第11話 背徳のパーティー!?

「ゆう兄ちゃん、始めるよ……!」

「ふぁひ」


 あごにそっと手が添えられて悠陽はビクッと跳ねる。

 美桜の指が自分の唇をそっと摘まむ。

 シャコ、シャコ、とゆっくりとした音だけがリビングで生きている。

 そこに、口呼吸のしづらい悠陽の鼻息がときおり混じる。


(知らなかった……! 人に歯を磨かれるとくすぐったいんだ……!)


 これが意外と心地いい。

 悠陽は未体験の感動を覚えていた。

 頬の肉がぐいっと引っ張られる。身を任せて力を抜いた。

 自分の顔じゃないかのようにほっぺたが、美桜によって、むいーっと形を変える。


「ゆう兄ちゃん、痛くないかな」

痛くないひはふなひ


 歯ブラシが口内を小刻みに撫でていく。

 くすぐったくて気持ちよくて、ときおり笑いだしそうになってしまう。

 顔の筋肉が、たらーんと弛んでいる。

 悠陽はリラックスしていた。


(甘えるのは恥ずかしいけど……これは……なかなかいいものなんだなぁ……)


 悠陽はしみじみと未知の感情を味わう。

 そして気になった。

 美桜はどう感じているんだろう、と。

 見てみたい。しかし。

 悠陽は目をギュッとつむる。


(俺は絶対に緊張するっ……!)


 美桜は10年経って本当に美人になったよな、と悠陽は思う。

 元から可愛らしいとは思っていたけれど、女の子にとっての10年はあか抜けるには充分すぎる時間だった。

 いまの彼女は紛れもなく魅力的な年上の女性なのだ。


(ドキドキしないわけがないんだよ! んで、顔に出ないわけがないんだよ!)


 その顔を美桜に見られたくはない。

 だから目を開けるわけにはいかないというのが悠陽の結論だった。

 目の前にお宝があるというのに泣く泣く諦めざるを得ない海賊の気分を味わっていた。

 下の歯が順々に磨かれ、ブラシは上の歯を優しく磨いていく。

 そうして、もどかしくて照れくさい歯磨きの時間が過ぎ。

 ブラシの動きが止まった。


「こ、こんな感じで……! ゆう兄ちゃんは口すすいできてっ……!」


 美桜はパタパタとキッチンへと駆け込んでしまう。

 頬は桃のように赤らんでいた。

 だがそれに気づかず、悠陽は目を開ける。


(歯磨きされるの、最高かもしれん……もしできるなら……今度は膝枕で……)


 頭の後ろを名残惜しそうに撫でた。




◆ ◇ ◆




 口をすすいでサッパリした悠陽はリビングへ戻る。

 すると、美桜が窓の外を眺めていた。


「ゆう兄ちゃん、雨降ってきちゃった」

「お? おお……そっか」

「もしかしたら雷も落ちるかもって」


 美桜の表情は見えない。声のトーンは抑えられている。

 けれど、奥底ではワクワクしているような、そんな気配を悠陽は感じて。


「ね、ゆう兄ちゃん、これってさ。嵐……って言っても良いと思う?」


 その言葉で悠陽はピンと来た。


「もしかして──」

「うん、ゆう兄ちゃん──」

「『あらしパーティー』だな!」

「『あらしパーティー』だね!」


 説明しよう、『あらしパーティー』とは!

 かつて悠陽が始めた、嵐の日限定のイベントである!


 美桜がまだ小学校低学年のころ、大嵐が街を襲った。

 その対策本部に美桜の両親が招集されたのだ。

 彼らは県庁に勤める公務員だった。悪天候や災害時にこそ、住民を守るために身を粉にして働いている。

 だが両親は、幼い美桜を置いていかなければいけないことに悩んだ。

 そんな時、悠陽は言った。


「おじさんおばさん、任せて。俺が美桜ちゃんの面倒を見るからさ」


 おかげで二人は安心して勤めに出られた。

 悠陽は預けられた幼い美桜を前にして考えた。親の帰りを待つ彼女も不安なのではないかと。

 なにか気を紛らわせられることはないかと考えて。


「美桜ちゃん、パーティーしよっか」

「パーティー?」

「そう! ゲームしたり、お菓子食べたり、映画見たり。嵐の日にはパーティーをしよう──『あらしパーティー』だ!」

「する! 『あらしパーティー』する!」


 悠陽と美桜は、暗くて冷たい嵐の夜を、ひとつの毛布をかぶって過ごした。

 互いの体温が籠ってじんわりと二人を包む。

 外は荒れていても、穏やかなパーティーだった。

 それから二人は、雨が激しい日には「嵐だ!」と喜んでパーティーをするようになった。

 小雨の日でも「これは小っちゃい嵐!」と言い張っては「あらしパーティーしよ!」と盛り上がって。

 つまりは、楽しみにしていたのだ。

 たまに訪れる特別感は二人の日常にとっていいスパイスだった。

 そして今日、雨が降り始めたということは。


「ゆう兄ちゃんなにする? ゲーム? 映画?」

「慌てるな、まずはお菓子と飲み物の用意!」

「らじゃ!」


 さすがは幼馴染といった息の合いようだった。


「毛布の準備ヨシ! テレビ、ヨシ! ゲーム、ヨシ!」

「ゆう兄ちゃん、アイス食べても良いかな? 良いかなっ!」

「落ち着けっ──紅茶も淹れるぞっ!」

「任せてっ」


 二人はノリノリで準備を進める。

 今さっき歯磨きをしたばかりでは? という野暮なツッコミを入れる人間はここにはいなかった。

 リビングのローテーブルは完璧に整った。

 バニラアイス、紅茶、チョコ菓子、クッキー、といった食べ物にはじまり、スマホの充電器やゲーム機などの電子機器、汚れた指を拭けるウェットティッシュまで揃っている。

 懐中電灯も置いてあるのは本当に嵐があったときからの名残だ。

 こうして『あらしパーティー』を彩る、パーフェクトお楽しみセットが揃った。


「待って、ゆう兄ちゃん……」

「どうした、深刻な顔して」

「しょっぱいのも欲しくない!?」

「それだっ! さすがは美桜隊員!」

「隊長、サラミを見つけたであります!」

「よーし、たぶん父さんのツマミだけど気にするなーっ!」

「ひゃっふー!」


 二人は準備を終える。


「よーし、電気消すぞー」

「わーい」


 悠陽は部屋の灯りを常夜灯のみに切り替える。

 リビングにうす暗さが満ちた。

『あらしパーティー』に眩しさは要らない。

 こういうのは非日常感を盛り上げるためのムードが大事なのだ。

 悠陽は毛布をかぶる。

 それから美桜へ手招きする。


「おいでおいで」

「わー!」


 一つの毛布が二人の身体を優しくくるむ。

 むぎゅ、と美桜の身体が密着してきて、悠陽は自分の呑気さに気付かされる。

 美桜が小さくて華奢だったころとは違って、みっちりと彼女の存在を感じてしまう。太ももに頭を乗せたときも思ったような、温かくて重たい感触。

 悠陽の鼓動が高鳴っていく。

 童心に返っていたけれど、これは。

 隣の美桜がくすぐったそうにはにかんだ。 


「へへ、なんかちょっと……恥ずかしいね」

「お、おぅふ……」


 そう言われると、なんだかいけないことをしている気になってきて。


 背徳のパーティーが幕を開ける────!?






_____

 さぁて盛り上がってまいりました♪

 いつもフォロー、★評価、♥応援、💬コメントしていただきありがとうございます!

 幼馴染が無邪気で無敵なラブコメ、今後もぜひお楽しみください( ˘ω˘ )

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