5
ピザを用意してから二人を呼びに行くと、素直に降りてきた。
そのことにホッとした。
要らないなんて言われたら困るし。
シリルには2人にキツイ事を言わないように言ったけど、不安だ。
シリルが僕の言う事を聞いてくれた試しなんてないから。
アイラはシュークリームを食べに降りた時と同じように、片手ではライラの手を繋ぎ、もう片方では人形を抱えている。
特に会話もなく、重い空気のままピザを食べ終えた。
シリルは特に気にしていないようだが、僕はハラハラしていた。
また二人の喧嘩が始まってしまったらどうしようかと。
「ごちそうさま」
食べ終わったにも関わらず二人はソファーの上でくつろいでいる。
これは仲良くなるチャンスだ。
僕は意を決して声をかけた。
「えっと、おやつに残っちゃったシュークリーム食べる?」
ライラは目を輝かせ、アイラはそんなライラを睨んでいる。
僕は「用意してくるから」と告げてからソファから立ち上がった。
「ホットコーヒー持ってきてくれ」
追いかけるように言ってくるシリルの声。僕はシリルの家政婦じゃないのに、そんな気分になってしまう。
アイラはいるかわからないけど、一応二人の分を持っていく事にした。
それにしても夏にホットコーヒーなんて珍しいと思って気が付いた。
「なんか寒い?」
クーラーで冷やしすぎたのか、ピザを食べた直後だったのに部屋の中がちょっと寒かった。
僕は不思議に思いながらも、ポットに残っていたお湯でコーヒーと、二人が飲むか分からないけどホットミルクをついでに入れた。
冷蔵庫に入れていたシュークリームを持ってきて二人の前に皿を置くと同時に、何故かリビングとキッチンの電気がチカチカと点滅し始めた。
「な、何?」
ブレーカー?
でも、そんな感じではない。
「動くな」
シリルの言葉に、浮かしかけた腰を慌てておろす。
明らかに異常な事が起こっているのに、アイラとライラは何も言わない。
電気はしばらくチカチカしたあと、完全に消えた。
「ぶ、ブレーカーでも落ちたかな?」
その割には、クーラーが効きすぎているのか、部屋の温度はどんどん下がっていく。
半袖では寒いくらいだ。
「なんか、寒いよね?」
「静かにしろ」
シリルの言葉に黙る。
呼吸すらも潜めたくなるぐらいの暗闇に、アイラとライラが心配になる。
しかし、静寂は短い間だった。
いきなり天井からパシッという木が軋んだような音がした。
「な、何?」
パシッパシッ
トン、トン、トン
誰かが天井や壁を叩くような音が聞こえてくる。
思わず隣にいたシリルの腕を掴んでしまう。
音はだんだんと激しくなる。
バシッ、バシッ
ドンッ、ドンッ、ドンッ
部屋中を誰かが叩きまくっている様な音が続いている。
異様な出来事に、僕は動く事が出来なかった。
どんどん激しくなっていく音に耳を塞ぎたいが、動くのすら怖い。
心臓がうるさいぐらいに鳴る。
叫びだしたくなる声を必死で抑える。
ポーン
不意に時計の鐘の音が鳴る。
おかしい。
鐘は一時間に1回しかならない筈なのに。
夕ご飯に二人を呼んだ時に七時の鐘は鳴ったはずだから、鳴るのはまだ先のはずだ。
鐘の音が鳴り終わると、叩かれていたような音は唐突に終わった。
それを見計らったように、電気は何事もなかったようについた。
部屋の温度もみるみるうちに戻っていく。
「今のは……?」
シリルが後ろを向き、睨むように壁を見ているから、目を向けて僕は絶句した。
シリルの後ろの壁の至る所に赤い手形が無数についていた。
大きな物から小さな物まで関係なく、白い壁紙を埋め尽くすかのように赤い手形が無数に押されている。
「ひっ」
思わず喉から悲鳴のような音がして、慌てて口を塞ぐ。
壁の上の方には赤い字で乱暴に『出ていけ』と書かれていた。
「ねえ、早くこの家から出ていった方がいいわよ」
アイラが唇の片方をあげながら告げる。
まるでこのような事が起こると最初から分かっていたかのような笑顔に、背筋がぞくりと震えた。
もしかして、アイラがこのような事をしたのだろうか?
でも、二人がソファーから動いたような気配はななかった。
いくら真っ暗でもそれぐらいはわかる。
思わずシリルの腕を強く掴んでしまう。
「出ていく訳ないだろう」
シリルの冷たすぎる声で、現実に引き戻される。
「俺たちはお前らを母親に無事に引き渡すまでが仕事だ。仕事を途中で放り出すほど、俺は無責任じゃない。それにお前らを二人っきりにさせるのは法律違反だ。母親が捕まってもいいのなら、出ていってやってもいいぞ」
シリルの言葉に、アイラは悔しそうに唇を噛んだ。
ライラは悲しそうにしている。
アイラは机をバンと叩いて立ち上がる。
「私達はお風呂に入ってくるわ。出てくるまでに壁のそれ消しておいてね。あなた達の仕事でしょ」
捨てゼリフのようにアイラが言って、ライラの腕を引っ張る。
ライラがすがるように僕を見てくる。パクパクと口を動かしているが、何を言っているかは分からなかった。
そのまま二人はバスルームへといってしまった。
シリルが壁をペタペタと触ると手形の跡は掠れた。
「これって血?」
恐る恐るシリルに聞くと「多分違う」と首を振りながら返された。
それだけでちょっと安心する。
「っていうか、いい加減手を放せ」
「あ、ごめん」
掴んでいた事を忘れてた。
慌てて手を放した。
アイラとライラですら怖がってなかったのに、何で僕って怖がりなんだろう。
シリルにじっと見られて恥ずかしくなった。
「な、なんだよ」
「いや、これを掃除するなんて大変そうだなって思っただけだ」
「え」
僕がするの?
「……手伝ってくれるよね?」
伺うように聞いた僕に、シリルは笑って答えなかった。
嘘だよね?
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