第8話 「はい、あーん♪」 後編
悠陽は冷静になった。
「ま、待ってよ。筋肉痛? 俺が?」
「昨日のおでかけがコールドスリープ明けて初めてだったんでしょ? 買い物カゴとかマイバッグとかを右手で持ってたじゃない。だから単に、久しぶりに体を動かして筋肉痛になっただけじゃないのかなーって」
しんみりスイッチがオンになっていた悠陽の顔が、しだいに真っ赤に染まっていく。
(ああぁあああ!!! 嘘だろ! 嘘だと言ってくれ!!!)
「念のため病院には行こう? ね?」
「お、おぉ! そうだな、うん! まだ筋肉痛と決まったわけじゃないしな!」
「? なんか、筋肉痛じゃない方が嬉しそうな言い方……ゆう兄ちゃんヘンなの」
「そ、そそそんなことはないぞ!」
(恥ずかしすぎるだろっ! あんだけエモエモしく語っちまって、ただの筋肉痛だったら! 恥ずかしすぎるっ!)
悠陽は美桜に付き添ってもらい、病院へと行った。
検査をしている間も、結果を待つ間も、悠陽は顔を赤くして黙っていた。
結果が返ってきて、二人は病院をあとにする。
家に帰ると、悠陽も美桜もくたびれてソファへ座りこんだ。
美桜が息を大きく吐く。
「特になにもなくて良かったねぇ~」
「あ、ああ。ほんとにな」
そう、なにもなかったのである!
コールドスリープ前後の長期入院で筋力が落ちていただけなのである!
この男、美桜にカッコいいところを見せたくて無理をした挙句、筋肉痛になっただけなのである!
再びの別離を覚悟する必要なんて、ちっともなかったのである!
(良いけど良くないんだが!? ただの筋肉痛で幼馴染を呼びつけて
内心でのたうち回る悠陽の服の袖を、美桜がちょこんと摘まむ。
「……ゆう兄ちゃん、ごめんね」
「へ? なにが?」
予想外の言葉に思わず聞き返す。まさか謝られるとは思っていなかった。
美桜は情けないといった風に笑う。
「私、ゆう兄ちゃんとのお買い物が楽しくって、一緒に居られるのが楽しくって、無理させちゃった」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。私が外に外に連れ出したから、ゆう兄ちゃんに怖い思いさせちゃった」
確かに怖い思いはした。別れも覚悟した。
しかしそれはもはや問題ではなかった。
むしろ、ただの筋肉痛だと分かった今となっては、一人でシリアスな雰囲気になって盛り上がっていたことの方がメンタルにダメージがある。
彼女に
「べ、別に平気だって、うん」
「ううん。兄ちゃんは優しいからそう言ってくれるけど、私が私を許せないの」
「美桜ちゃん……」
「だからね、やっぱりゆう兄ちゃんのお世話がんばるっ」
「お、おう?」
風向きが変わったのを悠陽は察知した。
「朝は毎日起こしに行くね。高いものを取るのも私がやる、この前みたいにね。それからジャムのフタも私が開けるから!」
「い、いやそれくらいは別に……」
「ゆう兄ちゃんは私にお世話されるの、嫌?」
目を伏せられて、悠陽は反射的に言う。
「そんなわけない! すごく嬉しかったよ!」
「ほんと?」
「ほんとだって! 今日だって病院に連れていってくれて、すげー助かったし!」
「ゆう兄ちゃん……!」
「そりゃ『ゆう兄ちゃん』としては、その、恥ずかしくないこともないけど」
「え?」
美桜がきょとんとした。
「ゆう兄ちゃん、恥ずかしかったの?」
まるで考えもしなかったといった顔だ。
「そりゃ、俺は『兄ちゃん』だしさ。やっぱ助けられるのはカッコ悪いっつーかさ」
「でも、今はお買い物で筋肉痛になっちゃう体なんだよ?」
「うぐっ……」
ド正論をぶつけられて黙ってしまう悠陽。
「ち、違うの……! ゆう兄ちゃんが悪いってことじゃなくって!」
美桜は慌てたようにしがみついてくる。
「だってゆう兄ちゃんは悪くないじゃん。心臓の病気にならなければ、入院しなければ、コールドスリープしなければ、こうはならなかった。でしょ?」
「それは、まあ、そうだけど」
「それってぜーんぶ、ゆう兄ちゃんのせいじゃないじゃん」
「う、うん」
「『ゆう兄ちゃん』は、確かに昔からカッコよかったけど……でも、だからって、お世話が必要な今のゆう兄ちゃんがカッコ悪いだなんて、私ちっとも思ってないよ」
美桜の手に、悠陽の袖を掴む手に、力がこもる。
「心配かけないようにしてくれるゆう兄ちゃんも、私にカッコいいとこ見せてくれるゆう兄ちゃんも、ぜんぶカッコいいよ。だから、カッコ悪いだなんて、そんな寂しいこと言わないで」
「美桜ちゃん……」
そんな風に想ってくれているなんて。
予想だにしていなかった言葉をもらい、悠陽の心はじんわりと温まっていく。
「俺……強がりすぎたかもしれない」
「うん。ほんとだよ。ゆう兄ちゃんは昔からそうだよ」
「そう、だな。『ゆう兄ちゃん』としてしっかりしなきゃって思ったら、助けてもらうのが恥ずかしくなってたかもしれない。でも」
悠陽は、自分の袖を摘まむ美桜の手をそっと握る。
「これからはちゃんと美桜ちゃんにも頼るよ。俺が困ってたら、また助けてくれる?」
美桜はパアッと顔を明るくする。
「ゆう兄ちゃん……もちろんだよ! 私にできることならなんでもするから!」
可愛い。眩しい笑顔だった。
この笑顔にお世話されるのかと思うと今から胸が弾む。
「ありがとう」
「ふっふっふー。そういうことならもう遠慮はいらないねっ」
「うん。……うん?」
「これからはもっと本気のお世話しちゃうからっ」
「……えーと、お手柔らかにね?」
そうして悠陽は思い出す。
恥ずかしさにはもう一種類あったことを。
「よく噛んでね、ゆう兄ちゃん。のどに詰まっちゃうかもしれないから」
「そ、そこまで衰えては……」
「油断しちゃダメ! 20回は噛んで!」
「むぐぐ……」
悠陽は遅めの昼ご飯を食べて──食べさせられていた。
(お世話してもらうのは恥ずかしくないとしても……こんな美人にこんな風にお世話をされるのは、別の意味で恥ずかしいんだよなぁ!!!)
「ゆう兄ちゃん、おかゆついてるよ」
美桜の指先が、悠陽の唇の端にスッと触れる。そしてそのまま。
「はい」
ねじ込むようにして、おかゆが人差し指ごと口の中に入れられる。
「!?」
悠陽は混乱した!
美桜の指を、唇で、歯で、口の中で感じる。細くて柔いそれは、すぐに引き抜かれて。
美桜はその指を何の気なしに舐める。
「!?!?!?!」
美桜は平然としている。
ただ指を綺麗にするため何の気なしにした、そんな動きだった。
だが悠陽には「そっか~」で済まされるわけもなく、フリーズしてしまう。
(か、間接キスじゃねーか!!!)
ピロンッ♪
恥ずかしがる悠陽へ、スマートウォッチが淡々と心拍数の上昇を告げる。
美桜はその音に気付いて決意の表情を浮かべた。
「私がもっとしっかりしなくちゃ、旅行に行けなくなっちゃう……。ゆう兄ちゃん、安心してね! 私が”本気のお世話”しちゃうからねっ!」
「お、おぉ……」
世話をされるのはカッコ悪くなんてないと、美桜は言ってくれた。
それなら全力でお世話されようと悠陽は決意する。
美桜の気持ちに応えようと心に誓う────
(でも”本気のお世話”ってなにするんですかね!? 俺の日常はどうなっちゃうんですかね!?)
おめでとう! 幼馴染から全力でお世話される極楽生活を手に入れた!
_____
お世話していいのは、お世話される覚悟のあるやつだけだ……!
フォロー、★評価、♡応援していただけるとうれしいです~
幸せな時間を幼馴染といっしょに取り戻していくラブコメ、今後もぜひお楽しみください( ˘ω˘ )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます