ショートストーリー② 美桜の制服姿

 悠陽宅のリビング。

 美桜が、悠陽の周りをぐるぐると回り、興奮した声をあげる。


「おー! おおおー!」

「な、なんだよ……」

「いやぁ、これはなかなか、ふむふむ。へえへえ」


 じろじろと舐め回すように悠陽を見つめた美桜は、ひとしきり堪能し終えると、ごちそうさま! と手を合わせる。


「その制服、似合ってるよゆう兄ちゃん!」


 悠陽は昨日届いたばかりの、高校の制服をおろしていた。


「中学までは学ランだったから、ブレザータイプの制服にはどうも慣れないな」

「わかるなー。ブレザーって重いよね」

「それ。思ったよりも生地が分厚くて……窮屈だな」

「でも大人っぽく見えるよ、ゆう兄ちゃん」

「そう、かな」


 不安そうに尋ねると、美桜の目がキラリと光る。


「うん。落ち着いた紺色のブレザーは大人びて見えるよ。チェックのネクタイはあか抜けて見えるし」

「おおっ」


 お世辞でもありがとう、と言おうとする悠陽。しかし美桜はそこで止まらず。


「まぁ、まだ丈が合わなかったり、ネクタイの結びが甘いあたりに背伸びをしてる初々しい男子高校生って感じが見えて、うん、とってもイイ感じ。個人的にはもうちょっと筋肉がミチミチなほうが美味しい──」


 早口でまくし立てていた美桜が固まる。

 悠陽はいきなりテンションの変わった美桜に困惑してしまう。


「き、筋肉がミチミチ?」

「はっ! わ、忘れて……コホン! と、とにかくっ」


 美桜がパンと手を叩く。


「ゆう兄ちゃんの制服は似合ってるなあってこと!」

「なんだか強引にまとめられた気がするな……」

「ナンデモナイヨ」

「まあいいや。それで、なんでまた制服を着てくれなんて言いだしたの?」


 昨日の夜にメッセージが飛んできて、悠陽は驚いたのだ。


「だって、ズルいじゃん」

「ずるい? なにが?」

「私はもう二十歳になっちゃったから、ゆう兄ちゃんと一緒の学校に通えないじゃん?」

「そりゃ、まあ」

「だからズルいなって。ゆう兄ちゃんと同じ学校に通える人が」

「……いや、でもそれ十年前だって無理だからな?」


 コールドスリープにつかなかったとしても、悠陽が18歳になるころには美桜は13歳。悠陽が高校を卒業する年に美桜はようやく中学生といった具合なのだ。


「そーだけどー、でもそうじゃないじゃん! 私も一緒に通う気分を味わいたいじゃん!」

「なるほど。……なるほど?」


 一緒に通うって? と尋ねようとしたところ。


「だからこれ! じゃんっ」


 美桜はソファの陰から大きな紙袋を取り出した。


「持ってきちゃった♪」




 5分後。


「どーよ、ゆう兄ちゃん! まだまだ現役いけるでしょ☆」


 廊下に退避していた悠陽がリビングに戻ると、高校の制服に身を包む幼馴染(20)が爆誕していた。

 ベージュのブレザー。緑のリボン。短く折り込まれたスカート。


「どうっ?」

「可愛い」


 即座に断言する悠陽。

 美桜は頬をゆるめて喜ぶ。


「へへへへへ……」


(……いや、うん、可愛いのは間違いないよ。でもさ、うぅん……)


 悠陽は唸ってしまう。

 どう見ても胸がはち切れそうだ。ブレザーのボタンを留めようとして格闘していた声は、廊下からでも聞こえていた。

 ワイシャツもパツパツになっていて、ボタンとボタンとの間にはスキマが生まれている。


(こんな同級生がいたら目を奪われない自信がないっ……!)


「あれあれ? ゆう兄ちゃん顔赤くなーい? もしかして私の制服姿、気に入っちゃった? また見たい? もっと見たい?」

「っ……! そ、そんなこと………………」


 ある。ありまくる。

 一緒に通う妄想をしたい。 

 登校したり、授業を受けたり。図書室で宿題やったり、帰り道で買い食いしたり、修学旅行でみんなとはぐれて二人きりの旅行になったり、したい。

 めっちゃ妄想が捗るから、また着てほしい。

 けれど悠陽は正直に答えるのが恥ずかしかった。


(可愛いとは言えるよ。でも、また見せてって言うのは……なんか、それはその、俺がそーゆー目で見てるってことを伝えるみたいで、恥ずかしいじゃん!!!)


 悠陽の葛藤を知ってか知らずか、美桜はニマニマ笑う。


「ん~? ハッキリ言われないと分からないなぁ~」


 うりうり、と美桜が腕を組んで詰め寄ってくる。

 ブレザーの厚い布越しにも柔らかい質量は分かるんだ、と悠陽は世界の真理を知ってしまう。


「か、かわいいからっ! また見せてください!!!」


 顔を真っ赤にして悠陽がそう答えた瞬間。

 リビングのドアが開き、悠陽の母が帰宅した。

 母が鞄をどさっと落とす。


「あの、違うんだこれは、その」

「……避妊はしなさいよ?」

「「してませんから!!!!!!!!」」




 そのあと一週間、イジられ続けたのは致し方あるまい。

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