第12話 やわらかロードローラー・美桜

(今の美桜ちゃんと同じ毛布に包まるのは無理があったか?)


 悠陽は、高鳴る胸を押さえて美桜をちらりと見る。


「へへ、懐かしいね、ゆう兄ちゃん」


 彼女は照れくさそうにしながらも満足げだった。

 今では年上だというのに、あの頃みたいな幼い笑顔で。


(ああ、なんだ、そっか)


 悠陽の鼓動が静まっていく。


(あのころとは違うから恥ずかしさもあるけど……失ったあの頃みたいになれたのを喜ぶべきなのかも)


「どしたの、ゆう兄ちゃん」

「いや、なんでもないよ」


(今は楽しもう! せっかく生き返れたんだから!)


「ふーん? んじゃ、アイスいただきますっ」

「じゃあ俺は紅茶を……ああ、落ち着く…………」

「冷たっ……いけど美味し~」


 二人はそろって、ほうっと息を吐き出す。

 悠陽は温かいのを。

 美桜は冷たいのを。

 同じタイミングだったのがおかしくって、二人は顔を見合わせて笑った。

 毛布を引っ張り合ってじゃれながら悠陽たちはテレビをつける。


「よーし、映画を観よう! シリーズもののやつ!」

「さんせー!」


 二人が見たのは有名なB級映画だった。

 余命宣告を受けたサメが、台風に乗って家族と再会するまでを描く感動巨編。

 見終えた頃には、二人の周りには涙と鼻水で濡れたティッシュが散らばっていた。

 悠陽は、サメが南極で凍ってしまうシーンで「俺も凍ってたもんなあ」と感情移入してしまい、美桜に「そこ!?」とツッコまれていた。


 そうして楽しい時間が流れていき。

 美桜がある提案をしてきたのは夕方に差しかかったころだった。


「ねーえ、ゆう兄ちゃん。懐かしいゲームしない?」

「懐かしいゲーム?」


 そう言われて思い浮かぶゲームは少なくない。

 二人の放課後はゲームと共にあったといっても過言ではないのだ。


「ふっふー。あらしパーティーといえば、のやつ!」

「ああ、もしかして」


 悠陽にはピンとくるテレビゲームがあった。

 名前は確か──


「ホーンテッドアパート!」

「そう、ホラーの! あれリメイク出たんだぁ」

「まじか。人気作だなー」


 ホーンテッドアパートとは。

 オバケに呪われて小人にされた主人公がアパートを探検するホラーゲームである。

 懐中電灯と虫取り網を持って、オバケから逃げたり捕まえたり。

 ドキドキハラハラできるし、部屋を暗くして楽しむ『あらしパーティー』にはちょうどいい作品だった。

 悠陽にとっては懐かしいというよりはつい最近くらいの感覚なのだが。


「そっかぁ……10年もしたらリメイクもできるよなあ……」

「ふっふー。めっちゃグラフィック綺麗だよ」


 美桜からコントローラーを受け取る。

 ちなみに、コントローラーの使い勝手は10年ではそこまで変わっていない。悠陽にとっては喜ばしい事実だった。


「ライトを当てるとオバケがびびるんだっけ」

「そーそー。驚かせたとこを、網でこうっ! キャッチ!」


 美桜が虫取り網を振るう真似をする。

 豪華な3Dアニメーションが流れてからゲームは始まった。

 暗い部屋からいざ探検スタート!

 現実での悠陽たちは暗いリビングにいるわけで。いまの状況と重なることで雰囲気は満点。

 それから、美桜の気合いも満点だった。


「よーし、オバケなんか私がぶっ飛ばすぞー! 見てろ見てろ~!」

「え?? このゲームって捕獲しかできないよね??」

「そこは気合いでなんとかするっ! ゆう兄ちゃんは私の後ろに隠れてて! 私が守るからっ!」


 美桜のキャラクターが、悠陽のキャラを庇うように前に立つ。

 どうやら彼女の『お世話欲』は現実だけでは飽き足らずゲーム内でも発揮されるらしい。


「後ろに隠れるって……。これって手分けして探索するタイプのやつじゃない?」

「そうだけどダメっ! ゆう兄ちゃんはいま筋肉痛で弱っている…………万が一にも危ない目には合わせられないよ!」

「筋肉痛は関係なくねえか!?」


 悠陽がツッコむと、美桜がむぅ、とほっぺを膨らませる。


「もー、ゆう兄ちゃんは文句ばっかり言って~! いいじゃん、が守るの!!」


 美桜は、悠陽の伸ばした脚にゴロンと倒れ込む。

 交差する形で寝転がると、悠陽の太ももの上で駄々っ子のように転がりだした。

 一人称が「みお」になっているのは心が幼いときに戻っている証拠だ。

 年齢が年齢なら可愛らしい光景。

 だが今のなった美桜の身体でロードローラーのように転げまわると、むにん、どむん、と様々な種類の柔らかさが悠陽の下半身を襲う!

 内心穏やかでいられるはずもなく。


(ああああ! やわらかロードローラァアア!? 整地どころかでっかくなっちまうって! そんなんバレたらヤバいって!)


 悠陽の動揺はコントローラーを握る手元に伝播して、その操作はキャラクターに届く。

 つまり、悠陽のキャラがその場でくるくると回転し始める。

 明らかにおかしな動きを美桜は見逃さない。


「ゆう兄ちゃんどしたの? 操作忘れちゃった?」

「い、いや、違うけども!」

「あー、もしかして。私のあとを付いていきたくないんでしょ! そんな頼りないか!? このこのっ!」


 美桜はゴロゴロと転がる。

 むにもに、どむどむ。ふにふに、もにゅむぎゅ。


(やわらかロードローラーはやめてぇえええ……!)


「わかった! わかったからどいてくださいお願いします!」

「ふんっ、わかればよろしい」


 美桜はキャラクターをずんずんと歩かせはじめる。

 ただ、本人は悠陽の膝の上に倒れ込んだままでしれっと言う。


「ほら、オバケ退治はじめるよ。ボーっとしないで」

「あれェ!? このままなんすか美桜さん!?」


 美桜の横乳が悠陽の太ももに重たくのしかかる!


「楽だからこのままがイイなー」

「そこをなんとか!」

「わがままだなー、ゆう兄ちゃんは」

「俺が怒られるの!?」

「ほーらー、離れたらオバケに襲われちゃうからー、早く来てー」


 美桜は悠陽の上で思うがままに転げまわる。


「わかった! わかったからそれやめてっ!」

「じゃあやめない~~~! いざオバケ退治~~!」

「あっあっ、まじで、やばいからっ! ああっ!」


 悠陽の困惑には気付かず、美桜はノリノリであった。

 ゆけ! すすめ! やわらかロードローラー!

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