第24話 守護霊、美桜

「えっ、えっ、ゆう兄ちゃん一人でお買い物行くの!?」


 悠陽が出かけるべくエプロンを外していると美桜は驚いた。


「うん、言ったでしょリベンジって」

「言ってたけど……一人でお買い物にいくのがリベンジ、ってこと?」

「ああ。前に二人で買い物行ったじゃん」

「うん、味醂みりんを買いに行ったとき、だよね」


 生姜焼きのには味醂みりんが欠かせないと美桜が言い張ったために、急遽きゅうきょ、買い出しをすることになったときのことだ。

 二人で買い物カゴを握り締めながら買い物をしたのも、すでに懐かしかった。


「そうそう。俺が清算ゲートを通過しようとして店員さんがすっ飛んできたやつ」

「次の日筋肉痛になっちゃったやつだ」

「うぐ……」


 無自覚の槍が悠陽を貫いた!

 悪意のない一撃の方が急所に当たることもある。


「えっ、なんでダメージ受けたの!?」

「いや……うん」


 悠陽は脱いだエプロンをたたみながら、言葉をにごす。

 

(……あの件でけっこう凹んだんだよなあ。体力は戻ってないし、現代に適応できてないし、って。でも──だからこそのリベンジ!)


「ほら、もうすぐ定期健診だろ? このくらいでへばってるようじゃ、ダメだと思うんだ」

「だから、一人で?」

「ああ、家で待っててくれよな。何事もなく帰ってくるからさ」

「……わかった。おうちで待ってるね」


 悠陽は見送られながら家を出た。

 のだが。


(あれ、どうみても美桜ちゃんだよな)


 赤信号で立ち止まった悠陽は、さりげない動きで後ろを振り向く。

 ひとつの人影がササッと街角に姿を隠す。

 一瞬しか見えなかったが、悠陽の目には見覚えのあるシルエットで。

 先ほど見送ってくれたばかりの幼馴染が、「家で待つ」と言っていた幼馴染が、後ろからついてきているのだ


(めっちゃ尾行してくるじゃん!)


 マスクとサングラスをしていた気がする。

 変装のつもりだろうか。


(さっきピンクのシュシュも見えたし、美桜ちゃんで間違いないよな)


 悠陽は幼馴染の奇行にうーむと腕を組む。


(確かに昔から俺の後ろをちょこまかと付いてくる子だったけど、これはちょっと意味が違うよな!?)


 慕ってくる、という意味を超えつつある美桜。

 だがその幼馴染を。


(……まあ、うん、見なかったことにしてあげよう。守護霊みたいなもんだな)


 悠陽は割り切ることにした。



 スーパーに辿りつき、入り口のゲートを潜る。

 以前の失態のあと、母親が、生体情報を母親の口座と結び付けてくれたのだ。つまり、悠陽の生体情報でも買い物ができるようになったということ。

 買い物カゴを手に取り、店内を進む。


「ええと、肉のコーナーは……」


 悠陽は天井を見上げて液晶案内表示デジタルサイネージに目を走らせる。


(ここまでは前に来た時と同じだよなー……っと、よし、見つけた)


 表示通りに角を曲がっていくと、精肉売り場に辿りつく。


(さてさて、鶏むね肉を買っちゃって終わりっすねえ! 簡単じゃないか)


 そう思って棚の前に立った悠陽は固まってしまう。


(やばい……たぶんちゃんと区分くわけされてるはず、なんだけど、どれがどれか分からねえ……)


 スーパーに慣れていない悠陽にとっては、ぜんぶが『お肉』という括りになってしまい、それ以上に細かく見分けることができないでいた。

 ぜんぶ、だいたいピンク色。おにく。

 そこで悠陽の脳は処理を止めてしまったのだ。


(ええと、こういうときは……)


 悠陽は逸る気持ちを抑えてあたりを見わたす。 

 ちょうど求めていた人影を見つける。

 エプロン姿で衛生キャップを被った店員が、バックヤードから出てきたところだった。

 精肉を乗せたカートを押している、20代半ばころの女性だった。


(助かった、聞いてみよう)


 と悠陽がホッとして話しかけようとしたところ、目が合ったその女性店員は、驚いた顔で立ち止まった。

 亡霊を見たような表情で気のない声を上げる。


「えっ」

「えっ?」


(なになになに。俺なんかしちゃった?)


 店員さんに驚かれる原因に心当たりはない。

 戸惑う悠陽へ、店員の女性は震える声で問いかけてくる。


「……え、あのさ……えと、間違ってたら申し訳ないのですが……」


 敬語とタメ口の混じったおかしな言い方。

 しかし、悠陽が驚いたのは次に発される言葉。


「もしかして小林こばやし悠陽ゆうひくん?」

「えっ」


(この店員さん、俺のことを知ってる!? なんで!?)


「えっ、合ってる、よね? ……ますよね?」

「あ、合ってるけど、えっと……」


(誰だ? どこかで会ったことある?)


 誰だか分からないのに素性を明かしてしまったと、悠陽の中の冷静な部分が言っているが、それどころではなかった。


「あー、えっと、私、いちおう中二の時、同じクラスだったんだ」

「えっ」

「たぶん憶えてないかもしれないけど」

「えーとえーと……ごめんな、いま思い出すから……」


 だから敬語とタメ口が混じっていたのかと悠陽は納得する。

 知った顔に見えるけど、10年前と同じ姿だから、本人だろうかと疑っていたから、だろうと。


(たしかになんか見覚えはあるんだ。面影は、いや、うーん……中学生と社会人だと顔立ちも変わるしメイクもしてるしで、うん)


「ごめん、思い出せない……」


(美桜ちゃんのことだってすぐに分からなかったくらいだし)


 しょぼくれて答えると、元クラスメイトの女性は慌てた。


「ああ、いいのいいの別に。ただほら、コールドスリープについたってことだけウワサで聞いてから、その、まさか元気に過ごしてるだなんて思いもしなくて、それで……あはは、なんか涙出てきちゃった」

「えっ、おお、ええ!? だ、大丈夫……です?」


 年上の女性に泣かれるのは心臓に悪い。

 悠陽は身をもって実感していた。


「うん、気にしないで。大丈夫です。ただ、ちょっと感傷的になっただけで、なんなら嬉しいくらいのやつだから」


 へへ、と女性は笑う。

 よかったと胸をなでおろす悠陽。

 思わぬ展開になったけれどどうしよう、というところで、大きな影が飛び込んできて。


「ちょーッと待ったあ!」


 見慣れたその顔は。


「美桜ちゃん!?」


 驚く悠陽を放って、美桜はずんずんと女性店員へと近づいていく。


「私、ゆう兄ちゃんの保護者なんですけど、店員さんは兄ちゃんとどーゆー関係ですか!?」

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