第6話 美桜とはんぶんこ 後編

(この状況、ぜんぜん恥ずかしすぎるぞ……!)


 悠陽は焦っていた。

 当然だった。年上美人と恋人繋ぎをしていて照れを感じない方がどうかしている。


「あ、あのさ。さすがに恋人繋ぎこのままだと歩きづらいっつーかさ」

「そう?」

「そうなの! だからさ、カゴの持ち手を片方ずつ持たない?」

「んー? そっちの方が歩きづらそうだけどなぁ」

「いやいやいや絶対こっちの方が良いって! 俺の直感がそういってるから!」

「ふーん? よく分かんないけど、分かったー」


 買い物カゴの持ち手を二人は一つずつ握りしめる。


「これで重たくないね、ゆう兄ちゃん♪」

「そ、そうだな!」


 恋人繋ぎを回避した悠陽は胸をなでおろす。

 作戦はみごと成功。

 のはずだった。


(なぜだっ……! さっきよりも美桜ちゃんの存在を感じる気がするっ……!)


 悠陽は気付いていなかった。

 歩くたび、互いの重心は変わる。一歩進むごとに買い物カゴは悠陽の方へ傾いたり、美桜の方へ傾いたり。揺れるカゴを水平に保とうとして二人がそれぞれ奮戦していると、自然と距離が近づいたり離れたりする。

 、悠陽は美桜の存在を常に感じてしまうのだ。


「ゆう兄ちゃん、もうちょいこっち来てよー」

「み、美桜ちゃんは近すぎるんだってば。それにほら、美桜ちゃんの方が背が高いから、俺はちょい高くしなきゃいけないしさ」

「ふん、どうせのっぽですよ」


 美桜はぷんぷんと拗ねる。

 その態度が幼い時の彼女とちっとも変わらなくって、それが悠陽には懐かしくって。

 先ほどまでの照れはどこへやら、機嫌を損ねてしまった子供をなだめるように悠陽は真っ直ぐと言葉を紡ぐ。


「俺は背が高いのだっていいと思うぞ?」

「えー、ほんとにい?」

「ほんとほんと。存在感あるし」

「でっかいって言ってる?」


 美桜の言葉に悠陽が一瞬だけ固まる。

 チラリと隣の美桜を見つめる。昔とは一番違う立派なふくらみが目に入る。


(ま、まあ確かに色々とでっかくはなったけど)


「ゆう兄ちゃあーん? なんで黙るのかなあー? やっぱりデカ女は可愛くないってことじゃんかぁ」

「いやいや。可愛いってよりは綺麗って感じだと思うなぁ、って」

「ふふん、じゃあ許す♪」


 美桜が笑顔になったのを見て、悠陽も自然と笑みを浮かべた。



 二人で持つのに慣れ始めてからは買い物はスムーズに進む。

 カレーのルーを放りこみ、上白糖を底にしまい、ドレッシングを隙間に立たせて。

 もちろん目的の本みりんも忘れずに。

 仲良くひとつのカゴを持って二人は歩く。

 ベタ甘な新婚夫婦でもこうはならないだろう。


(心なしか、他のお客さんから微笑ましそうな視線を向けられているような……)


 彼の思い違いではなく、実際に誰もが二人を温かく見守っていたのだが、美桜の方はそのことに少しも気づく様子はなかった。

 悠陽は耳がほんのりと熱くなるのを感じる。

 相手を意識してしまっているのは自分だけ、というのが恥ずかしかったのだ。


「レ、レジで会計してくるよ!」

「あっ……えっと……」


 美桜がなにか言いかけるが、悠陽は足早にレジを目指す。

 店内を見上げればすぐに場所が分かる。どこになにがあるのか、売り場案内の表示があるからだ。

 悠陽は「¥」のマークを見つける。入り口と反対側にあるらしい。


(買い物カゴはちょっと重いけど、ここは『ゆう兄ちゃん』としてスマートなとこを見せたいし)


 案内に従ってレジへやってきた悠陽は、ポケットに触れて財布があることを確かめる。

 さて支払いを、と思ったところで悠陽の動きが止まる。


「あれ?」


 レジが見当たらなかった。

 あるはずのレジが、なかった。


(えっ、売り場案内は「¥」マークだから……ここで会計するんじゃないの!?)


 悠陽がコールドスリープにつく前にはレジがあった。有人・無人の差はあれど、現金・キャッシュレスの差はあれど、レジスターはあった。

 だが、目の前にはそれらしきものは見当たらない。

 入り口にあったのと同じようなゲートがあり、その奥には袋詰めのための台が置かれている。


(もしかしてあそこに行けばいいのか……? 今は袋詰めをしながら会計ができるとか……?)


 悠陽はそうあたりをつけ、カゴを持ったままゲートをくぐる。

 すると、警告音が店内に鳴り響いた。ゲートは赤いランプを灯している。


「なになに!? なんで!? なにが!?」


 慌てふためく悠陽。

 その後ろからドムッと柔らかい衝撃がやってくる。


「ぐえっ。違うんです! 俺は無実なんです!」

「ゆう兄ちゃん落ち着いて。私だから、私」

「……はへ?」


 美桜が抱きついてきていた。


「もー、兄ちゃんってば勝手に動くんだから」

「なっ、み、美桜ちゃん!?」


 子供みたいに叱られた事よりも、背中に当たる重みのある柔らかさが気になって悠陽は慌てる。

 その隙をついて、美桜が悠陽の手から買い物カゴをパッと取り上げた。


「このお店はキャッシュレスならぬ、なの」

「レジ、レス?」

「そ、出口ゲートをくぐると支払いができちゃうんだ」


 美桜は言いながら買い物カゴを持ってゲートをくぐる。

 するとゲートは緑のランプを灯した。


「こんな感じ。便利でしょ?」

「おお……!」

「顔認証とか歩き方とかの生体情報から個人を特定して、紐づいた口座から引き落としを──って、まあ、細かい話はいっか」

「お、おお……?」


 現代みらいスゲー、と感心する悠陽だった。

 それから二人は買ったものをマイバッグに詰めて店をあとにする。

 バッグは美桜が掴んでいる。

 悠陽のやせ我慢を見抜いてのことだった。

 だが外に出たところで、美桜がバッグの持ち手を片方、悠陽に差し出してきて。


「ゆう兄ちゃん、一緒に持つ?」

「えっ」


 悠陽は驚いて美桜を見る。

 にひーっと笑う彼女の顔に、いたずらの色があるような気がしてならない。

 だが、ここで動揺しては負けたような気がして。


「まあ、兄ちゃんだしな。半分くらいは持つよ」

「えへへっ、ありがと」


 悠陽は右手でバッグを掴む。

 それから二人は、一つのバッグをいっしょに持って歩いた。

 身長差も年齢差もある二人だったけれど、家につく頃には、息もピッタリに運べるようになっていた。

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