幕間 美桜⑥ (※この女、ドスケベにつき2)

(ゆう兄ちゃんの筋肉……めちゃくちゃ触り心地よかったな……)


 美桜は頬杖をついて恍惚の表情を浮かべていた。

 バイトの休憩中だ。悠陽の家で早い晩ごはんを食べたあと、夕方から深夜にかけてのファミレスで働いていた。

 先ほどまでの悠陽とのストレッチを思い出す。


(筋肉って思ったほど硬いわけじゃないのにゴムみたいに弾力があって……不思議な感触だよね……クセになる……)


 ほうっと、満足なため息が再びこぼれる。

 すると、美桜の前の席に人影が腰を下ろして。


「ずいぶんじゃん」


 同僚の沙苗さなえが声をかけてきた。

 中性的な見た目と背格好からよく男に間違えられる、二十歳のイケメン女子だ。事実、悠陽もバレンタインバザールにて男だと間違えたことがある。


「さなえ~、聞いてよ~」

「はいはいどうせ”ゆう兄ちゃん”の話でしょ」

「えっ、なんでわかるの」

「あんたが他の名前を言ったことある?」

「あるよ! 失礼な!」


 猛然と反論する美桜。

 沙苗はしらーっとした目を向ける。


「ほー、あたしの名前は除いても?」

「……クリスマスにサンタクロースって言ったと思う」

「それを人名にカウントするなよ! ナシだ、ナシ!」

「あ、あとはほら、浦島太郎とか」


 美桜はパタパタと慌てながら身振り手振りで訴える。


「うらしまァ? さっきからフィクションじゃないの。そんなこと言ったっけ?」

「ほら、ゆう兄ちゃんが浦島太郎みたいな状態だね、って」

「どっからでもゆう兄ちゃんに辿たどりつくじゃんか!」


 沙苗は諦めたように肩をすくめた。


「そんで、例の”ゆう兄ちゃん”くんがどうしたの。またカッコいいって?」

「違うの。ちょっとこう、もやっとしちゃうっていうかさ」

「ほぉ?」


 沙苗は、いつもと違って思いつめた美桜の反応に身を乗り出した。


「なんか心が晴れないって感じか?」

「うん。さっきゆう兄ちゃんの筋肉を触ったんだけどさ」

「待って美桜、犯罪の話???」


 ぐえー、と沙苗は身体をらせた。

 美桜は必死に反論する。


「ち、違うよもう! 変なこと言わないで!」

「あんたむっつりスケベだからな……いつかやるとは思ってたけど……」

「ストレッチで! ストレッチだから!」

「犯罪を起こすやつはみんなそう言うんだよ!」

「筋トレしたあとだから! なんか筋肉痛にならない? らしいの!!! ゆう兄ちゃんに頼まれたんだから!」


 美桜が必死に無罪を主張する。

 沙苗は「ふぅん?」と疑りつつも納得してみせた。

 実際のところは、ストレッチと関係のない動きで触っていたので疑惑の判定だったが、美桜の自覚では関係あるつもりだった。

 認知というのは不思議なものだ。


「それで? ストレッチしたらなにがモヤッとしたの」

「自分でもよく分からないんだけど……」

「ふんふん」

「ゆう兄ちゃんが元気になるのは嬉しいの。嬉しいんだけどさ。もしも体力も戻って、検査でもなにもなくなって、すっかり元に戻りましたってなったら、その」


 美桜は言い淀む。、それから再び口を開く。


「私から離れていっちゃう気がしててさ」

「へえ?」

「今みたいな関係性じゃいられないのかなって予感がしたの。ゆう兄ちゃんがどこかに行っちゃってさ、私だけが暗がりに取り残されちゃうみたいな感じ」

「なんか不吉ね」

「……そうだね、そうかも」


 美桜は頷いて納得する。


(そっか。だから私、ゆう兄ちゃんにストレッチを手伝ってって言われたとき、とっさに拒否ったんだ。このの正体はまだ、分からないけど……)


「でもストレッチは手伝ったんだ?」

「うん……なんでもしてくれるって言うから、つい」


 美桜が照れくさそうに頭を掻く。

 沙苗は呆れた顔でお手上げのジェスチャーをした。


「……あんたそれ、モヤモヤしてたんじゃなくてムラムラしてたんじゃないの?」

「ムッ……!? 違うって! なにもしてないから! まだ!!!」

「あんたまさか……ちょっとやめてよね。あんたが抜けたらシフトに空きが出るでしょ」

「そこはシフトよりも私を心配して!?」


(まだ大丈夫……だよね?)


 段々と自分のことが信じられなくなる美桜であった。

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