第19話 美桜と一緒に汗をかく! 後編

 リビングは男女の汗と熱気でこもっていた。


「ひっ、ひっ、ふいっ、ゆう兄ちゃんっ、これっ、しんどいっ」

「が、がんばれっ、おれもっ、しんどいからっ」


 息を荒げて体を動かす二人。

 悠陽たちはエクササイズとアクションを融合させたゲームをしていた。

 スクワットや腿上げ、他にもいろいろなエクササイズをすることで敵のモンスターを倒していくという人気フィットネスゲームだ。

 医者に勧められていたので、悠陽たちはやっているのだった。


(確かにしんどい……)


 スマートウォッチにはバイタルの急激な変化を告げる通知が届いている。だが、プレイへの影響を考え、音は切っておいた。医者からも運動時は音を切ってもいいと言われていたのだ。


(しんどいけど、でも、運動のしんどさだけじゃなくて……)


 悠陽はチラリと隣の美桜を見る。


「このボス、強すぎないかな!? ひっ、ふいっ……ああもうっ、動きづらすぎっ!」


(そりゃ、高校の時のジャージですもんね……)


 動きやすい服装で、とは伝えていた。

 だからって高校の時のジャージを引っ張り出してくるとは、悠陽も想像していなかった。

 それならなぜ動きづらいのか。


(たぶん、高校のときよりもあれこれ成長したんだろうな……)


 パツパツの紺色のジャージが美桜のボディを包みこんでいる。

 つるりとした生地がどこかなまめかしい。


「ああっ、ダメだ我慢できないっ!」

「ど、どうした?」

「動きにくいし暑すぎるっ……! ちょっとゆう兄ちゃん……しばらくタイムっ……!」

「えっ」

「ごめんね、ジャージ、脱ぐからっ! バトルは任せたよっ」

「えっ」


 急にボス戦を一人で任されてしまう悠陽!

 しかも隣では脱衣が始まろうとしているのだ!


(くそっ、どっちに集中したら……いやいや、バトルの方にすべきなんだろうけどっ! でもよ……!)


 必死に動きながらも目線は美桜を向いてしまう。

 美桜はジャージのファスナーを下ろしたところだった。

 中からは真っ白な体操着──高校の名前がプリントされたものが姿を現した。

 そしてなによりも目立つのがジャージに隠されていた大きな胸。


(ジャージって意外と体型が隠れるんだ~)


 内側に秘められていた大いなる可能性に悠陽は感心させられ。


「あっ」


 気を抜いたらボスである魔王からの攻撃を喰らった。


(やばい……こんなんボスが2体いるようなもんだぞ!? いや……右の胸と左の胸が別々に暴れてやがる……実質3体だっ!)


 もはやこれまでかと思われたとき、美桜がコントローラーを装着し終えて。


「ごめんねゆう兄ちゃん、一人でやらせて……おまたせっ!」

「お、おう!」

「ボスの体力はあと半分! がんばって倒しちゃお!」


 美桜がぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 そのたびに胸元の二つの大きな塊がドムンドムンと重たく揺れた。

 ジャージは押さえつけてくれていたのだ。この暴力の塊を!


(うぉ……でっか……!)


 隣の悠陽の意識は、強引にそちらに奪われてしまう。結果、よそ見になってしまい。


「ゆう兄ちゃん、今はスクワットだよ! 腿上げじゃないよっ」

「おえぁっ!? ソッスネ、ハイ!!!」


 そうして完全体になった美桜と二人でボスに挑んだ。

 のだが。


(このボス……強すぎないか!?)


 ボスが第二形態になったところで、美桜がダウンしてしまった。


「も、もうダメ~……」

「美桜ちゃーん! ……くっ、ここまでか」


 へなへなと倒れ込む美桜に敬礼。


(ありがとう、休んでてくれよ美桜ちゃん。その命、無駄にはしないっ!)


 悠陽はすっかり戦士の気分だった。


(ここからは、俺だけで……俺一人で、ボスを倒す!)


 勇む悠陽に、倒れている美桜から声がかかる。


「ゆ、ゆう兄ちゃん……休んで……一人でなんて無理だよ」

「いいや、まだだ。まだ終わってないっ」

「でも、それ以上やったら明日の筋肉痛が……っ!」


 言われて悠陽はハッとする。

 買い物袋を持って筋肉痛を起こしたのは記憶に新しい。

 でも、それでも。


「ここで倒せなかったら意味がないんだ! ボスを倒そうって決めたんだから!」

「ゆう兄ちゃん……っ!」

「それに──」


(──ここでボスを倒せば異性として意識してくれる、よな?)


「悪いな、魔王ボス


 悠陽はきりっとした顔で不敵な笑みを浮かべる。


(俺の恋路のために、倒されてくれ────!)



 そして死闘の果て。

 悠陽はリビングの床に、汗だくで転がっていた。

 結果はと言えば……。


「すごいよゆう兄ちゃん! ほんとに一人で倒すなんて!」


 見事に悠陽は魔王を倒していた。


「ぜぇ……はぁ……ははは、やったぜ」

「ほら、お水飲んで。タオルも使って」


 なんとか息を整えると、悠陽は美桜からコップを受け取る。

 運動の後の渇いた体にスポーツドリンクが染みわたっていった。

 タオルで汗を拭く。

 コールドスリープ明けで一番と言っていいほど汗を掻いていた。


「ありがとう、めっちゃおいしいわぁ」

「分かる~! 特にゆう兄ちゃんは頑張ったしっ」

「はは……ちょっとはカッコいいとこ見せられたかなー、なんて」

「カッコよかったよ!」


 ド直球の言葉に悠陽は頬を染める。


(やば、期待はしてたけど……実際に言われるとめちゃくちゃ嬉しいなこれ)


 ニヤケそうになるのを悠陽は我慢した。

 こういうのはバレたらダサいのだと、悠陽は思っていた。


(とはいえ、これ……まだイージーモードなんだよな~……)


 一番負荷の少ないモードで、二人ともこのくたびれかた。

 美桜が先にダウンしたものの、悠陽だって余裕ではなかった意地でなんとか食らいついただけなのだ。


(体力強化作戦は、まだまだ先の長い道のりになりそうだな……)




 運動を終えて、悠陽はシャワーを浴びることにした。

 その間、美桜がなにをしているかと言えば。


(ゆう兄ちゃんの汗の匂い、クセになっちゃう……!)


 リビングで悠陽が汗を拭いたタオルに顔をうずめていて────



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