第三章 試練! 迫る定期健診

第18話 美桜と一緒に汗をかく! 前編

 バレンタインデートから一夜明け、悠陽は悩んでいた。


(俺は……このままでもいいんだろうか……)


 ソファでぐてーっと寝そべりながらスマホの画面を見つめる。

 視線の先ではカレンダーアプリが開かれている。


(コールドスリープから目を覚ましてもうすぐ一ヶ月……)


 月日が経つのは早いもので、美桜にお世話をされているうちに二月の終わりが見え始めていた。

 カレンダーの来週の中ごろあたりに「!」マークで予定が刻まれている。


(もうすぐ定期健診、か)


 コールドスリープや手術の影響を調べるため、月に一度の検査入院をすることになっている。

 治療した心臓はその後も健康かどうかを確かめるのだ。

 その日がもうすぐ近づこうとしていた。


(バイタルデータは自信ない……)


 悠陽の脈拍はときおり乱れていた。それはスマートウォッチが検知し、しらせてくるとおり。


(美桜ちゃんにドキドキしすぎて、なんどもアラート鳴っちゃったもんな)


 美人のでっかいお姉さんに興奮すればそうもなるだろう。


(でも、あんま心配じゃないかも)


 単なる楽観ではない。

 たとえば心臓が痛むとか、呼吸が苦しいとか、頭が痛いとか、そういった身体の不調はこれまで起こっていないから。

 ではなにを「このままでいいのかな」と悩んでいたのかというと。

 悠陽は昨日のことを思い出す。

 デートから帰ってきたあとのこと。


(……すぐ寝ちゃうとか赤ちゃんかっ!)


 家まで送ってくれた美桜を放置してすぐに寝落ちしてしまったことを、悠陽はひじょーに気にしていた。


(いつ寝たかも覚えてないってヤバくね? ヤバいよね??)


 今の悠陽はたった半日ほど外出しただけで、疲れ果てて眠りこけてしまう。

 つまり体力がなかった。

 それだけじゃない。


(しかも、筋力もないし……)


 買い物袋を半分持つだけで筋肉痛になる細腕ほそうで

 頼りない小枝のような腕だ。


(今のところ生活に困ってないのは、父さん母さんはもちろん、美桜ちゃんが世話してくれるからだよなあ、マジで……)


 箸より重いものを持てなくても生活ができるのは周りのおかげだった。

 日常の細々こまごました面倒なこと、買い物や掃除、洗濯、等々……そういった全てを周囲の人々に頼ってきたからだ。


(でも、いつまで経ってもお世話になりっぱなしってわけにもいかないよな……)


 特に、美桜にこのまま世話されつづけるのはマズい気がしている。

 お世話されるのが嫌という気持ちは、最近はもうない。恥ずかしいとか、情けないとか思うこともない。

 けれど悠陽は自分の気持ちを考えると、やはりこのままではマズいと思う。

 とある危機感が芽生えつつあった。

 すなわち。


(このままじゃ……異性として見てもらえないんじゃねえか……?)


 筋肉痛が治りかけてきたからこそ、自分でも思う。

 貧弱すぎやしないかと。


(ずっと『お世話される側』としてのポジションに収まっていたら、美桜ちゃんに意識してもらえないような気がするんだよな……)


 悠陽は、美桜の面倒見の良さを『子供の世話をする大人』のようなものだと思っていた。


(ただでさえ歳の差が逆転して俺が年下になっちまったってのに……)


 悠陽は一つの決断をする。


(よし、こうなったら──)





 その夜。美桜は自宅の脱衣所で青ざめていた。

 裸にバスタオルを一枚羽織っただけの煽情的せんじょうてきな格好。


「う、うそ……どうしてこんな……」


 美桜は自らの大きな胸をぐっと押さえつけて、屈むようにして下を見ている。

 体重計があった。

 美桜は風呂上がりに体重を測り、その結果に冷や汗をかいていたのだ。

 無言でバスタオルを外してもう一度。

 だが結果はかんばしくない。


「あはは、もしかしてムキムキになっちゃったかな~……」


 脂肪より筋肉の方が重い。

 その知識を踏まえて、美桜はバスタオル越しにお腹を押してみる。

 むにむに。

 太ももを摘まんでみる。

 ふにふに。

 二の腕を……。

 もにもに。


(いや、うん。分かってた。分かってはいたんだけどね……)


 そもそも体脂肪率が表示されていたので、最初から逃れられるはずはなかったのだが、それでも希望にすがりたくなるのが人間だ。

 実のところ、体脂肪にして1%ほど増えただけ。

 うっすらと皮下脂肪がついたかな? という程度で、さして気にするほどのことではない。

 しかし、そのわずかな差は乙女にとっては死活問題だった!


(どうして……ううん、心当たりしかないけどさ……)


 本当は自分でも分かっていた。

 昨日今日でいきなり体重が増えたわけじゃない。ただの食べすぎだったら数日もすれば平均値に戻っていくものだ。

 でも積み重ねは結果に現れる。

 ふっくらしだしたのは二月に入ってから。

 もっと言えば。


(ゆう兄ちゃんと過ごすようになったから、だよね……)


 薄々、感づいてはいた。

 いつもは軽く済ませる朝ご飯が、ちょっとだけしっかりしてしまったり。

 普段は控えていたおやつなんかを食べるようになったり。

 悠陽と暮らしていると気がゆるんでしまうのだ。


(あと……ゆう兄ちゃんにご飯食べてもらうってなると……どうしても作りすぎちゃうんだよ~……)


 美桜は一人でご飯を食べるときに気合を入れて作るタイプではない。誰かのために作るとなると、それなりにちゃんとしたものを作ろうと思える。

 一人分の食材を用意するのが面倒というのもあるけれど。

 いちばんは、誰かに食べてもらえるなら頑張れる、という気持ちだった。

 その相手が悠陽ともなれば気合が入るのは必然であり。

 結果として、むにむにになりかけていた。


(うう~……ゆう兄ちゃんのせいだ~……)


 美桜は唇を尖らせながら部屋に戻る。


(このままだとマズいよ~……私のが失敗しちゃう~……)


 ドアを開けると、机の上の一冊のノートが目に入る。

 女児向けのファンシーな、ピンクの表紙。

 子どものころから取っておいてある自由帳だった。

 表紙には油性ペンで『ゆう兄ちゃんとしたいことリスト 大森みお』と書かれている。

 悠陽がコールドスリープについたあと10歳の美桜が書き始めたノートだった。

 美桜はそれをパラパラとめくる。


(やりたいことはたくさんあるけど……)


 あるページで美桜の手が止まる。

 そこに書かれた一行に目が吸い寄せられた。


『いっしょに海にいく!』


 10歳の美桜の拙い字でそう書かれている。


(今のぷにぷにじゃ無理だよ~~~~~)


 あちこちはみ出してしまう気がする。

 そういえば胸もきつくなってきた気がするし。


(他にも……そう、例えば「一緒に手漕ぎボートに乗る」とか……)


 美桜は想像する。

 悠陽はきっと先にボートに乗って、手を差し伸べてくれるだろう。


(私がぴょーんって乗ったら、私の方が重いからゆう兄ちゃんは反動で吹っ飛んじゃうよ!)


 ぽーい、と空に放りだされる悠陽を想像して美桜は首を振る。


「よし、こーなったら──」




 翌日。

 悠陽宅のリビングで二人は口を開く。


「「運動しよう!」」


 ガリガリで細い悠陽はもう少し筋肉と体力を付けたい。

 むにむにでデッカい美桜はもう少し痩せたい。

 目的は違えど、手段は同じ。


 それぞれの思惑を胸に、悠陽と美桜があれやこれやと汗をかく生活が始まる!






_________

 新章開幕です~

 面白かったら★★★評価、♥応援、💬コメントなどよろしくお願いします( ˘ω˘ )

 幼馴染と両片思いなラブコメ、今後もぜひお楽しみください♪

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