人体模型 第九話

部室を出て堂上先生の待つ準備室へと戻る。

俺の前を行く紗弥香先生は黙々と準備室へ早足で向かう。

俺もその後について行く。

しかし、突然足を止め振り返った紗弥香先生が一言。

「いい!部室での出来事は他言無用だからね」

また語気を強めて紗弥香先生は俺に言い放った。

俺はただ頷くだけだった。


何故、紗弥香先生はこんな手間な事をしたのだろうか?俺にはさっぱり理解できなかった。


俺の頭の中でいろいろな想定をする。

人体模型の姿で現れたのは俺を準備室から遠ざけたかったからではないかという事。

何のために?

疑問は残る。


更に俺自身の感覚でしかないが、準備室と紗弥香先生が着ている人体模型は別ものではないかという疑惑。

理由は体と体を交えてみて、感触というか交わった時の感じ方が全く別人のようにしか思えなかった。


準備室での人体模型も気持ち良かったが、紗弥香先生の人体模型は半端なかった。

気を抜けば意識を刈り取られる一歩手前まで行っていた。


ただ、今の雰囲気で紗弥香先生にもう一体、人体模型がいるのかどうかを聞く事ははできなかった。


準備室にはまだ、堂上先生も残っておられ、そしてうちのクラスメイトの蒼井 若葉の姿があった。

「あれ、蒼井?」

俺は思わず声をあげた。

こんな遅くに女子がレポートを提出にくる事に違和感を感じるとともに、もう一つの違和感をもった。


彼女は大人しく、うちのクラスでも優秀な人間、俺とは真逆といえる位置にいる。

そんな蒼井がレポート提出遅れは考えにくい。

それに俺が声をかけた時、蒼井は俺に顔を背けた。

俺と蒼井は仲が悪いわけではなし、顔を合わせれば挨拶もするし、蒼井からもきちんと返事は返ってくる。

“俺、蒼井に何かしたかなぁ?“

いろいろ思い返したところで何も思い出せない。


「もう遅いから蒼井さん、送ってあげて」と堂上先生。

俺は二つ返事で引き受けて、2人で帰る事になった。


“あ!そういえば紗弥香先生、準備室に入る前に姿が見えなくなっていた“

そんな事を考えながら、蒼井と2人で駅へと歩き出した。

途中、何か言いたげに足を止める蒼井。

普段、大人しい蒼井が突然、俺と腕を組んできた。

その時、フワァっとラバーの匂いが蒼井からした。

それは先ほど人体模型から出てきた紗弥香先生からもした匂い。


俺には今日の出来事が何となくだが、分かってきた。

俺と蒼井は腕を組んだまま、駅へとゆっくりと歩いて行く、体を寄せ合い。



人体模型 完

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