8

 暗い中を移動するのは、思っていたよりも神経を使う。

 ライラを置いていく訳にも行かないから、僕ら三人は固まって地下へと移動する事にした。

 あの血塗れの男もどこかに居ると考えると、怖い。

 けど、アイラを助けに行かなくては。

 地下へと通じるドアに、鍵はかかっていなかった。

 オリヴィアさんは鍵を閉めたと言っていたのに。

 ドアを開けると、地下へと通じる階段が続いている。

 相変わらず電気はつかない。

 僕はモバイルのライトで足元を照らす。

 外はうるさいぐらいに雨が振っているはずなのに、中は静かで一歩階段を降りる度に音が反響する。

 

「ねえ、本当にあいつら困る?」

 

 アイラの声が下から響いてくる。

 

『そうね。もしアイラが居なくなったらアイツらの責任になるんじゃない?』

 

 アイラとは別のざらついた女性のような声がする。

 部屋の外で聞いた声と同じで、思わず眉を潜めてしまう。

 僕の服の裾を掴んでいたライラの手に、力がこもった。

 

「あいつら怒られるかな?」

『うん、きっと怒られるよ。アイラがこの中に上手に隠れてたら絶対に見つからないよ。お母さんが帰ってくるまで一緒に隠れてようよ』

「本当?でもお母さんに怒られないかな?地下は入っちゃダメって言ってたし」

『大丈夫よ。あいつらが居なくなってから戻ればいいんだから』

「そうよね。でも、この中暗いからちょっと怖いわ」

『ずっと一緒に居るから、安心して』

「ありがとう、ミミ」

 

 僕とシリルは階段をかけ降りた。

 

「アイラ!!」

「ガキ!!」

 

 僕とシリルが呼ぶと、アイラはびっくりしたような顔で僕達を見る。

 

「何でここに来てるのよ!お母さんに入ったらダメって言われてたでしょ!」

「それはお前もだろ」

 

 シリルの正論にアイラの言葉は止まる。

 しかし、ライラが僕に掴まっているのを見ると、怒りを爆発させた。

 

「ライラ、あんた私がここに居るって言ったわね!」

 

 ライラが僕の服の裾をギュッと掴むから、大丈夫と言うように肩をたたいた。

 そんなライラの様子に、アイラは眉を顰めた。

 

「そんな所に居ないで、さっさとこっちに来い!」

「嫌よ。あんたの命令なんか聞かないわ。行こ、ミミ」

 

 アイラが良く分からない暗い穴に、片足をかける。

 

「お前、そこに入って本当に戻ってこれると思ってんの?」

「え?」

「その中を良くみて見ろ」

 

 シリルに言われて暗い闇の中に目を向ける。

 すると中で何かが蠢いているような気配がした。

 中からは呻くような人の声が重なるように聞こえてきている。

 それが何か良くない物だと言う事は、分かる。

 

「ひっ」


 思わずといったようにアイラの喉から悲鳴が漏れる。

 もしかして今まで見えてなかった?

 

「ミミ、本当に大丈夫なのよね?」

 

 ライラがアイラを止めようと、一生懸命に首を振っている。

 

『私の言う事が信じられないの?』

 

 人形は今までの猫撫で声とは違う、しゃがれた老婆のような声でアイラに話しかける。

 その時アイラは初めて、人形の言葉を疑ったのだろう。

 ライラの目をきちんと見た。

 

「止めるんだ、アイラ。ライラも心配しているよ」

 

 僕もライラの手を繋いだまま、止めるように言う。

 

「ミミ、私……」

『ダメよ、逃がさないわ』

 

 ミミがアイラの腕をガシッと掴む。

 

「み、ミミ、痛いよ」

『一緒に行ってくれるって言ったわよね?』

 

 赤い口から牙を見せながら、ニタリとミミが言う。

 

「い、嫌。やっぱり止める!お母さんも地下には行っちゃダメって言ってたし」

『今さらダメよ。みんなが待ってるわ』

 

 何かが蠢いている穴からは、ミミの言葉に呼応するように白い無数の手が外へ出ようと、手招きするかのように出てきている。

 生気のない青白い手は、何本も何本も蠢きながらも掴むものを探している。

 その手はアイラを掴もうとしている。

 

「嫌っ」

 

 アイラが振り払うように腕を振るが、ミミは離れない。

 逆にアイラを穴に引きずりこもうと、宙に浮いたままアイラを引っ張っている。

 

「アイラっ」

「ガキっ」

 

 僕とシリルが泣きながら、手を伸ばしているアイラの手を掴もうとする。

 

『邪魔だっ』

 

 ミニーの目が赤く光ったかと思うと、突風が起き、勢いよく僕とシリルは壁へと叩きつけられた。

 衝撃で、一瞬呼吸が詰まる。

 

「きゃあ、いやあ!!」

 

 アイラの声に壁から体を剥がそうとするが、何かに縫い付けられているかのように、体は動かない。

 

『これで邪魔物は居なくなったわ。さあ、一緒にいきましょう』

 

 ダメだ、行っちゃいけない!

 ライラが僕の腕を引っ張るが、壁から全く動かない。

 シリルの体も、同じように動かないようだ。

 ミミがアイラを引っ張る。

 アイラは抵抗するように踏ん張っているが、ジリジリと足が暗い穴へ向かって引き摺られていっている。

 

「いやあああ」

 

 青白い手がアイラを掴もうとした時、不自然に穴から出ていた手の動きが止まる。

 何かに迷っているかのように、蠢いている。

 

『何?早く掴みなさいよ。新しい生け贄よ』

 

 ミミが騒ぐが、手は逆に引っ込もうとしていく。

 何が起こってるの?

 

 ズルズル、ボタッ

 

 階段の上で、何かを引き摺るような音が聞こえてくる。

 音は僕らの居る地下に向かって階段を降りてきている。

 ミミも異常を察知したのか、動きも止まっている。

 僕は動かない体の目だけを上げて、降りてくるものを見る。

 それは僕を追いかけ回していた、血だらけの男だった。

 男はズルズルと体を引きずりながら、僕らなんて目に止めず、アイラへと一直線に向かっていく。

 強気だったミミが、が初めて動揺したような声を出す。

 

『な、何だ、お前。邪魔するな』

 

 ミミの目が赤く光り、さっきと同じように突風が起こる。

 突風は血だらけの男の腕を撥ね飛ばし、飛ばされた腕が僕の真横にべったりと張り付いた。

 

「ひっ」

 

 だけど男の足は止まらない。

 ズルズルと少しずつミミへと向かっていく。

 風がメチャクチャに男へと当たるが、男は体を傾けるだけで歩みは止めず、目をギラギラとしたままアイラを見ている。

 

『何が起こっている!来るな!』

 

 アイラの前まで辿り着いた男はアイラを掴んでいるミミの腕を、手で叩き落とした。

 ミミは呆気にとられている。

 

「……お……父さん?」

 

 ライラがポツリと呟く。

 喋った事にも驚いたけど、出てきた言葉にも驚いた。

 男はライラへと目を向ける。

 微笑んでいるかのように目が細くなる。

 それは一瞬の事だった。

 男は緩慢な動きなまま、男から逃げようとしているミニーを掴んだ。

 

『嫌だ、嫌だ、あの中には入りたくない!!』

 

 ミニーの抵抗をものともせずに、男はミニーを掴んだまま暗い穴の中へと入っていく。

 すぐに男は無数の腕に囚われて見えなくなった。

 男の全身が見えなくなると、暗い穴は小さくなり、無くなった。

   

 

 

 

 

 

 

 

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