第30話 ホワイトデー大作戦 前編

 朝食の席。 

 悠陽は父親からの言葉にトーストを落としそうになる。


「最近は美桜ちゃん来ないんだな」


 などと言うからだ。

 今朝は母親が早めの出勤。男二人での朝食だった。

 そこで切り込むような質問。

 悠陽がいま最も気にしている問題だ。

 パスタの写真を送ってから数日。相変わらず距離感を探り合うだけの日々が続いていた。

 もしやこのまま自分たちの関係は自然消滅するのでは、とすら思っているところに、父親のこの質問。

 悠陽はめちゃくちゃにキョドってしまう。


「あ、あー、うん、まあ俺もわりと元気になってきたし? 別に平気っていうか?」

「ほぉん…………」


 意味深に相槌を打つ父を、悠陽はキュッとにらむ。


「なんだよ」

「なんでもない。ま、寂しくなるなと思っただけだ」

「それは……」


 悠陽は言葉を返しかけて口をつぐむ。


(そっか。俺も、きっと──……)


 悠陽がトーストにかじりつく。

 父親はごちそうさまと手を合わせて食器を片付け始める。


「そうだ悠陽。おまえ、お返しの準備はしてるのか」


 キッチンの奥から尋ねられ、悠陽は首を傾げる。


「なに、お返しって」

「おいおい。まだ寝ぼけてるのか。もうすぐホワイトデーだろう」

「はぁ」


 確かに三日後はホワイトデーだ。


「なんだその返事は。チョコ貰ってないのか。美桜ちゃんから」


 言われて思い返すのは一か月前。バレンタインバザールでのデートのこと。


「……あれ……?」

「ウソだろおまえ。まさかデートまでしといて……」

「えー……とォ……………………」


 そのまさかだった。

 悠陽はチョコを貰っていない。なんなら美桜は一人でチョコドーナツを山ほど食べて満腹になっていたというのに。

 悠陽の沈黙を察した父親は憐れみの目を向ける。


「おまえ、美桜ちゃんが小っちゃいころは毎年貰ってたのになぁ」

「やめて! 傷をえぐらないで!」


 悠陽は首を絞められた気分だった。

 父親はごめんごめんと笑う。


「じゃあ、ホワイトデーには特になにも贈らないんだな。俺はほら、母さんに買うからさ。もしあれならなにか用意しておこうかと思ったけど」

「それは……」


 悠陽は黙ってしまう。

 普通に考えればそれでいい。元よりバレンタインバザールに連れて行ったのは悠陽だし、それも面倒を見てくれるお礼というのが建前ではあった。だから美桜がチョコを渡してくれなかったことも当然といえば当然。それならホワイトデーになにかをする必要だって無い。

 けれど。


「……俺、お返しするよ」

「へぇ」


 父親は意外そうな声を出す。

 悠陽は、自分の決断がおかしなものだったかもしれないと、言い訳のように言葉を連ねる。


「いや、えっと、貰ってないのにお返しってのはヘンな話かもしれないけどさ、でも、その……」

「いいんじゃないか、別に」

「……そう、かな。ヘンじゃねえかな」

「イベントなんか楽しんだもの勝ちだろう。悠陽は美桜ちゃんに贈り物がしたいのか? したくないのか?」


 父親は洗い物を終えて台所から出てくる。

 悠陽はごちそうさまと手を合わせて立ち上がった。


「する! 俺は、美桜ちゃんにプレゼントしたい!」


 父親は悠陽の肩をポンと叩く。


「そうか。じゃあくれぐれもには気を付けろよ」


 そう言い残すと、父親は支度をすませて仕事に行ってしまった。


「……贈り物の意味?」


 洗い物を終えた悠陽は「そういえばそんなものあったな」とスマホを手に取る。

『ホワイトデー お返し 意味』と検索。

 すると。


「えっ、こんなに種類があるのか」


 クッキーの意味は「あなたは友達」、サクッとした軽い関係という意味。

 マシュマロは「あなたが嫌い」、柔らかいマシュマロに包んでやんわりと告白を断るイメージから来ているという。


「これはさすがに無しだな」


 キャラメルは「一緒にいると安心できる」、ゆっくりと溶けていくことを心が少しづつ打ち解けていく様子にかけているらしい。

 キャンディは「あなたが好き」、長く味わえるから、長く交際したいという意味にかけているそう。


(さすがにこれは直接的すぎる、よな。美桜ちゃんだってお返しの意味くらい調べちゃうかもしれないし。……にしても)


「分かってはいたけど、めっちゃだよな」


 並べられた意味は、誰が考えたのか、言葉遊びのようなものばかり。

 それでもスマホをスクロールする手は止まらない。


(分かってても、こういうのって気にしちゃうんだよなぁ)


「マカロンは「あなたは特別」。特別というのは恋愛感情に限らない……へえ……」


 悪くないかもしれない。駅前で買えただろうか、と思ったところで悠陽の指先が止まる。

 視界に入ったのは別のお菓子とその意味。

 マドレーヌだった。

 その意味を見て──


「アリだな。これなら駅前でも売ってるだろうし、今日のうちに下見でもしてきて……」


 立ち上がった悠陽は動きを止める。

 いや待てよ、とばかりに考えこみ、一つの結論を導き出す。


「……作るか、マドレーヌ」


(それで俺の気持ちをちゃんと伝えるんだ。大丈夫、ホワイトデーは三日後。てことはあと二日ある。二日……)


「ぜんぜん時間ねえじゃん!」


 悠陽は慌てて準備に取り掛かる。

 なにせ、焼き菓子など作ったこともないのだ。

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