6

 サメの何も映していないような無機質な瞳がギロリと動くと、金縛りが溶けたかのように、一斉に悲鳴があがる。

 少しでも砂浜から離れようと走り始める。

 サメは波打ち際に居る人か順番に食べていっている。

 

「誰か、警察?いや、軍を呼べ!!」

「いやー、助けて!」

 

 平和だったビーチはあっという間に、阿鼻叫喚の地獄に変わった。

 波打ち際から十分に離れた人達は、ウロウロとしているサメを眺める事しか出来なかった。

 獲物が逃げてしまった事が分かったサメは少し逡巡したあと、ズズっと、巨体を陸へと進ませていく。

 

「バカな、サメが陸に上がってくるなんて!」

 

 そして、呆けていた人を丸呑みにした。

 そこからのサメの動きは早かった。

 ビーチを縦横無尽に這っていく。

 

「さ、サメって陸に上がれるの?」

「知るか。実際に上がってるんだから、上がれるんじゃないのか」

 

 って事はここも危ない。

 焦る僕とは反対に、シリルはやけに落ち着いてサメを眺めている。

 

「早く逃げようよ!」

「嫌だな。まだ食べてる途中だし」

 

 いつの間にかシリルの手の中には、2つ目のアイスがあった。

 嘘でしょ。

 

「そんな落ち着いてる場合じゃないだろ!」

 

 僕は叫んだが、シリルにはあまり動く気はないようだ。

 サメとはまだ距離が離れているが、いつここまで来るかなんてわからない。

 その前にサメの呼吸が出来なくなって死ぬのかな?

 そう思わないとシリルの落ち着き具合に理由がわからない。

 

「ウーウー?」

 

 いつの間にか、帰ってきたベンさんが後ろに居た。

 

「父さん、車持ってきた?」

「ウー?」

 

 そうだ。

 車が来ればすぐに逃げられる。

 この際ベンさんには悪いが、荷物なんてどうでもいいだろう。

 早く逃げようとシリルの腕を掴んだら、シリルが笑顔でベンさんにとんでもない爆弾を突っ込んだ。

 

「父さん。今日一番の獲物はあれだったみたいだよ」

「ウー?」

 

 ベンさんが視界を海へと向ける。

 そこでは変わらずサメが大暴れをしていた。

 サメは噛み付くだけでなく、その巨体を生かし逃げ遅れた人々を蹂躙していっている。

 

「ウー」

 

 ベンさんは一つ頷いて、車へと歩いていってしまう。

 そして、何やら大きな物を担いですぐに帰ってきた。

 チェンソーだ。

 えっと、何でそんなものが車に積まれてたの?

 疑問を浮かべながらベンさんを見上げていると、ベンさんは首を傾けてから僕の頭を撫でた。

 ゴツゴツとした手を振り払う事も出来ず、僕がされるがままでいると、シリルにも手を伸ばす。

 だが、シリルは華麗によけた。

 

「いらないし。早く終わらせて帰りたいんだけど」

「ウー」

 

 分かったというようにベンさんは僕の腕ぐらいはありそうな長い刃のついたチェンソーを肩に担ぎ、一人砂浜へと向かっていく。

 

「だ、大丈夫なの?」

「大丈夫だろ」

 

 シリルが興味なさそうに、アイスを食べ始める。

 ベンさんが強いのは、さっき軽々とサメを倒して知っているが、今暴れているサメはさっきのサメよりも五倍以上は大きい。

 しかも銃も効かないのに。

 一人海に向かうベンさんは異様な姿なのに、みんな逃げるのにいっぱいで誰も見ていない。

 サメだけが気づいたように、グルリと真っ黒な瞳をベンさんへと向ける。

 強者だけが分かる何かに気づいたのだろうか。

 サメは初めて動きを止め、マジマジと黒い瞳を向け、警戒するような様子を見せた。

 ベンさんは肩に担いでいたチェンソーを下ろすと二回ひもを引っ張る。

 チェンソーの刃が唸りを上げながら回転し始める。

 サメとベンさんは睨みあいながら対峙する。

 思わずハラハラと息を呑んでしまう。

 動いたのはサメが先だった。

 陸に居るとは思えないようなスピードで、ベンさんへと口を開けながら突っ込んでいく。

 ベンさんはひらりと交わし、すれ違いざまにサメの横を一文字に切り裂く。

 初めてサメの体は傷つけられ、血が砂浜に飛び散る。

 驚いたように、サメはすぐに旋回する。

 その時に尻尾がパラソルなどをなぎ倒していくが、全く気に止めていない。

 ベンさんは首を傾けた。

 

 それは「何で死ななかったんだろう?」と疑問に思っているかのようだった。

 その仕草に苛立ったようにサメはまた突進を始める。

 ベンさんは何の抵抗もなく食べられた。

 

「た、食べられちゃったよ!」

 

 僕がシリルを揺さぶっても、シリルは反応せずに冷めた視線をサメに向けるだけだった。

 いや、口の中にわざと飛び込んでいったかのように見えた。

 サメは満足そうに口を閉じる。

 また次の獲物を探そうと目がギョロリと動く。

 ああ、終わった。

 家に閉じこもっていて車の免許を取りにも行っていない僕は車の運転もできない。

 僕はあの別荘での惨劇から、何も学んでいなかった。

 神様、次に生まれ変わったらもっと真面目に生きます。

 

 僕が神に祈っている間に、動きを止めていたサメがいきなりバタバタと動き始めた。

 それは苦しんでいるかのようだ。

 砂浜には砂埃がモウモウと立っている。

 サメはそこで始めて撤退を考えたのか、波へ向かって移動しようとしているが、上手くいかないようでジタバタとしている。

 ブツッ

 何かが切れた音がしたと同時に、サメが今まで一番大きな口を開ける。

 それは絶叫しているかのように見えた。

 亀裂が入ったサメの背中から全身を真っ赤に染めた何かが出てきた。

 サメは巨体を捻りながらも自分の背を、驚愕の目で見ていた。

 一体何が起こっているのかわかっていないのだろう。

 サメの背を切り裂いたチェンソーは唸りをあげたままだ。

 ベンさんだ。

 そしてベンさんは出てきた穴から、また中に入る。

 サメはジタバタと暴れる。

 その繰り返しが何回行われただろうか。

 動いていたサメはいつの間にか動きが止まっていた。

 

 ベンさんはようやくサメの中から出てきて、解体をし始めた。

 遠巻きに見ていた人達もサメが動かなくなった事に気が付いて、総出で解体を始めた。

 屋台では解体の終わったサメがどんどん焼かれ、いい匂いがしている。

 この町の人たちの順応性が高すぎて、僕は呆気にとられていた。

 ベンさん主導の解体作業は、夕陽が真っ赤に染まるまで続いた。



【リザルト】

 浜辺に居た大勢の人 サメに食われて死亡

 サメ        浜辺に居た大勢の人に食われて死亡

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地獄のバケーションを生き抜く方法 ハルヤネコ @kimagure225

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