探し屋3
「ネットアプリとか、フィッシングサイトとかに引っかかった心当たりはないのかい?」
私の話を一通り聴いた譲葉煙は、至極妥当な仮説を打ち立てた。
私も初め、同じことを考えた。銀行口座の情報が抜かれて、他者が引き落とし先に指定するようになった。考えられるのはキャッシング情報や振込情報の漏洩で、知らないうちに詐欺サイトを利用した可能性が最も高い。
「それじゃあ作ったばかりの銀行口座でも引き落としが起こることの説明がつかないでしょうよ。門真さんはこの口座をどこにも登録してないんでしょう?」
その通りだ。それに、督促状を銀行に持っていったときに銀行員がそこに書かれた名前を私の名として読んだのも説明がつかない。
「ほとんどのことには説明が付けられそうだからこそ厄介だね。ちなみに現金はまだ大丈夫なのかい?」
具体的にどうなるとまずいのか想像はつかないが、少なくても知らないうちに金銭が減ることはない。
「ということは、貴女に降りかかる何かはお金を目当てにしたものではない」
「クスクスが門真さんにしたアドバイスも自分を棄てるなですからね。辻褄が合う」
猿田の話は辻褄が合うではなく、辻褄をあわせるではないのだろうか。
「そう単純な話でもない。私たちには、あの男の直観は与太や当て推量と切って捨てられないものなんだ。それに、一連の事態のうち、説明がつきにくいもの、誰も知らないはずの銀行口座からの引き落としと、督促状の読み仮名の件は、金目当ての悪戯にしては狙いがぼやけている。次にやるべきは貴女の部屋にある督促状、あるいは……貴女の携帯電話にかかってくるという電話の検分だろうか」
譲葉は淡々と考えを話すが、私にはまだ彼女たちが何を考えているのかがわからない。私に牙を向けている督促状らはいったい何だというのだろうか。
だが、私の疑問への回答よりも先に携帯が振動する。今日25回目の着信だ。
私が身体を震わせたのをみて、譲葉と猿田は素早く視線を交わした。
「門真さん、一度出てみてください。大丈夫、通話開始後の対応は私たちが行います。サル、不安だと思うから彼女の手を」
猿田がが震える私の右手を握る。ほとんど見知らぬ男に手を握られて安心できるとは思えなかったが不思議なことに震えが止まる。
左手で机上の携帯電話を通話にすると、数日前に聴いたのと同じ、鼓膜を刺すような甲高い声が鳴る
「私、ハラシナファイナンスサービス審査部のミツマメと申します。この度は、譟エ蜴滓弌譛ェ様の弊社サービスのお支払い方法について確認させていただきたいのですが、譟エ蜴滓弌譛ェ様ご本人でいらっしゃいますか? ご本人でなくてもできる仕事は山ほどありますが、この電話はご本人でなければ対応ができません」
ちがう、私は電話の主が求めている人間ではない。咄嗟に否定の声をあげようとしたが、喉や口が塞がれているわけでもないのに声が出ない。何が起こったか驚いて慌てる私の右手を猿田が力強く握りしめる。
「十分だ。電話は切るぞ」
譲葉が通話を切って数秒、猿田の力が緩むと同時に、私の口から音が漏れた。
「何なんですか…何が…」
「門真さん、混乱していると思うけれど、初めに伝えたでしょう。大切なのは一つ一つ確認することだ。
まず、今の電話は?」
誰が聴いても明らかなとおり、どこかの消費者金融の督促だ。社名が一致する消費者金融は存在しない。
私の説明に、譲葉と猿田は顔を見合わせた。
「それであんなに必死に話そうとしていたんですか。門真さん、これは俺たちを頼って正解だった」
猿田が机上に置いていた四角い機械を私の前に置く。「これは電話の音を録音したものだ。まずは聴いてみてくれ」
「遘√√ワ繝ゥ繧キ繝翫ヵ繧。繧、繝翫Φ繧ケ繧オ繝シ繝薙せ蟇ゥ譟サ驛ィ縺ョ繝溘ヤ繝槭Γ縺ィ逕ウ縺励∪縺吶ゅ%縺ョ蠎ヲ縺ッ縲∬ュ滂スエ陷エ貊灘シ瑚ュ幢スェ讒倥�蠑顔、セ繧オ繝シ繝薙せ縺ョ縺頑髪謇輔>譁ケ豕輔↓縺、縺�※遒コ隱阪&縺帙※縺�◆縺�縺阪◆縺��縺ァ縺吶′縲∬ュ滂スエ陷エ貊灘シ瑚ュ幢スェ讒倥#譛ャ莠コ縺ァ縺�i縺」縺励c縺�∪縺吶°�溘縺疲悽莠コ縺ァ縺ェ縺上※繧ゅ〒縺阪k莉穂コ九�螻ア縺サ縺ゥ縺ゅj縺セ縺吶′縲√%縺ョ髮サ隧ア縺ッ縺疲悽莠コ縺ァ縺ェ縺代l縺ー蟇セ蠢懊′縺ァ縺阪∪縺帙s…十分だ。電話は切るぞ」
端末から流れる電子音は人の声ではなかった。最後に聞こえた譲葉の声は聞こえている以上、端末の故障ではない。なら、私は何を聴いたのだ。
「私たちもハラシナファイナンスサービスなる会社の社員の声は聴いていない。貴女はこの端末が録音した奇妙な電子音におびえて、声をあげたんだ」
声。そう、あのとき私の声は出なかった。
「それは猿田の仕業だ。クスクスから貴女が電話に応答するのは望ましくないと聴いていたからね。
貴女はあのとき、猿田の示した威によって、言葉を発することができなくなっていたんだ」
「そして、門真亜里砂は異に侵されようとしている」
「要するに貴女は何かに呪われたんだ。門真亜里砂」
譲葉の現実感のない言葉に私は呆然とするしかなかった。けれども、馬鹿げたことだと一蹴できる根拠も気力も、そのときの私には残っていなかった。
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