間章
ショートストーリー① はちみつ味
ある日の昼食。
「うっ、うええ……やっぱ無理だぁ」
匂いを嗅いでそれきり。
スプーンは口に運べなかった。
両親が好んで買うプレーンヨーグルトが、悠陽はあまり好きではない。いかにも「健康ですよ!」というナチュラルな味がどうにも無機質に感じられて受け付けないのだ。昔からそうだった。
向かいに座る美桜が呆れた声で言う。
「もー、なんでいけると思ったの、ゆう兄ちゃん」
「俺にだって考えはあるよ! ほら、寝て起きたら脳の作りが変わったりしてたら、食の好みが変わってるかもしれないじゃん? そういうSFを見たことがあるんだって」
身振り手振りを交えて、しどろもどろに説明する。
「それで結果はどうだった?」
「ダメだったわ……」
「ふふふ。残念」
美桜にくすくす笑われると悠陽は恥ずかしくなってくる。
「ふん、いいよ。これも健康のためだから黙って食うから」
「もぉ、拗ねないで。たしか戸棚にアレがあった気がするから……」
そう言って美桜はキッチンからハチミツを持ってくる。
「これなら甘くなって食べやすいでしょ」
悠陽だって考えなかったわけじゃない。
ジャムやハチミツを入れればいいことくらいは分かっていた。
「ありがとう、でも。甘いのを入れたらなんか負けた気がするんだ……!」
「えっ、なんで!?」
「だってほら、健康のために食べてるのに甘くしちゃうって、なんか不健康で元も子もない感じがするじゃん」
「ああなんだ、そゆこと?」
美桜がポンと手を叩く。
「それなら大丈夫だよ。ハチミツを入れる方が健康的なんだから」
「へ? そうなの?」
今度は悠陽が驚く番だった。
「うん! ハチミツに含まれるオリゴ糖は善玉菌を増やす効果があるんだって。だから腸内環境を整えるにはバッチリな組み合わせなの。甘いからってカラダに悪いわけじゃないんだよ」
悠陽はほえー、と感心してしまった。
尊敬のこもった眼差しを向けると、美桜はえへんえへんと胸を張る。
「だからはい、どうぞ」
「う、ありがとう……」
悠陽はハチミツ入りのヨーグルトを食べた。
食べ終えてソファでくつろいでいると、美桜が「ところでゆう兄ちゃん」と切り出す。
「甘いからってカラダに悪いわけじゃないといえばさ」
「そんな”といえば”は聞いたことがないけど、うん、どうしたの?」
美桜は恥ずかしそうに頬を染めながら、早口で言う。
「キスをするとセロトニンとかエンドルフィンとか幸せホルモンが出るっていうんだ。免疫力アップしたりっていう効果があるの、だから──」
悠陽の肩を美桜の手がガシッと掴む。
「──健康のためにも、キスしよ」
「します!!!」
交えた唇は、ほんのりと甘かった。
これはハチミツのせいだろうか?
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