第7話 「はい、あーん♪」 前編
「ゆう兄ちゃん。はい、あーん♪」
「あ、あー……んぐぐ」
昼過ぎの食卓。
悠陽は美桜から差し出されたスプーンを咥えて、ご飯を食べる。
温かい粥は鶏ガラの優しい味つけで、じんわりと効いたショウガが体の芯にまで沁みていくようだった。
(どうしてこうなった……)
悠陽は両手を膝の上に置いたまま。
ツバメの雛のように口を開けて美桜からの
「おいしい?」
「おいひいれす」
おかゆを
(どんなプレイだ!? くそっ、嬉しいけど……嬉しいけど……心臓に悪すぎるっ……!)
事件の始まりは寝起き。
目が覚めた悠陽は困惑していた。
ベッドの中、身動きが取れなかった。否、動けないことはない。しかし。
「うぐぐ……ぎぎ……」
体を起こそうとすると、痛みが襲った。
全身が引き裂かれそうな感覚。起き上がろうとするが、痛みを感じて断念する。
(なんだ? 心臓の病気……じゃない)
(もしかしてコールドスリープの後遺症、とか? 退院時の検査では問題が無かったけど、今だって経過観察中ではあるし……)
困惑は焦りになり、恐怖の足音が聞こえてくる。
イヤな想像は転がっていき、辿りつくのは考えたくない結末。
再びの入院、それから別の病気の併発、それから。
また美桜と会えなくなってしまうのではないか。
「た、助け……て……」
応答はない。両親はすでに仕事に出かけたようだ。
ベッドサイドのスマホに手を伸ばす。右腕は特に痛い。左に比べて特に弱っているような感じさえする。
痛みに耐えながらロックを解除し、震える指先でメッセージを入力。
【うごけない】
これだけに1分以上を費やした。
やっとの想いで送信。相手はもちろん決まっている。
数分後。
ドタバタと音を立てて救世主がやってきた。
「ゆう兄ちゃん大丈夫!?」
幼馴染の美桜が息を荒げて部屋へと入ってきた。
悠陽は胸をなでおろし、束の間の安心を感じたのだった。
「いやぁ、おばさんから合鍵を預かっててよかったよ」
美桜が優しく笑う。
「本当に助かったよ……ありがとう美桜ちゃん」
悠陽は美桜に肩を借りて体を起こし、ベッドに座っていた。
手のひらを握りこんで、開いて、と試してみる。
痛みはあるが動かないこともない。
「体の調子、悪いの?」
心配そうに尋ねてくる美桜。
悠陽はこれ以上不安にさせまいと強がりを言う。
「だ、大丈夫! このくらい寝てれば治ると思うし──」
「ゆう兄ちゃん」
美桜にじとーっとした目を向けられて、悠陽は固まる。
「な、なんだよ」
「……はぁ。きっとまた私を安心させるために言ってるでしょ」
「そ、そんなこと」
「じゃなきゃ、平気なのに私のことを朝から呼びだしたってことになるよねぇ? ゆう兄ちゃんってそんな不誠実な人だったのかな」
「うぐ……」
悠陽は言葉に詰まる。
はじめに彼女に頼った時点で誤魔化せないことは決まっていたのに。どこまでも「ゆう兄ちゃん」としてカッコよくありたいという見栄があるのだ。
(今回ばっかりは、話さない方がカッコ悪いか……)
観念して悠陽は今朝のことを話した。
「動けない……右腕……痛み……?」
美桜は悠陽から聞いたことを整理するように呟く。
悠陽は、彼女の真剣な顔を見て頭を下げた。
「朝から呼びつけてごめん。本当は救急車を呼ぶべきだったのかもしれないけどさ、俺、美桜ちゃんの顔が真っ先に浮かんでさ……」
「ゆう兄ちゃん……」
「来てくれてありがとう。でも、大人しく救急車を呼ぶよ」
言いつつ、悠陽の目が潤んでいく。
先ほどまで、ひとりぼっちのときに感じていた
「コールドスリープは元々、復帰後にどんな障害が出るかは分かっていないことも多いんだ。そんなこととっくに覚悟はしてたからさ」
いつ覚めるともしれない眠りについたあの日。
幼い美桜が死んでも待つと言ってくれたあの日に、覚悟は済ませたのだ。
(あとは……そうだな、悔いを残さないように思いを伝えないとな)
悠陽はフッと笑う。
「美桜ちゃん、ここ数日、世話してくれて嬉しかったよ。初めは、あの小さかった美桜ちゃんが大きくなっててビックリしたけど。でも、あの頃と変わらない美桜ちゃんのままで、それが嬉しかったんだよ」
「ゆう兄ちゃん……」
「……また美桜ちゃんと会えなくなるかもしれないけど、でも、絶対に帰ってくるからさ。だから、俺が帰ってこれたら、その時は一緒に旅行に行ってくれるか?」
「もちろんだよ、ゆう兄ちゃん。でも、でもさ……」
「いいんだ。それが聞けただけで、俺は」
(入院だって、手術だって、コールドスリープだって怖くはない)
「違うの、ゆう兄ちゃん。あのね……」
美桜が目を伏せる。
「……ごめん。ゆう兄ちゃんが苦しんでるの、私のせいかも……」
「そんなわけないだろ? 美桜ちゃんには助けられたよ」
「ううん。兄ちゃんがそう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、えっと……」
彼女はチラチラと申し訳なさそうにこちらを見て、何かを言い淀む。
「なんだ? 遠慮しないでくれ。俺と美桜ちゃんの仲だろ?」
悠陽の言葉に美桜は覚悟を決めたように唇を噛みしめる。それからゆっくりと口を開く。
「あのさ、ゆう兄ちゃん」
「うん」
「体を動かすと引き裂かれるように痛いんだよね。特に右腕が」
「そうだな」
「やっぱり……」
美桜の顔が曇る。
悠陽は話の流れが分からず、首を傾げる。
「ゆう兄ちゃんさ、退院してからどこかに出かけた?」
「出かけてないぞ。まだ体力も戻ってなかったから」
「じゃあ、昨日のお買い物が初めて?」
「そうなるな」
「あのね、ゆう兄ちゃん。すっごく言いにくいんだけど……」
「うん。ちゃんと聞くよ」
どんな言葉も逃さないように悠陽は耳を傾ける。
自分は別れる前に気持ちを伝えられた。今度は彼女の番。しっかりと聞き遂げたい。
美桜が伝えたいこと、それは。
「ゆう兄ちゃん、ただの筋肉痛じゃない?」
「ほえ?」
美桜が悠陽の右手を掴む。
にぎにぎと柔らかい感触に心臓がドキドキと脈を打つ。
「ほら、ね?」
たしかに美桜の握力には及ばない。
美桜はイタズラでもするように、悠陽よりも少しだけ強くにぎにぎする。
「ふふ……今のゆう兄ちゃんなら私でも勝てちゃいそうだね」
美桜は獲物を見るように言った。その表情に悠陽はまたドキリとさせられてしまう。
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