた。


 弱い魔獣から獲って行けば化身は複数得られるが、持っている化身より弱い化身獣を倒しても、霊核は化身玉にならない。

 半身格は強さにばらつきがあり、組み合わせによっては二つ獲れる。半身格二つ持ちを双身持ちと言う。


 化身は上手く獲れば七つ得られる。虹男になれる。

 ただし、化身の体はすべて女体。男は遺伝子に欠けがあるせいか。

 しかも、化身は武器には霊気を通せるが防具には霊気が流せない。

 攻撃用の霊気と防御用の霊気の違いだと言われている。

 無理に革鎧などを貼り付けても戦闘でぼろぼろになるだけで、防具の意味がないので、全裸で戦う。人に見せる時も全裸が普通。


 親父様の持っている内の最強の化身天駆狼てんくろうは三身半で、こちらから獲りに行ける化身はここまで。

 半獣身は下り物と呼ばれている深層の生息域から南に降りてきたものを倒すしかない。生息域に行くのは無謀。

 下り物は採集者にとって恐怖だが、そうそう来るものでもないので、半獣身になれるのは戦闘力より運だと言われている。

 獣身格の化身獣が下ってくる事はほとんどない。


 魔窟は森の中層と深層の境にある罠も宝箱もない洞窟型のダンジョン。神様が人間の訓練用に造ったと思われる。

 基本構造はアリの巣。入り口には百人以上が野営できる広さのエントランスがある。

 中の魔獣は倒すと霊核を残して、ザラメくらいの結晶になって崩れて消える。魔法的なナノマシン製擬似生物だが、弱点などは生物と同じ。

 入り口付近、上層、中層、下層に分かれていて、二十人未満だと普通の遭遇戦だが、二十人以上三十人未満は一層、三十人以上五十人未満なら二層分、五十人以上だと魔窟中の魔獣が一度に襲い掛かってくる。


 親父様のように圧倒的な強者が二十人以上と入って入り口を殲滅、その後十人入ってくると一層分の魔獣がやって来るので、戦い易い所で待ち構えていて殲滅。後は一層ずつ奥に行けばいい。これが魔窟殲滅。

 親父様なら一人で下層全ても殲滅可能なので、安全にパワーレベリングが出来る。


 最奥にいる主は皆化身獣で、ここの北西にある魔窟の主は一身半格の跳狼。ご大父様の砦の北の主は一身格の跳猫だそうだ。どちらも霊気のある限り空中跳躍が出来る。主は倒すと二十日後に復活する。


 逢栄国の森には半身格最弱でステルス移動の隠行を持つ隠猫おんびょう、範囲の狭い衝撃波のブレス「絶叫」を持つ吼猫こうびょう、動かなければ索敵に掛からない「潜伏」を持つ大狐たいこがいる。

 薫風国の野干と群狼は上位の魔獣の素材の装備があれば比較的安全に獲れるせいか、スキルを持たない。

 

 お袋様の父親は隠猫持ちの猟師で、職人の伴侶に大狐を獲らせた。化身獲りの安全確保の介添えを頼まれるのがうざくて第四砦に行ったのだけど、お袋様が八歳の時に猩々の群れに殺されてしまった。


 お袋様は猩々のいる第四砦を嫌って第三砦の孤児院に入れてもらって、跳狼獲りに来た親父様と出合った。

 しばらくして親父様の勤続年数が規定に達して准将になった。家臣の武人は閣下、家の者は殿様と呼ぶ。

 どっちでも良いらしい。お袋様だけはお前様のまま。吾も坊ちゃまから若様になった。


 貸し腹の事や親父様がなんで国を出たのかは、微妙な感じがするので聞かなかった。兎も角授かりの儀が過ぎて、自分の正体が確定してからにしよう、なんて思っているとあっというまに三歳のお誕生日が来たのであった。

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