第25話 お買い物リベンジ

「私、ゆう兄ちゃんの保護者なんですけど、店員さんは兄ちゃんとどーゆー関係ですか!?」


 美桜は女性店員と悠陽の間に立つ。

 がるる、と番犬のように威嚇いかくする美桜。


(あれ? 美桜ちゃん、なんか様子がヘンじゃないか? なんか、トゲトゲしてるっていうか、いや、これはもしかして……)


「わ、私、大森美桜っていうんですけどっ、あの、大きい森に、美術の美に、チェリーの桜でしてっ! あっ、えと、本当は『美しい桜って書きます』って言うほうがラクなんですけど、自分で美しいっていうのは抵抗があったから考えた言い方で、えっとえっとえっと~……」


 美桜はテンパっていた!

 パタパタと手を動かしてわけのわからない話をしている。

 言うなればお目々ぐるぐる状態。錯乱のサインは、唐突な自己紹介と脱線する話題からも察することができた。

 突然のことに女性店員は戸惑いを隠せていない。


「え、え、関係? ただの……元クラスメイト?」


 それ以上でも以下でもない返事。

 だが美桜は疑り深くジロジロと見る。


「ふぅん。泣きながらも嬉しそうな顔して……ずいぶんヒロインみたいな行動じゃあないですか」

「ひ、ヒロイン?」

「じゃなけりゃどうして泣いてたんです?」

「ええと、難病だって聞いてた元クラスメイトが普通に暮らしてるのを見て、感極まっちゃって」

「へぇー、元クラスメイト、ね。本当にそれだけなんですか? 実は10年前には告げられなかった想いがあったりするんじゃないんですか? だって泣いちゃうくらいですもんねえ!」

「へ? いや、えっと。別に小林君とは特に仲良かったわけでは……。泣いてしまったのは、私が泣き虫だから……ですかね」


 気恥ずかしそうに店員の女性がはにかむ。

 美桜はふふん、と腕組みをした。


「幼馴染である私はそのくらいでは動じたりしませんけどね」


 ドヤ、と大きく胸を張る美桜。

 もちろん嘘である。目を覚ましたとき、どれだけ美桜が泣きじゃくっていたか。


「は、はあ……幼馴染さん……」

「ええ! 私はゆう兄ちゃんと幼馴染なんです。今だと保護者でもあるんですけど。それで、保護者たる私を通さずに、ゆう兄ちゃんに何の用事です?」

「えと……あの、私は別に、その……」


 店員さんは、じりり、と一歩退く。


(美桜ちゃん、暴走してるなあ……)


 悠陽は美桜の手をぐいっと引っ張る。


「ぎゃう! なにするのゆう兄ちゃん!」

「まず、美桜ちゃんは保護者ではないでしょ。どちらかというと守護霊だったじゃん」

「しゅ、しゅごれい!?」

「そ、守護してくれる幽霊」


 心外だ! とでもいうように抗議する美桜。

 だが悠陽も譲らない。


「店員さんびっくりしてるだろ。とりあえず落ち着いてよ」

「ゆう兄ちゃん! どうしてその人をかばうの!? まさか二人の間には私の知らない秘め事が……」

「ないない。申し訳ないけど名前も顔も憶えてないくらいなんだ」

「でも魂は憶えてる……ってこと!?」

「なんでそうなる」


 悠陽は店員へとおじぎをする。


「ごめん、お仕事の邪魔しちゃって……それとあなた──キミのこと憶えてなくて」

「えと、それは別に大丈夫。むしろ、その、ごめんなさい……?」


 店員さんがこわごわと美桜を見る。

 完全に野生のケモノを警戒する態度だ。


「このにはあとでよく言っておくよ」

「そ、そう……ありがとう」


 女性は分かりやすくホッとしてみせた。

 これ以上、時間を取らせてしまう前に売り場を去ろうときびすを返しかけ、悠陽は元の用事を思い出す。


「鶏むね肉ってどれがオススメ?」



◆ ◇ ◆



 数分後。悠陽は店を出る。


「ふ、支払いゲートはもう怖くないぜ……」


 前回とは違い、何事もなく目当てのモノを買い終えていた。余裕の笑みだった。

 後ろから美桜がちょこちょことついてくる。

 そのほっぺたは不満げにぷくぷくと膨れていて。


「ゆう兄ちゃん。さっきはなんで止めたの」


 さっき。女の店員と話していたときのことだ。


「だって迷惑かけちゃってたろ。美桜ちゃんってばいきなりあの女の人につっかかって」

「つっかかってないもん。だって、なんか感動の再会っぽく泣いてたし、妙にヒロインムーブをするから……まさか変な虫がついてるんじゃないかと思ってもにょもにょ……」

「虫? よく分からないけど、あの人が困ってたから止めただけだよ。そんだけ」

「むぅ。優しくするんだ」


 美桜がどうして唇を尖らせるのか悠陽には分からなかった。


「優しさってよりは……まぁ、ぶっちゃけ気まずかったんだよ」


 ばつが悪そうに悠陽がほおを掻く。


「へ? 気まずい?」

「あの元クラスメイト? のことはぜんぜん憶えてなかったからさ。話が広がりようもないし。それに……」

「それに?」


 美桜に尋ねられ、悠陽は言い淀む。


(……正直、あんまり見たくなかったな。元同級生がもう社会に出ている姿なんてさ)


 美桜が成長した姿を見るのとは違う感想が胸に沈んでいく。

 自分がコールドスリープについている10年の間にも、悠陽の同級生である彼ら彼女らは学び、働いてきたのだ。


(自分が悪いとは思わないけど……やっぱり置いてけぼりにされちゃった気がして……ああ、そっか)


 寂しいんだ。

 悠陽は自分の気持ちに気付いて押し黙る。


「ゆう兄ちゃん?」

「……なんでもない。とにかくいいだろ、美桜ちゃんが迷惑かける前に『』の俺がなんとかしたの」

「ふぅん? へぇん? ほぉん?」

「なにを疑ってるんだ、なにを」


 まだ不服そうな美桜が、悠陽の背後から両肩に手をと乗せる。つむじのあたりをじろじろと見つめる。


「まぁ、信じてあげないこともないよ」

「なんで偉そうなんだ……」


 じゃれ合いながら帰り道を歩く。

 もちろん今日は一人で買い物袋を持って。


「どぉ、ゆう兄ちゃん。今日のは筋肉痛にならなさそう?」

「あの日より軽いけど、まあ、そこはご愛嬌あいきょうで」

「おおっ。なになに、重さが足りないってぇ?」

「言ってない言ってない!」

「ふっふー、じゃあ、ちょっとだけ重くしてあげようか」

「言ってないって!」


 否定するのも聴かず、美桜は悠陽の手を──買い物袋を持っていない方の手を握った。


「なっ!」


 すべすべとしてやわらかな感触に悠陽の心臓が跳ねた。


「ふっふー。これで重くなったね。筋トレになるよ!」

「それはそうかもしれな……いやいやいやそうか??? 筋トレになるか??」

「なるよ、ほら」


 美桜はいたずらっぽく悠陽の手をギュッと握りしめる。リズミカルに、ギュッ、ギュッ、ギュッと。

 握られただけでもドキドキしていた胸の鼓動がさらに高なっていくのを感じる。


「こうすれば握力が鍛えられるじゃん♪」

「えあ、おあ、おぁ」


 握りこまれるたび悠陽は言葉を失う。顔を赤くしていく。

 じんわりと手汗がにじんできたのが、二人の手のひらの間にしみていく。


「ほらっ、ほらっ、さん、しっ。ごー、ろく、ギュッ、ギュッ」

「お、ぉお、ぅん」

「ほら、いっしょに、さん、しーっ」


(あああ!!! なんか分からんけどこれはエロすぎるだろ!!!!)


 こうして悠陽は家に帰るまで顔を真っ赤にしてにいそしんだ。

 お買い物リベンジも無事成功し、料理を一人で完成させ。


「んー! これおいしいよゆう兄ちゃん!」


 喜ぶ美桜に、悠陽は満足感を噛みしめる。


(どっと疲れたけど、この笑顔が見れたなら、頑張った甲斐もあったかな)


 検査入院は三日後に迫っている。

 美桜と旅行に行けるかどうかの最初の関門が、もうすぐ訪れる──

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