第2話 ヒロイン登場

 紅ヤンマが服を着ている。時々翡翠が着てるのは見た長方形の布を二枚真ん中空けて縫い合わせた貫頭衣。

 赤い腰帯締めて、お腹の前に行司さんみたいに短剣を差してる。

 冗談じゃなしになんかあったらこれで自害するんじゃないの。


「今日は、画信でご大父たいふ様とご面会ですよ。ご大父様はお隣の国で砦の守将をなさっておられる中将閣下なのですよ」

 

 親父様の親父様そんな偉い人だったのか。赤ん坊に言ってもしょうがないので誰も教えてくれなかった。

 知ってりゃどうなるってもんでもないが。


 親父様はちょっと濃い目のアイボリーの、バイク用プロテクターの堅いところだけみたいな装甲を素肌に張り付けている。

 腰の周りはローマ兵風の板のスカート。茶色の装甲の女も二人いるが、親父様がカゴを持つ。


 親父様の横に並んだお袋様の格好がもっと凄い。

 大き目のビーズで出来た腕輪足輪、四重の首飾り腰飾りの他は甲革に飾りのついた妙に豪華なサンダルだけ。これ、正装なのかな。

 大きな薄いベールを羽織ってるけど、分類上は全裸だよね。インドあたりの古い寺院の女神や天女みたい。


 古代南アジアって、インダス文明か。

 家がベージュ色の石造りなので遺跡化してないモヘンジョダロと言われればそんな気もする。

 なんて思っていたら出口の向こうに小型のボンネットバスを馬車っぽくした、観光地にありそうなクラシックカーが止まっていた。

 思わず、カゴの縁に手を掛けて「えー」と言ってしまう。


「動力車を見ても恐れぬか。驚きはしたようだが」

「お前様の子ですから、胆力は一際でしょう」

「うむ。画信を見ても恐れぬと良いが。親父殿を見た途端に泣き出されては困る」

「この子、ほとんど泣きませんよ」

「そう聞いているが、普段泣かぬ子が泣いたら大泣きになりそうだ」


 お袋様が覗いてくる。


「だいじょぶよね」

「あーい」

「お返事したね」

「それは、止めておけ。遅れてはならぬから行くぞ」


 招かれ人疑惑は親父様がそこはかとなく嫌がるけど、むきになって止める訳でもない。

 兎も角乗車して着いたのは、薄茶色の煉瓦できっちり組まれた、かなり広い長方形の入り口の両側に太い柱が立っている、でかい立方体の建物だった。

 やっぱモヘンジョダロっぽい。


 ぞろぞろと受付らしきところに行く。ミドルティーンの受付の女性は下着なしで薄いサリーを体に巻いている。


「画像通信を予約しておいた懸河けんが剛継ごうけいである」

「討伐隊頭懸河大佐様、承っております。案内の者をお付けいたしますのでお入りください」


 画像通信、略して画信ね。親父様この若さで大佐だったか。出来ちゃった婚の若夫婦だと思ってたんだけど。 

 魔窟殲滅とかするんだから、中将の子ってだけじゃなく実力なんだろうね。


 縁に刺繍のある薄布のサリーのハイティーンくらいの女性に、背寄りのない縁台みたいな(縁台そのものか?)親父様サイズでも三人座れる椅子の前に五十インチくらいの白い石版が置いてある部屋に案内されて、親父様とお袋様は縁台に座り、親父様の左隣に紅ヤンマが片膝を着く。

 親父様が石版に向けてカゴを斜めに立てて、前にのめらない様に腕をシートベルトみたいにして押さえてくれた。


「よろしいでしょうか」

「お願いいたします」


 案内の女性が親父様に声を掛けて石版の横にあった砂時計を返すと、石版に色が付いて鎧を着た男女二人の上半身が映った。


「高志、われが祖父だ」


 三十代後半に見える親父様より一回り筋肉が多目の人が前のめりになって言うが、この人がお祖父ちゃんなの? 伯父さんじゃなくて?


「殿様、急におっしゃったから、困っていますよ」


 隣にいる二十代後半以上には見えない上品な雰囲気の女性が咎める。公家のお姫様が有力な戦国武将に嫁入りしたような感じだ。

 親父様と十歳違わないよね。若い後妻をもらったので親父様が拗ねて、家どころか国を出ちゃったのか。

 

「困り顔はしておるが、恐れてはおらんな?」


 同意を求められてもワタシは言葉がしゃべれないんですけど。親父様が代弁してくれた。


「それは大丈夫です。動力車を見ても驚きはしましたが、むしろ喜んでいました」

「そうか。豪胆だな」


 ご大父様が作り笑いをしたので、可愛く「あーい」と言いながら笑い返す。


「おお、笑ろた、笑ろた」

ほうも見て下さい」

「あーい」


 後妻さん? にもスマイル無料配布。時代劇とかでほうは割とあったと思うけど、一人称がほうはあんまり聞いた覚えがない。


兄者人あにじゃひとの子にしては、こまいな」


 ご大父様のインパクトが強すぎて気付かなかったが、二人の間に一丁前に鎧を着た幼女がいた。親父様の腹違いの妹か。


「まだ生まれて一月経っておらんのだぞ」


 親父様が幼女相手になんだかむきになる。


「にしても武人の子の大きさではあるまい。文人のようだぞ」

「話を聞いていなかったか。胆力は並み以上だぞ」

「そうか。試してやる」


 三歳くらいな感じだけど、かなり口が達者だ。両手で目を剥いてあかんべをしてきたので、やり返す。


「お、やり返したぞ!」

「赤目なぞ恐れる子ではありません」


 ご大父様と親父様の声を聞いて幼女が必死に変顔をするので、余裕を見せて腕を組んで鷹揚に頷いてやった。


「赤子芸をしたぞ!」

「妙灯花と子守が仕込みました」


 ご大父様と後妻さんが揃って「えっ!」って顔をしたのだが、幼女が口を出す。


「そんなことがあるか! 赤子芸は二月過ぎぬと教えもせんはずだ!」


 あ、やられたのか、これ。

 左側にいる主犯格の紅ヤンマを睨むと、怒らないでみたいな作り笑いをして小さく両手を上げる。

 右側の共同正犯のお袋様は悪びれもせずに「そなのよ」と言った。

 幼女は何かやっちゃったのに気付いて黙った。黙っていれば母親似で可愛いのに。


「招かれ人ですか」

「文人に近い見た目は、賢人だからかも知れん」


 幼女の製造責任者二人が聞き飽きた話をする。

 生まれつき知能が異様に高いのを賢人と呼ぶらしい。

 武人職人文人の区別はまだ判らない。


「身の時も同じような騒ぎがありましたが、結局只の傑物でした」


 親父様被害者だったか。にしては止めさせなかったが。


「只の傑物とは妙な物言いだが。そなたも早くから言葉が判るようであったからな。人並み外れた索敵範囲は感応力が高い為であろう。今も話を全て理解しておるようではないか。そなた以上となると神官、は流石にないか」


 感応力ってテレパシーみたいなもんかな。神様と話せるくらいの感応力があるのが神官かね。

 もしかしたら、異世界のアカシックレコードを読み取って転生者だと思い込んでるなんてこともあるのかも。

 個人情報がないのは記憶喪失と同じようなもんじゃないかと思ってたけど、元々ないのかも。

 まったく嬉しくない可能性が広がって行く。


「とりあえず、授かりの儀まではその辺りについては何も教えないようにしたいと思います。この子が何者でも、三つ子になるまで判らなくとも構いませんし、むしろ何かと思い込んで違えば将来を誤る事になりかねません」

「そうだな。高志も、それでよいか」

「あい」

「あら、お返事した」

「止めい」


 反応がお袋様と一緒の後妻さんがご大父様に怒られた。


「はい。でも、優れた殿方の傍に居たい思いは、女の魂から来るものなので」

「それは判っておるから剛継の時も咎めなかったのだが、今回は止めておけ。妙灯花もよいな」

「はい」

「その辺りは後で剛継とよく相談してくれ。で、だ。高志、この貴凰きおうを伴侶にせんか」


 いきなり話題を変えて何言い出すんだ。それ、腹違いの叔母ちゃんじゃないの。遺伝子は、従姉くらいか。


「そのように難しい顔をするな。腹違いの叔母なら、子は多少出来難いと言われてはいるが生涯四人のところが三人になる程度だ。血が近いと肌は合い易い。吾が六角牛を得てからの子であるから、女としても優れておるはずだ」


 幼女も前に乗り出して来る。


「此の方は二十六枡であったぞ。少なくとも二十五枡でなければ、肌を合わせてはやらんからな」


 完全に会話を理解している前提で話してきて、遠慮会釈なしに意味不明で判る部分はとんでもない事言っているようだけど、幼女本人も条件次第では可なのか。


「霊気量も当然授かりの儀の後の話だ。親父殿もご承知下さい」

「そうだがな、二十五枡越えていたなら、高志は承知か」


 親父様が締めようとしたのにご大父様が食い下がってくる。青田買いどころか芽の出た種籾買い漁ってる。

 めんどくさいな。今断っても三歳になるまでずっと言ってくるだろうね。

 親父様が黙ってるから断れないんだろうな。


「あい」

「おお、よいのだな」

「あーい」

「よかった。そなたが常人なはずはありませんからね。貴凰もこれ以上の縁はないでしょうからね」


 後妻さんが一番喜んでる。この世界特有の事情があるみたい。

 自分でも変に思うくらい妙に理解力があるんだよね。これが感応力なのか。

 そんな訳で許嫁が出来ました。

 ワタシのラバさん中将の娘、口は悪いが黙ってりゃ美人。なんだっけこれ?

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