6

 結局シリルは手伝ってくれなかった。

 ソファーに座って、必死になって壁を拭いていた僕を、ただ眺めていた。

 擦るだけで落ちて、本当に良かった。

 弁償しろとか言われたら困る。

 バスルームの音が無くなった事に気づいたシリルが、先にシャワーを浴びてくると言ってバスルームへと行ってしまった。

 まだ半分くらい赤い手形は残っているけど、先に二人の様子を見に行く事にした。

 二階へ行き扉をノックすると「来ないで!」と扉越しにアイラに怒鳴られた。

 完全に嫌われてる。

 

「僕達は下に居るから、何かあったら下に来てね」

 

 優しく言ったつもりだったが、ドアに何かが当たる音で返されただけだった。

 僕は諦めて掃除に戻った。

 高い所も、椅子を使えば届いた。

 さっきのアイラの様子からすると、アイラが何かしたのかもしれない。

 けど、僕が椅子を使わないと届かないような場所にどうやっていたずらしたのだろう?

 絶対に届かない。

 じゃあ、誰がやったんだろう?

 シリルが心配したように僕らの他に誰か知らない人が居るのだろうか?

 雨と風はますます強くなっていき、オリヴィアさんが帰ってくる気配はない。

 今夜はこの家に泊まらなきゃいけないかもしれない。

 ヘレンさんは心配してないかな。

 

「おい」

 

 後ろから声をかけられて僕の背中が跳ねた。

 振り替えるとタオルを首にかけ、髪の毛を拭いているシリルが居た。

 シャワーを浴び終え出てきたのだろう。

 

「何で同じ所を何回も拭いてるんだ?」

「あ、ごめん」

 

 考え事をしてボーッとしていたようだ。

 これみよがしにシリルがため息をつく。

 

「もういいよ。後は俺がやっておくから、お前もシャワー浴びてこい。手が真っ赤だぞ」

「ご、ごめんね」

 

 僕は椅子から降りてバスルームへと向かってから思った。

 なんで僕一人が謝ってるんだ?

 まあ、しょうがないか。

 バスルームに入り、脱いだあとの服に、赤い何かがついていないか見てみたが、大丈夫だった。

 さすがに着替えは持ってきてない。

 シリルも昼間と同じ服を着てたし、仕方ない。

 水がお湯に変わるのをしばらく待ってから全身にシャワーを浴びる。

 女性しか住んでいないからか、石鹸もシャンプーも花の匂いがした。

 僕は挙動不審になりながらも、借りる事にした。

 いくら部屋の中に居たと言っても今は夏だから洗わないと気持ち悪いし。

 赤い何かがついているかもしれないし。

 髪を洗っていると、何故か後ろから視線を感じた。

 後ろ?

 バスルームの扉は右隣にある。

 シリルが用があって来たとしたなら、横から視線を感じるはずだ。

 ありえない。

 後ろは壁で、高い所に換気用の小さい小窓があるだけで感じるはずがない。

 しかも脚立を使わないと届かないような高い位置だ。

 僕はシャワーの水を止めた。

 なのに視線は相変わらず僕を突き刺している。

 振り返りたくない。

 けど、気のせいかもしれない。

 

 

 そこには、暗闇に浮かぶ目があった。

 多分男だろう目とばっちりと目があってしまい、僕は

「うわあああ」

 と叫んで尻餅をついてしまった。

 

 ギョロついた目は相変わらず僕から視線を反らさない。

 男は小窓から血塗れの手を中に入れようとするが、窓に阻まれて入れられないようだ。

 窓ガラスに血の跡がついただけだった。

 っていうか、どうやってその高さに行ったの?

 色々な疑問で僕は見ている事しか出来なかった。

 外に出なきゃ不味いっていうのは分かってるのに体が動かなかった。

 

「何だ!!」

 

 シリルがバスルームの扉を勢いよく開けたと同時に、男の姿はなくなった。

 

「い、今、人が……」

 

 僕は震える指で小窓を指す。

 

「は?」

 

 けど、そこにはもう何も居ない。

 男が血塗れの手でついた跡も無くなっていた。

 

「……あれ?」

 

 しかも外は土砂降りが降っていたのに、あの男は血に濡れていた。

 何で洗い流されてないんだ?

 

「なんだよ、勘違いか。とりあえず早く服を着ろ。何か良くない事が起こってるぞ」

 

 そこで僕は裸だった事を思い出した。

 シリルが僕にタオルを投げ渡してくれたから、手早く拭いて服を着る。

 その途中、さっきと同じように室温が下がっている事が分かった。

 

「な、何……?」

 

 すると電気が予告なしにブツッと切れた。

 さっきと同じだ。

 しばらく息を潜めながら待ったが何の音もなく、ただ暗闇が続いているだけだった。

 

「ッキャー」

 

 二階からアイラの叫び声が聞こえてきた。

 もしかして僕が見た男が、二階のアイラ達の居る部屋へ行ったのかもしれない。

 

「アイラの声!?二人は大丈夫なの?」

「二階は後回しにしてた」

「何でだよ!」

「どう考えても、あの二人が何かしら企んでいると思ったからだ」


 それはそうだけど……シリルは知らないのか。

 僕を覗いていた不審者が居るっていう事を。

 もしかして鍵とかが空いていてそこから誰かが侵入したのかも。

 どんなに嫌がられても、二人っきりにしないで側に居れば良かった。

 

「アイラ!!」

 

 僕はアイラの名前を呼びながらバスルームを飛び出した。

 

「待て、ロイ!!」

 

 シリルが僕を呼んだが、構わずに階段を目指して廊下を走る。

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