7

 走っても走っても階段にたどり着かない。

 おかしい。

 こんなに走っているのに階段に辿り着かないだなんて。

 この家はこんなに広くなかったはずだ。

 シリルも追いかけてこない。

 

「シリル!!」

 

 大声で呼んでみても、声が廊下に反響しただけで返事も返ってこず、ただ真っ暗な廊下が続いている。

 いつの間にかバスルームすらもどこだったか分からなくなっている。

 戻る道も分からない。

 進むしかない。

 僕は震える足を動かしながら、一歩ずつ前に進んでいく。

 方向があっているのかどうかすらも、暗闇で分からないが進むしかない。

 すると、暗闇の廊下にペタペタと何かが歩いてくるような音が聞こえた。

 その音は、僕が止まると同じように止まった。

 振り返ると、全身が血に染まった男が居た。

 さっき合った時と同じように目だけが異様にギョロついて、その部分だけが白かった。

 

「うわあああ」

 

 僕は走った。

 すると、後ろから追いかけてきてるのがわかった。

 だけど、どうすればいいのか分からない。

 廊下は途切れない。

 男の手がニュッと僕の肩を掴もうとした時、目の前の扉がいきなり開いて、腕を掴んで、中へと引っ張りこんだ。

 

「うわああああ!」

 

 僕が叫ぶと、頬に強い衝撃が走った。

 叩かれた。

 目をこらしてみると、そこには僕の腕を掴み怖い顔をしたシリルが居た。

 

「シ……リル?」

「ああ、そうだ。少しは落ち着いたか?」

 

 中は出た筈のバスルームだった。

 暗い廊下も血塗れの男も居なくなっている。

 

「あれ、何で?僕外に出たはずなのに」

「俺たちが居たら都合が悪い何かに化かされたんだろ」

「助けてくれたの?」

 

 シリルは「ぶって悪かった」と小さく謝った。

 いや、礼を言うのは僕の方だろう。

 もしシリルが引っ張りこんでくれなかったら、あの血塗れの手に掴まれていた。

 そうしたら僕は一体どうなっていたんだろう。

 

「どうするの?」

「ガキ達の様子を見に行く。この事態を引き起こしたのはきっとあのガキ達だろう。さっきの声を聞く限りでは想定外の出来事が起きてるんだろう」

「じゃあ、早く行かないと」

 

 さっきの男は生きているような気配はしなかった。

 あの冷たい手であの子達が掴まれでもしたら、何をされるかわからない。

 思い出すだけでまた体が震えてくる。

 

「落ち着け。また何かに化かされるぞ」

「な、何かって?シリルは何か心当たりがあるの?」

「俺が知るか。とにかくガキに話を聞かないと始まらない。気を強く持つんだ。俺から離れるな」

「わかった」

 

 そう答えるしかない。

 僕達は慎重に暗い廊下を進んでいった。


 ♢

 

 今度はすぐに階段に辿り着いた。

 慎重に階段を上り、アイラ達の部屋のドアを叩く。

 返事がなかったから入ると、部屋の中は真っ暗だった。

 シリルはズカズカと部屋の中に入っていき、ベッドの布団を剥いだ。

 中には一人しか居なかった。

 

「お前はどっちだ?」

 

 パクパクと口を開け閉めしている。

 喋らないってことはライラの方だろうか?

 

「ライラ?」

 

 僕が聞くとライラはコクンと頷いた。

 

「もう一人はどうした?」

 

 シリルが問い詰めるように聞くと、怒られていると思ったのかライラの体が震え始める。

 視線がウロウロと彷徨っている。

 

「シリル、そんなに乱暴に言うなよ。大丈夫だよ、落ち着いて」

 

 シリルは不貞腐れたように黙った。

 しゃがみ安心させるように、僕はライラの手を掴む。

 ライラは迷ったあとに口をパクパクと動かすが、声は相変わらず聞こえない。

 ポケットに入れたままだったモバイルのメール画面を開いてライラに渡すと、チョコチョコと文字を打ち始める。

 初めに書かれた文字は『ごめんなさい』だった。

 

「別に怒ってないよ。でも、ここでは良くない事が起こってる。何が原因かわかる?」

『ミミ』

「ミミって誰?」

 

 分からないというようにライラは首を振る。

 

『お友達』

「ひょっとして、アイラの持っていた人形の名前か?」

 

 そういえばアイラは、下に来るとき必ず人形を一緒に持ってきていた。

 おやつの時も、部屋に異常が起きた時も。

 

「部屋で喋ってた?」

 

 僕が言うとライラの目が、少し大きく見開く。

 黙ってたからかライラは泣きそうな顔になる。

 

『ミミが喋れる事は私達だけの秘密なの。アイラがそっちのお兄さんを追い出したいと怒っていたら、ミミが協力してあげるって』

「部屋での出来事は、ミミの仕業か」

 

 シリルの問いに、ライラはコクンと頷いた。

 

『今まで喋るだけだったのに、いきなりあんな事をされて、私は怖くなって。でも、お兄さん達が出ていかなくてアイラは余計に怒って。そうしたら、ミミがもっと凄い事をしてあげるからついてきてって。私は止めたんだけど、アイラは一緒に行っちゃって、そしたらすぐに電気が消えて』

 

 ライラは泣き始めてしまった。

 暗い部屋で頼れる人も居なくて、部屋で待っているのは怖かったのだろう。

 僕は頭を撫でてあげる。

 

「アイラとその人形はどこへ行ったんだ?」

 

 ライラは下を指差す。

 オリヴィアさんが行ってはいけないと言っていた地下を指しているのだろう。

 

『アイラを助けて』

「わかった」

 

 僕達は地下へと向かう事になった。

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