探し屋1
チラシに書かれた住所は2つ。
1つは隣町の飲み屋街で、もう1つは数十年前に立入禁止になった土地のものだった。記載の住所は公的には存在しないし、地図検索アプリでみても人が住まなくなり森に覆われてしまった地域である。
もしかすると、昔は立入禁止区域、三瀬(ミツセ)に住所をおいた業者なのかもしれない。そう思ったが、隣町の事務所宛に電話をかけてみると、どこかの居酒屋に繋がってしまい要領を得ない。
チラシをみたことと、住所と電話番号が書いてあったことを伝えると、電話口の覇気のない男は妙に高い声で唸った。
「おねえさん!もしかして、こっちの番号に先にかけたのかい?」
普通はそうでしょう。そんなに驚かなくてもいいじゃない。なんとなくむかついたが声に出しても進まない。なるべく抑えてその通りだと答えると、今度はこぶしがはいった声で唸る。なんなのだ、この男。
「そいつは困ったなぁ。今日は20日でしょ。もう2、3日早ければねぇ」
ねぇ。と言われても困る。それは、探し屋がもういないということなのか?
「そうじゃないよ、ただ、お姉さん、確認だけど、こっちが先。あっちは後なんだよね?」
指示語がわかりにくいが、先に居酒屋の態度の悪い男に電話をかけていると言いたいのなら間違いはない。もう1つの住所には連絡を入れていない。
「それってつまり、お姉さんは探し物が何かを探して欲しいってことでしょう? なら、お姉さんはあっちじゃない」
なんだって? 聞き直そうにも何を質問すれば良いかがわからなかった。ただ、探し物を探していると言う言葉が、妙にすんなりと胸に落ちた。
「僕が言いたいのはね、お姉さんはこっちにかけてくるので正解だけど、残り時間が問題だってことなんだよ。今は20日だからさ」
胸に落ちた言葉はさておき、この要領の得ない会話には腹が立ってきた。言いたいことがあるならはっきりと言え。
「そう怒らないで。怒っても、お姉さんの状況は良くならないよ。ただ、こうやって電話をしてもそれは同じなんだ。三瀬まではどんなに頑張っても2日はかかるからね。1週間だ」
男は、1週間ともう一度繰り返した。
「それだけは耐えてもらわないとどうにもならない。1週間後、同じ電話に連絡を入れるよ。そうしたら、探し物を探す手助けができる。だから、そう……電話までは、お姉さんであることを棄てないで」
一方的に話して、男は電話を切った。プーッという切断音を聞きながら私は受話器を手放した。1週間後、同じ電話に連絡を入れる。男は確かにそう言った。だが、電話番号は告げていないし、本当にそんなことが起きるのか。
私は、自宅近隣から3つ離れた駅の公衆電話を見つめて立ち尽くすしかできなかった。
1週間、私を棄ててはいけない。
どういうことだろうか。男は私の相談や、私の身上を全く知らない。それどころか、話すら聞いていないのだ。探し屋のチラシを見た。ただそれだけで妙な反応をされて、1週間耐えろと言われる。
詐欺かな……? 急に我にかえって冷静な頭が戻ってくる。けれども、これが詐欺だというならいったいどこから詐欺が始まっているのだろう。督促状の山と、チラシは繋がっていて、今度は催眠商法のように会う場所を設定して金を奪うのだろうか。
そうか、口座に金がない理由に彼らは気づいたのではないだろうか。それじゃあ、保管場所が危ない。
背中を伝う冷や汗と一緒に、私は駅を出て家に急いだ。電車には乗らない。現金が減るのはなるべく止めたかったのだ。先週からは仕事もままならないので長期休暇を取っている。問題は今月分の給与が口座に振り込まれるタイミングだ。ややもすれば、口座を差し押さえられるだろう。
じゃあ、今から銀行にでも金融業者にでも行って、見知らぬ誰かの督促状でお金を支払う必要はないと叫べばいいのではないか。
いいや。それは止めたほうが良い。半月前の苦い経験が頭をもたげ、銀行へ訴え出ることは諦めた。あのとき、督促状に書いてある名を指して説明を求めた銀行員は、督促状をなぞりながら私の名前を呼んだのだ。
もう一度、同じ場面に遭遇したなら私は私でいられる自信がない。
1週間。差し出された藁にすがるための待ち時間が途方もないことに、私はここに至り初めて気がついた。
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