第4話 重みの正体は? 後編
(う、動けないっ……! 俺はいま、おっぱいを背中に当てられているんだッ……!)
今の彼にとって、年上美人の胸は凶器と同じだった。
例えばナイフ。突きつけられていて、下手に動けば怪我をしてしまうような。
(これは……マズいことになった……)
美女の胸が当たるというご褒美をもらっておきながら、悠陽は焦っていた。
さながら、バトル漫画で敵に追い詰められる主人公のようで。
(俺の心拍数が上がるとスマートウォッチがアラートを発する……。
そして、少しでも動けば俺は間違いなく今以上におっぱいを意識してしまうだろう。もしそうなったら、興奮しない自信など……ないッ!!!)
悠陽は情けないことをキリッとした顔で考えていた。
(それだけはまずい! このタイミングで鳴るのだけは勘弁だぞ……興奮してるのが美桜ちゃんにバレちゃうんだから!)
もはやスマートウォッチはただのバイタルチェックの道具ではなかった。
悠陽の性的絶頂を周囲にも報せる悪魔のデバイスと化していた!
(こんなんほぼ射精じゃん! これが鳴ったら達したってことじゃん!)
考えれば考える程、心臓が高鳴ってしまう。
知ってか知らずか、美桜は悠陽を後ろから抱きしめるような二人羽織のようなポジションのままで、マグカップを見せてくる。
「クマちゃん、こんなに剥げちゃってたんだねぇ」
美桜が懐かしさを喜ぶように体を左右にゆらゆらとさせる。
それに合わせて胸の重みが悠陽の背中を右に左に大暴れする。
悠陽の心拍数も上に下に大暴れで。
(あああっ……ああっ……!)
ついに悠陽は黙ってしまう。
美桜は気付かずに手元のカップを愛おしげにながめる。
「もう会えないかと思ってたなあ」
固まってしまった悠陽。
その耳元で、美桜は
「また会えて嬉しいね、ゆう兄ちゃん」
艶やかな響きが悠陽の背筋を、つつーっとなぞって。
──ピロンッ♪
スマートウォッチが鳴った。
「んん? いまのってアラート?」
美桜に両肩をつかまれて、くるりと体の向きを変えられる。
心配そうに顔を覗きこまれ。
「ゆう兄ちゃん、だいじょぶ?」
「ダイジョウブ、デス」
大丈夫じゃなかった。
背中に感じていた重みと美桜のささやき声とのダブルパンチで、治ったばかりの悠陽の心臓はノックアウト寸前だった。
(また会えて嬉しいって、マグカップについてだよな? 俺じゃないよな?
俺にだとしても、幼馴染としてだよな!?)
「ゆう兄ちゃーん、嘘は良くないなぁー。アラート鳴ってたっしょ? 頑張って高いとこに手ぇ伸ばしたからじゃない? 心配だな、私」
違うのだけれど、そう思われている方が悠陽にとっては有利なので。
「ソウカモ、デス」
「でしょー? ほらほら兄ちゃんは座ってて。私がお茶淹れてあげるからさ」
美桜はニヒヒと子供みたいに笑う。
親の手伝いができる自分を誇らしく思っている子供のように。
「で、でもさぁ」
「ふふ、言ったでしょう? ゆう兄ちゃんのお世話するって!」
美桜は、今度は包み込むように笑った。
ふわりと細められた目は大人の余裕に満ちていて。
(か、勝てないっ……!)
ノックアウト寸前の悠陽はその笑顔に太刀打ちできるはずもなく。
赤くなった頬を隠すように身を翻す。
子供な美桜ちゃんと、大人の”美桜さん”との温度差で風邪を引いてしまう前に、悠陽はダイニングへと退散するのだった。
夕方も迫るころ、美桜はバイトがあるというので帰っていった。
「はぁ~~あ~~」
一人になった悠陽は、ソファにドカッと腰を下ろす。
「な、なんか疲れちまった……」
泣き言と共にボフッと真横に倒れこむ。
ソファの凹みに頭がちょうどフィットした。先ほどまで美桜が腰かけていたのか、と悠陽はぼんやり考える。
(なんか、普通にお世話されちゃったな……俺は「ゆう兄ちゃん」だったはずなのに……)
美桜が置いていったゲーム機を手に取る。
今日を振り返るための手慰みが欲しかった。
(いまは美桜ちゃんが年上、だもんな。……そりゃ、俺だって覚悟はしてたけどさ)
コールドスリープに入ると決めたとき、周りの人たちに置いていかれる覚悟はしていた。自分の年齢が止まったままで、周囲の人たちだけが歳を取ってしまうという現実を受け入れる覚悟。
だが。
(美桜ちゃんがめちゃくちゃタイプのお姉さんになるとは想像してなかったよ!!!)
ボカーン! と派手な音を立てて、ゲームの中の悠陽が吹っ飛ばされた。
悠陽はまぶたを閉じる。
まぶたの裏には、幼かった頃の美桜が浮かぶ。
泣きじゃくる美桜。はしゃぐ美桜。だだをこねる美桜。そして、甘えてくる美桜。
そんな、妹みたいで愛くるしかった彼女が、隣に居るだけでドキドキするようなきれいな女性になってしまうなんて。
なにより。
(どうして距離感があの頃のままなんだ???)
さっきまでの美桜の言動を思い出して悠陽の顔が赤くなる。
部屋が茜色に染まっているのを差し引いても、赤い。
恥ずかしさを紛らわせるように悠陽は対戦を再開する。
(あんなボディで、あんなスキンシップされたら心臓が持たないっつーの!)
悠陽は元より、同世代の女性には緊張しない方だった。女友達だって普通にいたし、遊んだこともなくはない。そのときにはここまで異性として意識してしまうことはなかった。
けれど、今の美桜はスタイル抜群の綺麗なお姉さんで。
なのに、今の美桜はあの頃と変わらない無邪気な距離感で悠陽に接してくる。
(どうしてあんな無防備でいられるんだっ! もしかして今の女子はあれが普通なのか!? それとも大人になったから!?)
それとも、と悠陽は美桜の笑顔を思い出す。
『ゆう兄ちゃん♪』と笑う、あの頃みたいに無邪気な笑顔を。
(美桜ちゃんの中では、俺はまだあの頃の「ゆう兄ちゃん」なのかな。それって、もしかして──)
夕方を告げるチャイムが鳴り、悠陽の肩がビクッと跳ねる。
時計を見ると五時だった。
「おぁ……もうこんな時間か……」
悠陽はゲームを止めて体を起こす。
ソファには凹みが残っていた。
悠陽はそれがなんだか気になり、じっと見つめてしまう。
柔らかい座面は、人の重みで凹む。いまの凹みは美桜が座っていた重みゆえか、悠陽が頭を乗せていた重みゆえか、もうすでに切り分けることのできないものになっている気がして──
「……」
悠陽はつい先ほどまでの自分を思い出し、焦った。
(あれ!? 美人なお姉さんになった幼馴染の痕跡に顔をうずめるって、めちゃくちゃヘンタイじゃねえか!? 大丈夫かな!?)
別に大丈夫なのだが、15歳という多感な年頃の悠陽には恥ずかしいことだった。
なんなら子どものころは美桜を膝に乗せたこともあった。
だが、今の悠陽にはさっきのお姉さんな美桜のイメージが強く焼き付いてしまっていて、どうしたって恥ずかしく感じられてしまったのだ。
(こ、ここ、痕跡を消さなきゃ!)
ひぃんと鳴きながら、悠陽はせっせとソファの凹みを直す。
すっかりお姉さんになった美桜に、ひとりで勝手に翻弄されてしまう悠陽だった。
一方の美桜はというと、耳を赤く染めながら悠陽のことを考えていて。
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