4
2階に行ったきり、2人は降りてこなくなってしまった。
暇を潰せるものなんて持ってこなかったから、テレビを見るぐらいしかやる事がない。
もう何回時計の音が鳴っただろうか?
外がどんどん暗くなってきている。
風も強くなっているような気がする。
シリルは睨むように、窓の外を見ていた。
「なんか嵐になりそうだね。オリヴィアさん帰ってこれるかな」
「ロイ……お前そういう事を軽々しく言うな」
「ご、ごめん」
心配になって天気予報に変える。
神経質そうな眼鏡をかけたキャスターが「夜にかけて豪雨になるでしょう。外出は控えた方がいいでしょう」と告げた。
シリルが疲れたようにため息をついた。
空気が余計に重くなる。
そうだよね。僕が引き受けただけでシリルは帰りたいよね。
時計が7回鳴った。
本来だったらオリヴィアさんが帰ってくる時間なのに、全く帰ってくる気配はない。
豪雨で交通が規制されているのかもしれない。
電話が鳴る。
「ぼ、僕いってくる」
空気に耐えられなくて、幸いにと電話へと向かう。
「はい」
と出ると、受話器の向こうは風の音がビュービューとなっている。
「……ロイ君?……オリヴィアだけど……聞こえる?」
「は、はい」
「今日……帰れ……」
オリヴィアさんが話してる途中で、電話はブツッと切れてしまう。
受話器を置いてしばらく待ってみたが、電話が再び鳴る事はなかった。
リビングに戻ってシリルに言った。
「シリル、多分オリヴィアさん帰ってこれないみたいなんだけど」
「はあ。やっぱりこうなったか」
シリルは困ったように頭を抱える。
「だ、大丈夫だよ。ご飯用意してあるって言ってたし」
冷蔵庫を開けると何種類もの、レンジで温めるだけのピザが入っていた。
これだったら僕でも温められるとホッとした。
「とりあえず2人へ伝えに行くよ。お腹空いてるかもしれないし」
僕は逃げるように2階へと行き、2人の部屋のドアをノックをしようとする。
すると中から喋り声が聞こえてきた。
聞いちゃダメだと思ったけど、2人が何を話しているのかが気になってしまい、思わず聞き耳を立ててしまう。
もしかしたら、何か仲良くなれるきっかけがあるかもしれないと思ったというのもある。
「ママ帰ってこないね」
喋れるのはアイラって言ってたから、今聞こえてるのはアイラの声だろうか?
でも、もう一人誰かが喋っているような声がする。
ライラが実は喋れるのかな?
小さくてよく聞こえないけど、ボソボソと誰かが話して相槌を打つようにアイラが言う。
「うん、奴らが居座ってるのは嫌。特に黒髪の方」
「じゃあ追い出しちゃおうよ」
はっきりと聞こえてきたのは、アイラの声ではなかった。
幼いのに、甘ったるくて聞いてるだけで背筋が凍りそうなほど気持ちの悪い声だった。
「でも、ママが一緒に待ってたって言ってたし」
「大丈夫よ、アイラ。私が居るでしょ?そんないきなり来た奴らより、お友達の私が一緒に居る方がいいでしょ?」
「うん、そうだね、ミミ。追い出そう。ママが帰ってくるまで家を守るのは私達の仕事だもんね」
僕は良くわからないけど、この会話を止めようと強めにノックをする。
中の喋り声は止んで、バタバタとする音がしてから薄くドアが開く。
「何?」
アイラが不機嫌そうな顔で出てくる。
僕は出来た隙間から中をのぞいてみるが、中には首を傾げたライラと人形しかなかった。
「お人形遊びをしていたの?」
「そうよ。あんたまで子供っぽいって言う気なの?」
アイラが睨みつけるように言う。
「そ、そんな事ないよ。何か凄い大事そうにしてるから……」
迫力に押されて、思わず声が小さくなってしまう。
「……パパに買ってもらったの。パパからもらった最後の誕生日プレゼントなの」
俯き小さい声でアイラが言う。
そんな大事な物だったのに、馬鹿にしたシリルは本当に失礼だな。
戻ったらガツンと言っておこう。
「そうなんだ」
寂しげな様子に僕が思わず頭を撫でようとしたら、振り払うようにアイラは頭をあげた。
手は空中で止まってしまった。
「もういいでしょ、用がないなら出ていってよ!」
思いっきり扉を閉めようとするから、慌てて言葉を滑り込ませる。
「あ、待って。お、オリヴィアさんが今日帰れないっぽいから、夜ご飯にピザを用意しようと思うんだけど、何味がいい?」
僕の言葉にアイラは不安そうな顔を覗かせる。
「……ママ、どうしたの?」
「雨で交通がマヒしてるみたいなんだ。だから、帰ってくるまでは不安だろうけど、僕たちで我慢してくれないか?」
閉められては困るから、早口で一気に言った。
「……私はトマトのやつでいいわ。ライラはコーンでいい?」
ライラはアイラの言葉に、不安そうにコクンと頷いた。
「わ、わかった。下に降りて一緒に待たない?」
「絶対に嫌。出来たら呼んで」
短く告げてアイラはまたドアを閉めようとするから、僕は慌てて足を挟んで止める。
「まだ何かあるの?」
アイラが睨むように見上げてくるから、怯みそうになる。
僕はありったけの勇気をこめて、気になっていた事を告げる。
「あの、部屋に2人以外に、誰か居る?」
「はあ?居る訳ないじゃない。もういい?出来るまでこの部屋に来ないで」
今度こそドアが閉まってしまう。
僕にしては結構頑張った方だけど、やっぱり無理だった。
早くオリヴィアさんに帰ってきて貰わないと。
追い出されてしまったから仕方ない。早くリクエストされたピザの用意をしなくちゃ。余計嫌われちゃう。
でもおかしい。
部屋の中にはアイラとライラしかいなかった。
アイラが喋りかけていたミミなんて人物は居なかった。
声は二人分していた。
ライラが話していたのだろうか?
でもオリヴィアさんは、ライラは話せないと言っていた。
わざわざ親には嘘をつかないだろう。
だとしたら、一体誰が?
僕は首を捻りながら、階段を降りた。
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