第二章 全力お世話でハプニング!?

第9話 ジャムのフタは誰が開けるの? ねえ、ゆう兄ちゃん

 美桜の『本気お世話宣言』から一夜明け、金曜日の朝。

 玄関にて。


「いってらっしゃい、母さん」

「はいはい。あんたはしばらく大人しくしておきなさいよ。筋肉痛なんでしょ?」

「うぐ……はい……」


 買い物に行っただけで筋肉痛になったという事実は、親にも話していた。両親は心配してくれたが、悠陽にとって恥ずかしいことに変わりはなく。


「あんた、無茶しないで美桜ちゃんに甘えなさいな」

「あ、甘えって……」


 世話をされるのはカッコ悪くない、と美桜に言われて勇気をもらった悠陽だったが、「甘える」ことにはまだ照れがあった。

 年上のお姉さんに尽くされて身を委ねられるほどの余裕は、いまの悠陽にはまだない。


「悠陽……あんた、まさか照れてんの?」

「て、照れてねえって!」

「やらしい想像してんじゃないでしょうね」

「ちげえから! ほら遅刻するだろ、もう行きなって」


 悠陽は母親を追い出すように背中を押す。

 ドアが閉まる直前、母が「ああそうだ」と思い出したようにして。


「父さんも私も今日は職場の飲み会なの、ごめんね。夜は美桜ちゃんと食べてくれる?」

「へ?」

「もう美桜ちゃんには頼んであるから」

「お?」

「んじゃ、行ってきまーす」


 ぽつんと取り残された玄関で、悠陽は母親の言葉を噛み砕く。


(つまりそれは、美桜ちゃんと夜に二人きりってことか!?)


 それも、本気のお世話モードの美桜と一緒。

 悠陽は昨日の美桜の言葉を思い出す。


『朝は毎日起こしに行くね。高いものを取るのも私がやる、この前みたいにね。それからジャムのフタも私が開けるから!』

『そうだ! ごはんは私が食べさせてあげて、着替えも、お風呂も、寝かしつける時の子守歌も……!』


 もし、今の美桜──”スタイル抜群のお姉さん”な美桜に、それらを全てやられたとしたら。

 悠陽はあれやこれやと妄想を繰り広げ、赤面した。


(俺の理性と心臓が無事でいられる気がしないっ……!)


「ま、まあ、平気か! 言葉の綾だろ? 気にするこたぁないよな!」


 自分に言い聞かせるように大きな声を出した。

 そのとき。

 ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 ドアを開けると幼馴染の美桜が息を切らして立っていた。


「ごめんねゆう兄ちゃん……! 起こすって言ったのに寝坊しちゃって……」

「い、いや、別に……」


 悠陽はごくりとつばを飲み込む。

 美桜の格好は目の毒だった。

 起き抜けだからか寝間着に一枚羽織っただけの薄着。それだけに息を荒げた彼女の胸が大きく上下するのが分かりやすい。

 同じマンションの同じ階に住んでいるとはいえ、悠陽には無防備に思える。


「はぁ、はぁ……ちょっと待ってね……息が……ふぅ……」


 慌てて来たからだろう、二月の朝だというのに汗ばんでいるのも色っぽく見えてしまう。

 ほとんどすっぴんの彼女の唇はそれでも艶やかで。

 髪をまとめているピンク色のシュシュ──子どものころの思い出のアイテムがなければ、15歳の悠陽はその無防備なお姉さんっぷりにノックアウトされていただろう。


「あれ、そういえば……ゆう兄ちゃん、今日は一人で起きられたんだ」

「え? あ、ああ」


 悠陽は見惚れていたことを誤魔化すように咳払いする。


「昨日よりは回復したからさ。いくらか動けるようになってきたんだ」

「それなら良いんだけど、無理はしないでね。いくらでも甘えていいからね」

「は、はい……」

「そうだ、朝ごはんは食べた?」


 悠陽は首を横に振った。


「親が出かける支度をする音で起きたばかりだから、まだなにも」


 美桜の目がキラッと光る。


「じゃあ私が作ってもいいよね?」


 断る選択肢はなかった。頼ることは恥ずかしいことではないのだから。

 美桜は家に上がるなりキッチンに直行。

 テキパキと食材や作り置きの確認をしていく。


「ふむふむ。スープは残り物があるから温めるだけ、と。おひたしも入れちゃおうかな。あとは卵とウインナーあたりを炒めてー、お野菜はミニトマトでいっか。作り置きのきんぴらも食べちゃってー。えっとごはんは炊いてない……ああ、パンだったのね」


 ぶつぶつと呟きながら、美桜は朝食のメニューを組み立てていく。


(手慣れてるなあ……。栄養バランスとかも考えてそうだし、すごい)


 悠陽は自分で献立を組み立てたことなんてなかったのだ。せいぜい家庭科の授業で習った程度。

 手伝いと呼べるほどしか家事をしたことがない自分とは違う美桜の横顔に「ちゃんとした大人」を感じてしまう。


「ゆう兄ちゃん、食パンってどこ?」

「えっと、レンジの上だっけな」


 悠陽は言いつつ、ひょいと取ろうとする。


「だめっ!」


 美桜が悠陽の手を優しくつかんだ。


「えっ?」

「昨日言ったでしょ、高いところのものは私が取るって。ゆう兄ちゃんは大人しく座ってて!」

「でもレンジの上なんてたいして高くは……」

「ゆう兄ちゃん……腰より上は全部高いと思って」

「ほとんど全部じゃん!?」


 悠陽は思わずツッコむ。

 だがその答えが物足りなかったのか、美桜はふー、と息を吐いた。

 分かってないなあ、と言いたげで。


「ゆう兄ちゃんはさ、パンにジャム塗る?」

「いきなりなんだよ……まあ、塗るかな」

「じゃあ、フタは誰が開けるのかな」

「え? そりゃあ、俺が使うんだから俺が──」


 悠陽は言いかけてハッとした。

 見れば美桜の目がギラリと光っている。心なしか暗雲が立ち込めているようにも見える。

 この答えは間違っている! そう感づいた。

 もしここで答えを誤れば、美桜は先ほどのように雷を落とすだろう。お姉さんのように優しくも叱ってくるのだ。


(てことは俺が自分でやっちゃいけないってこと? ……まさかこれも頼れってことなのか!?)


 たかがジャムのフタ。されどジャムのフタ。

 美桜の「本気のお世話」とはの覚悟だというのか。

 悠陽は美桜の雷を回避すべく、心の操縦桿を握り締める。悠陽を乗せたプロペラ飛行機は「自分でフタを開ける」という針路を捨てて、暗雲にサヨナラを告げる。

 目指すは新天地!

 すなわち、「甘える」ことを選ぶべく。


「──美桜ちゃんに任せようかな!」


 悠陽は告げかけていた答えをアクロバティックに軌道修正してみせた。

 曲芸飛行だった。

 答えに満足した美桜は、にこにこと笑う。


「うんうん。それでいいんだよ」


 小林悠陽、15歳。

 女性の心の機微を読み取るすべ会得えとくしようとしていた!


「ほらほら、分かったらリビングでおとなしくしててっ」


 美桜に体の向きをくるっとされて、ぐいぐいと全身で押された。

 悠陽は察していた。

 これもきっと身を任せた方が良いんだろうと。

 しかし。

 背中に柔らかくて重たい──感触を感じる。


(だぁああ! こののにも身を任せるべきなんすかね!?)


 歩くたび、ふよんふよんと背中が包まれる。


(どうするべきなの!? ねえっ、誰か教えてっ!?)


 悠陽は幸せなのに助けを求めていた。

 心拍数が上がる。

 上がるとどうなるか。


(くっ、ここで喜んだらスマートウォッチが鳴っちまうっ……よくない……それはよくないよっ……でもっ……!)


(でも、ありがとうございますっ!!!!!!)


 手と手を合わせて拝まずにはいられない悠陽だった。






 _____

 いちゃラブ新章、開幕です♪

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 デカデカ幼馴染の”本気”をお楽しみにっ( ˘ω˘ )

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